更なる秘密②
その日の午後、彼女の父、阿頼耶が見舞いに来てくれた。
「具合はどうだ。足の骨折だけで済んで本当に良かった。一つ間違えば、大事になるところだったそうじゃないか」
阿頼耶が、安堵の顔で言った。
「心配をおかけしてすみません。摩那さんにも迷惑をかける事になってしまって……。摩那さんは気が付きましたか?」
「いや、まだだ。恐らく明日までは目覚めんだろう」
「一体彼女に何があったんですか? 怪我もないというのに二日も眠り続けるなんて……」
「うん、……どうせ分かる事だから話しておくが、あの子は尋常でない力を持っているんだ」
「彼女の能力なら知っています。あの時も遠くの死体を見つけましたからね」
「それもあるが、摩那がその気になれば、精神的な能力アップと共に、身体能力も脅威的に上げる事が出来るんだ。私達は、その状態を〝鬼の眼を開く〟と表現している」
「鬼の眼?……、もしかして摩那さんはその力で私を助けたのですか?」
「君を背負って崖を上がるなど、屈強な男でも難しい芸当だが、鬼の力を使えば可能だ。ただ、体力を異常に消耗するから、二三日眠らねばならんと言うリスクがあるんだ」
「……そうでしたか。彼女にはまだ、そんな力があったんですね」
「今まで、何人か婿候補がいたが、この話をすると皆破談になってしまった。君はどうだ、摩那の事が怖くなったか?」
「……確かに、人間離れした力は怖いですが、彼女は人間で、優しい女性であることも事実です。それに、今度はこちらが助けられましたから、もう少し付き合ってみたいと思います。彼女次第ですが……」
「そうか、有難う。君も変わり者だな」
「よく言われます」
阿頼耶は、愉快そうに大きな声で笑い、天良の手を握って「摩那が目が覚めたら、よく話し合ってやってくれ」と言い残し、帰っていった。
次の日、目覚めた摩那が、心配顔で天良の病室にやって来た。まだ、目が腫れぼったい。
「九条さん、お加減はどうですか」
「有難うございます。足を骨折したので暫く入院だそうですが、それ以外は問題ありません。あなたこそ身体は回復したのですか」
ベッドに体を起こした天良が、心配そうに訊いた。
「睡眠を充分取ったので、すっかり元通りです」
摩那がガッツポーズをして見せる。
「あなたが私を崖から助け上げてくれたそうですね。私の不注意で迷惑かけて申し訳ありません」
「申し訳ないのは私の方です。……私が助けたと言う話は、お父様からお聞きになったのですね?」
「ええ、鬼の眼の事も聞きました」
「え、お父様は、そんなことまで話したんですか。……それで私への認識は変わりましたか?」
彼女が顔を伏せながら言った。
「助けていただいたんですから嫌いになるはずもありません。あなたには全て見抜かれていますし、色々あって面白そうですので、あなたさえ良ければ、もう少し付き合ってみたいと思っています」
「ほんとうですか!」
彼女の顔がパッと明るく輝いた。
「はい」
「それで、1つ聞きたい事があるんですが、死体なんて、通常死も含めると世間にいくらでもあると思うんですが、それらすべてが分かってしまうと精神的におかしくなったりしないんですか?」
友達付き合いの継続を確認し合った事で、天良には、彼女の事をもっと知りたいという気持ちが湧いて来ていた。
「それは心配いりません。通常は、人より感性が強いだけですので、死人を感じる事はありません。あの時は、死んだ人の残思念のようなものを強く感じたので、一瞬だけ鬼眼を開いて、辺りを探って見つけたのです」
「なるほど。それで、摩那さんは、その不思議な力をどう受け止めているんですか」
「この力に目覚めた時は、自分が嫌になった時もありましたが、今は、この力で、少しでも世間の為に貢献できればと思っています。最近は、警察からの依頼で、事件解決のお手伝いをさせて頂いるんですよ」
「そいつは、凄いですね。怪我が治ったら、私にもお手伝いさせて下さい。可能ならですが」
「分かりました。担当の警部さんに訊いてみます。
何か欲しいものは有りませんか。退院まで付き添わせて頂きますから」
「いえいえ、そこまでしていただいては、かえって気を使ってしまいますから、放っておいてください」
天良が断ると、彼女は残念そうな表情を浮かべ、その日は帰っていった。ところが、彼女は次の日も笑顔でやって来て、何やかやと世話をしだしたのである。無碍に断ることが出来なくなった天良は、彼女の誠意に甘える事にした。
摩那の手厚い介護を受けながら、天良は、一月あまりで無事退院することが出来たのである。