更なる秘密①
思いもよらぬ出会いから、不思議な力を持つ摩那という娘と、友達付き合いをする事になった天良は、次の休みの日には彼女に誘われ、奥多摩の大岳山に登っていた。
本来、積極的な人間関係を好まない天良だったが、摩那に自分の心の中を見抜かれてからは、彼女のことをもっと知りたいという気持ちに、変わっていたのである。
奥多摩駅で降りた二人は、そこから、大岳山の山上を目指した。山が好きだと言う摩那は、この山にも何度か来たようで、登山は彼女のペースで進んだ。
「今日は天気もいいし、気持ちがいいですね。景色を楽しみながらゆっくり登りましょう」
晴れ渡った空を仰いだ摩那が、登山が初心者の天良を気遣う。
「摩那さん、私は体力だけは自信がありますから、ペースを上げてくれていいですよ」
山を知らぬ天良が、いいところを見せようと粋がったが、時間が経つにつれて息が喘ぎだした。暫く、摩那がそんな天良に合わせて登っていたが、前を行く彼女が突然立ち止まった。
「おっと、どうしたんです?」
足元ばかり見ていた天良が、彼女にぶつかりそうになった。
「なんか、見つけちゃったみたいです」
「なんかって?」
彼女の言っている意味が分からない天良が、怪訝な顔で訊き返した。
「死体です」
「死体! そんなものも見えるんですか?!」
彼女の異常ともいえる能力に、天良は唖然とするばかりである。
「せっかくの登山なのに、見なかった事にしましょうか」
摩那は、迷うような視線を天良に向ける。
「……そうもいかないでしょう。場所を確認して電話で警察に知らせたらどうですか?」
事態を、まだ飲み込めていない天良だったが、常識的な見解を述べた。
「そうですね。じゃあ一緒に行ってくれますか」
「勿論です」
その場所は、登山道から数百メートル離れた崖の下にあった。髙い崖の上から覗き込むと、ブルーのジャケットを着た人が、沢の大きな石の上に仰向けに倒れているのが見えた。
「ここから転落したんですかね?」
「遺体の位置からすると転落ではないようです。九条さん危ないですから余り前に出ないでください。念のため、私は下へ降りる道を探して確認してきますから、あなたはここを動かないでくださいね」
摩那は、天良の手を引っ張って下がらせると、下り口を探すために、繁みを掻き分けて坂道を下りていった。
一人残された天良は、三十分近く手持無沙汰で待っていたが、彼女の事が気になりだして、崖の下を覗こうと、草むらに足を踏み入れたその時だった。
「うわっ!!」
足を滑らせた天良は、崖の下へと吸い込まれるような感覚を覚えた直後に、気を失ってしまった。
天良が目覚めたのは、病院のベッドの上だった。看護師が連絡に走ると、医師と救助隊らしき制服の人がやって来た。
「気分はどうです?」
「大丈夫です」
医師は頷きながら、脈や眼の反応などを確認していった。
「転落した崖は、かなりの高さがあったようですから、左足の骨折だけで済んだのは奇跡的でしたね」
医師の言葉で、天良は、左足の違和感の理由を知った。
「救助隊の前田と申します。当時の状況を教えて頂きたいのですが、覚えていますか」
当時の状況をと聞かれた天良は、崖から落ちた時のことを思い出した。
「あ、摩那さんは大丈夫なんですか?」
「彼女は隣の部屋で休んでいます。怪我はありませんから心配いりません」
「良かった。……あの時、崖の下に死体を見つけて、彼女が確認の為に下りていったんです。暫くして、彼女の事が気になって崖下を覗こうとして足を滑らせてしまいました。私は、そこまでしか覚えていません」
「そうでしたか、それが不思議なことに、彼女からの電話で駆けつけた時には、あなた達は崖の上の山道に倒れていたんです。それで、どうやってあの崖を登ったのかを聞きたかったんです」
「私は、気を失っていましたから、恐らく彼女が助け上げてくれたのだと思いますが……」
「それは無いと思います。近くに下りるような場所もありませんし、あれだけの崖を、体格の良い貴方を背負って登ることなど、人間業ではありませんから」
「では、通りがかりの人に助けられたのでしょう。彼女は何と言っているんです?」
「私達が到着すると、意識を失ってしまいましたので、話は聞けていません。ただ、靴や衣服が異常に汚れていたのが気になっているんですが……」
「火事場の馬鹿力と言いますから、案外彼女の仕業かも知れませんね」
「はぁ……」
天良の言葉に、隊員は納得いかない顔で部屋を出ていった。彼の話では、見つかった死体は、警察が回収していったとの事だった。