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朧月の襲撃②


「末那、あいつを止める方法はないのか!」


 朧月の攻撃を躱した束の間に、天良が助けを求めた。


「元に戻すには、相手の身体に触れなければいけないの、あの状況ではとても近寄れないわ」


 死者から読み取った地獄の業苦を他人に体感させるには、相手の身体に触れなければできないのだ。それを、解除するときも同じである。

 末那が月神子だった時には、それが遠隔でできたのだが、今は、そこまでの力は無い。


「僕が、羽交い絞めにするから、その隙にやってくれ」


「無理よ、正気を失ったことで、彼女のパワーは増している。今のあなたの力では無理、危険すぎるわ」


「だったら、君の力で、僕の戦闘能力を強制的に引き上げることはできないのか?」


 天良の提案は、一見突飛なことのようだったが、的を得ていた。本来、能力の覚醒は、限界を超えた修行の積重ねの末か、あるいは、突発的な事故で死に直面した時などに起こる。それを、末那の思念力を駆使して、強制的にやろうと言うのである。


「……そうか、その手があったわね。ただ、急激に戦闘力が上がれば、あなた自身も暴走するかもしれないわ」


「今は、そんなこと言ってる場合じゃない。とにかくやってみてくれ!」


 逃げ回り、体力の限界が見えた天良が、一か八かやろうと末那を急かせた。鬼眼を開きっぱなしの末那も、これ以上戦いが長引けば、体力を消耗して力尽きるのは間違いなかった。


「わかったわ。少し時間が必要だから、出来るだけ彼女から遠ざかるわよ」


 末那は、自分たちの姿が消える幻覚を朧月に見せて、彼女が戸惑っている隙にその場から姿を消した。


 末那たちは暫く走り、ガジュマルの林の中に逃げ込むと、向かい合った。


「天良、力の覚醒は、あなた自身がそのことを強く望むことが大事なの。私はあくまで、縁を与えるだけだということを忘れないで。準備はいい?」


「分かった。覚醒への強い気持ちを高めればいいんだな」


 天良は弾んだ息を整えてから目を閉じ、精神を集中して、自身の戦闘力の覚醒を心の底から願った。


 天良が「いいぞ」と頷くと、末那の掌が彼の額に翳された。次の瞬間、天良の額が熱いほどに熱を帯びると、過去世で日神子の守護者であった頃の自分の姿が、鮮明に浮かんで来たのである。

 鬼神と呼ばれ、戦いに臨んで負けることを知らぬ神の如き存在。その鋭い目が、段々大きくなって天良に迫り、その眼に飲み込まれた刹那、彼は、自分の身体に途轍もない力が漲るのを覚えた。


「うおッ!!」


 呻きのような声が漏れ、天良が目を開くと、その目は燃え盛る炎のように光っており、身体から発するオーラは、今までに無い威厳を湛えていた。


「どう、戦えそう?」


 末那が、確認するように顔を覗き込む。


「ああ、力が漲って負ける気がしない。朧月を止めてくる!」


 言うが早いか、天良は、朧月が暴れている所へ、土埃を巻き上げ瞬足を飛ばした。


 現場に現れた天良を視界にとらえた朧月は、狂気の目を輝かせて彼に襲い掛かった。だが、覚醒した天良は、彼女の動きを完全に見切っていた。朧月の拳を難なく躱した天良は、次の瞬間、彼女の顎に拳を炸裂させていた。パコンという音とともに、朧月は数メートルも飛んで地面に落ち、そのまま動かなくなった。


 勝負はついた筈なのだが、力が漲り過ぎて勢いが止まらぬ天良は、倒れている彼女に止めの拳を打ち込もうとした。末那が慌てて止めようとしたその時、天良の動きが明らかに鈍り、彼の拳は朧月の顔面を逸れて地面に減り込んだ。


「それくらいにしてやって」


 末那が振り向くと、そこには、朧月を探しに来た魔月が、長い髪をなびかせて立っていた。彼女は、魔眼を開いて天良の脳に入り込み、動きを制御したのである。魔眼というのは、相手の心に入って洗脳したり、呪いをかけることができる魔月の能力のことだ。心を操作するという点では末那の鬼眼と類似しているが、彼女は月神子として、その力を悪用してきたから魔眼と呼ばれるようになったのである。


「天良、自分を制御できているわね」


「……ああ、もう大丈夫だ」


 彼が、冷静さを取り戻したのを確認した末那は、朧月の額に手を当て、地獄の苦しみを抜いた。


 何があったのかと問う魔月に、末那は今までの経緯を掻い摘んで話し、朧月に大した怪我はないことを付け加えた。


「迷惑をかけたみたいね。申し訳ないけど、出頭するのは少し待ってもらえないかしら。このままだと、同じことを繰り返す者が出ないとも限らないから、皆とじっくり話してみたいの」


「分かったわ、私たちの旅館は知っているわね。三日経ったら私は目覚めるから来て頂戴」


 魔月は朧月を目覚めさせると、村人たちと神社へ帰っていった。


 鬼眼を長時間開いていた末那は、天良の腕の中で深い眠りに落ちた。



 三日目に末那が目覚めると、約束通り魔月はやって来た。一行は予約していた水上飛行機に乗って鹿児島に向かい、そこから羽田行の飛行機に乗り換えて、警視庁へと魔月を護送した。


 取り調べに対し魔月は真実を述べたが、他人の心を操る力があるという話に至ると、検察もどう処理していいか分からず、結局、末那の応援が必要となった。


 その後、被害者家族全員が、告訴を取り下げたことから魔月は釈放され、迎えに来た朧月と共にトカラへと帰っていった。


「誰も怪我をしていなかったし、トカラでの魔月は、能力を島民の為に使う神子として、絶大な信頼があったようだから、暫く監視が付くようだけど、良かったんじゃない」


 末那も納得の、事件の決着となった。



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