朧月の襲撃①
二人の乗った車が、集落の近くまで来た時だった。突然――、十数人の村人が道を遮り、車を取り囲んだのだ。
彼らの中には、棍棒や鉄パイプを握りしめている者もいる。先頭で二人を鋭い目で睨んでいるのは、魔月の妹の朧月だった。
「どうやら、妹の方は納得できなかったようだな」
車の中で、天良が落ち着いた調子で言った。
「彼女の守護者としての血が、そうさせているんでしょうね」
「結局、戦いは避けられないのか……」
やれやれといった表情から、戦闘モードに気持ちを切り替える天良。二人は車から降りて、朧月と向き合った。
「これはどういうことなのかしら。魔月さんの指示なの?」
末那はあくまで冷静に話そうとする。
「姉は関係ない、私の一存よ。何があっても、あんたなんかにお姉さまを渡す訳にはいくもんですか!」
声を荒げ、今にも掴みかかりそうな殺気を朧月は放っている。
「私たちは警察の人間なのよ。これ以上罪を重ねてどうするの」
「問答無用よ、かかれ!」
末那の言葉を遮った朧月の合図で、取り囲んでいた屈強な村人たちが、一斉に二人に襲い掛かかった。
その刹那、天良の身体が瞬時に動き、襲いくる村人たちの攻撃を躱しながら、見る間に、次々と彼らの首元に手刀を叩き込んだ。頸動脈を圧迫された彼らは意識を失い、崩れるように地面に伏していった。
「なかなかやるわね。今度は私が相手よ!」
屈強な村人達を、いとも簡単に倒してしまった天良に、不敵な笑みを湛えた朧月が、格闘術で挑んでくる。その動きは、目で捉えられないほどではなかったものの、彼女の拳を防御した天良の腕に、強い痛みが走った。朧月の一撃は、身体の大きな天良の体勢を崩すほどに重かったのだ。
(なんて破壊力なんだ。この女の格闘術は俺より数段上だ。それに、まだ本気を出していない……)
朧月の拳を受けた天良は、前にも彼女と戦ったことがあるような感覚に襲われた。過去世の記憶が蘇ったのだ。彼女は、月神子(魔月)の守護者で、武人として完全に目覚めていると、天良は確信した。
それに対し、武人として真の覚醒に至っていない天良は、本来の力を出すことができなかった。
天良が、気持ちでは負けるものかと、後方に飛び退いて気合を入れ直す。だが、二人の戦いぶりを見ていた末那の目にも、実力の差は歴然だった。
次の瞬間、朧月に挑んだ天良の顔が苦悶に歪んだ。彼女の拳が、天良の顔面を捉えたのだ。彼は、両ひざからガクンと崩れ落ちた。
「天良!」
無駄のない動きで、止めの拳を打ち込もうとする朧月。その前面に、鬼眼を開いて身体能力を高め、格闘の達人の力を備えた末那が立ちはだかった。
末那と朧月の、凄まじい気迫と気迫がぶつかり合い、拳や蹴り技の応酬が展開される。
互角に見えた二人の戦いだったが、やがて、朧月の地力が勝り、末那は腹部に蹴りを受けて、後方に吹っ飛ばされてしまった。
「末那!」
ふらつく身体を奮い立たせ、立ち上がった天良が、倒れている末那に覆いかぶさった。朧月の容赦ない蹴りが天良の背中に炸裂するが、彼は痛みに耐えながら、必死で末那を守り続けた。
その、天良の下で反撃の機会を窺っていた末那が、朧月の蹴りのタイミングを見計らうと、天良を跳ねのけ、彼女の軸足を足で払った。不意を突かれ転倒した朧月の額に、末那は素早く手を当て、念を注ぎ込んだ。
その途端、朧月の不敵な顔が苦悶に歪み、動きが止まった。末那が、火炎地獄の業苦を、朧月の心に注いだのだ。
心までも焼き尽くす地獄の苦しみを浴びせられ、のた打ち回っていた朧月だったが、暫くすると悲鳴のような声を発しながらも立ち上がり、天良たちに突進して来たのである。
(なんて奴だ。地獄の業苦を受けても動くことができるとは……)
天良が朧月の攻撃を躱しながら、舌を巻く。通常の人間なら、気絶してもおかしくなかった。
正気を失い、本能のみで暴走する朧月。目に映るものを全力で追う動物的な攻撃は、動きは読み易いが、直撃すれば一溜りも無い破壊力を持っていた。それは、狂暴化したクマのようでもあった。
逃げるにしても小さな島では直ぐに見つかってしまう。かといってこのまま放置すれば、島民に危害を及ぼしかねなかった。
(まいったわね……)
相手の動きを封じるための、精神攻撃が裏目に出てしまった末那が、どうしたものかと溜息をついた。




