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月神魔月


 翌朝、末那と天良は、六根警部たちを旅館に残し、標高六百メートル弱の、御岳みたけの中腹にある月神神社に向かった。車内では二人とも口を利かず、何時になく緊張気味だった。それは、過去世で命がけで戦った宿敵、月神子に会えば、一気に戦いになる可能性があったからである。


 彼らは道路脇に車を止め、急な長い石段を上っていった。石段を上りきると赤い鳥居があり、それを潜った先に月神神社はあった。古いが、しっかりした造りの本殿が存在感を示していた。

 二人は、警戒しながら本殿に近づいて行ったが、本殿付近に人の気配はなかった。すると、


「ご参拝かな?」


 声のする方を見ると、本殿の奥にある居宅の前で、白い着物に紫の袴姿の中年の男が末那たちを窺っていた。どうやら神主のようである。


「警視庁から事件の捜査に参りました、日神末那と夫の天良です。神子みこ様にお会いしたいのですが、いらっしゃいますか?」


 末那が、神主らしい男に近づいて丁寧に挨拶すると、男の顔が急に険しくなり、警戒心を露わにした。


「警視庁の人間が、うちの魔月まづきに何の話があるというんだ」


 神子の名は魔月と言うようだ。


「トカラ列島で起こった失踪事件のことで、神子様に伺いたいことがあるのです」


「悪いがあんたたちと話すことはない。帰ってくれ!」


 態度が一変した神主は、親の仇にでもあったような目で末那たちを睨んだ。末那は、この神主は、こちらの正体を知っていると感じた。


 強行に会おうとして、相手を刺激するわけにもいかず、今日のところは帰ろうと、二人が諦めかけた時だった。


「お父さん、せっかく来てくれたんだから、あがってもらって」


 澄んだ若い女の声が家の中から聞こえて来た。父と呼ばれた神主は、一瞬躊躇していたが、険しい顔を崩さないまま、家の方に顎をしゃくった。力関係は娘の方が上のようだ。


 通されたのは、玄関からまっすぐに伸びた廊下の一番奥の部屋。そこに、普段着の若い女性が二人座っていた。その顔を見た末那は思わず目を見張った。凛とした表情に切れ長の目、それは、過去世で敵対した月神子にそっくりだったからである。それも二人、双子だ。

 

 向かって右側の色白の女性は、背中まで伸びた長い髪に、目の色は青みがかった黒、全身から放たれる神秘的なオーラは、月神子に違いないと末那は感じた。一方、左に座るショートカットで小麦色の肌の女性は、赤みが差した鋭い瞳で末那を睨んでおり、殺気さえ滲ませていた。恐らく守り人か。


「紹介しよう、右が長女で神子の月神魔月つきがみまづき、左は妹の朧月おぼろづきだ。こちらは、東京から事件の捜査に来た、日神末那さんとご主人の天良さんだ」


 冷静さを取り戻した神主が双方を紹介するも、警戒心は解いていなかった。


「お初にお目にかかります。日神末那と申します。こちらは夫の天良です、よろしくお願いします」


 末那が探るような調子で挨拶し、頭を下げた。


「あなたが日神子ひみこの生まれ変わりね。過去世のことは覚えているんでしょう?」


 魔月の言葉は、彼女もすでに覚醒していることを告げていた。アクセントは違うが、声は記憶にある月神子のそれだった。幸い、直ぐにも向かってきそうな気配はない。


「ええ、貴女も覚醒していたのね、月神子。となれば話は早いわ。十島村の失踪した若者を捜しているの、貴女の仕業じゃないの?」


「……さあ、何のことだか」


 表情は変えない魔月が、一瞬視線を逸らした。


「とぼけても無駄よ。私が失踪者の残思念を読んで、ここに辿り着いたんだから。私との戦いに備えて、戦力補強のために拉致したんでしょう」


「……ふん、あなたがこの世界にいて、警察で活躍していることを知ってから、気が気じゃなかったわ。あなたには過去世で散々な目に遭わされたからね、警戒するのは当然でしょう?」


 魔月が吐き捨てるように言う。


「今は私たちを取り込もうとする権力者もいない、戦乱の世とは違うのよ。この平和な日本で、私たちが戦わねばならない理由がどこにあるの?」


「口でなら何とでも言える。互いに能力者として目覚めた以上、警戒するなという方が無理というものよ」


 魔月には、末那に対する不信感しかない。千年も前のこととは言え、日神子と月神子の壮絶な戦いの記憶を持っている魔月にしてみれば、無理のないことかも知れなかった。


「あなたが島の若者たちを拉致していることは、既に警視庁に報告しているわ。いくらあなた方が強くても、銃や兵器を持った警官隊や自衛隊が派遣されたら、殺されてしまうでしょ?」


「……」


「お姉さまには人を操る力がある。そう簡単にいくものですか!」


 末那を睨み、甲高い声を発したのは、双子の妹の朧月である。


「いくら人を操れるといっても、一度にどれだけの人を操れるというの。自分たちの能力を過信してはいけないわ。暴走したところで、悲惨な最期が待っているだけよ。そんなことをして何か意味があるの!?」


「……」


 朧月が憤怒の顔をしながらも、視線を逸らす。


「お願いだから、十人の若者を開放して、自首して頂戴。今なら、大きな罪にはならないと思うわ」


 敵対心どころか、何処までも冷静で切々と訴える末那の言葉に、魔月は不信感を晴らしていった。暫く考えていた魔月は、


「……あなたの言う通りかもしれないわね。分かったわ、自首します」


 と、説得に応じたのである。簡単に応じてくれるとは思っていなかった末那にとっては、嬉しい誤算だった。平和な南の島の環境が、月神子の心を癒したのかもしれないと、末那は思った。だが、


「お姉さま、何を言うんです!」


 魔月の隣に座っていた朧月が、必死の形相で食って掛かったのだ。


「……分からない子ね。今は、過去世とは違う。この人からは慈愛しか感じない。戦う必要などないのよ。それとも、一家一族を滅ぼしたいの!」


 二人は、激しい口論となったが、最後は、当主である魔月に朧月は従うしかなかった。


 自首を約束した魔月は、目を瞑り、両手で印を切るような仕草をして何やら念じていたが、「今、十人の心を開放した」と、目を開けて告げた。


 暫くして、拉致された一人から連絡があったと、猫山巡査から電話が入った。彼らの心の呪縛は、解かれたようである。


 末那たちは、戦いにならずに決着できて良かったと、胸をなでおろした。


 出頭する魔月が支度をする間、末那たちは一旦旅館に戻り、警視庁に一報を入れることにした。


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