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最後の詰め


 北海道から警視庁に戻った末那と天良は、早速、犯人の取り調べに立ち会った。


 机を挟んで、犯人と六根警部が対峙している。犯人の大河内尊おおこうちたけるは、青森県青森市在住の33才である。定職には就かずアルバイトを転々としているが、親の遺産が多少あることから、金に不自由はしていない。他人との深い交流は好まず、親の残した古い一軒家に一人で住んでいて、他に家族は居ない。


 彼は、背が高く筋肉質な身体をしており、クマの毛皮を被って人を襲うだけの腕力は、確かにありそうである。前髪を目の位置まで垂らした無表情に見える顔の顎には、天良に蹴られた時の紫色の傷痕が見える。腹にも、末那の一撃の打撲痕があるはずだ。


 大河内は、末那たちへの殺人未遂事件は認めたものの、四件の殺人については、完全否定した。

 今回押収したクマの毛皮からは、四件の被害者の血痕などは発見されず、殺人現場に残されたクマの毛のDNA鑑定でも一致することは無かった。大河内は、事件ごとにクマの毛皮を変えていたようで、使用した毛皮は既に処分されている可能性が高かった。


 故に、前の四件の殺人事件が、大河内の犯行と断定する確かな証拠を、警察は何も持っていなかったのである。


「四件の殺人も貴方の仕業ではないんですか? 四件ともあなたのアリバイは一つもないし、今回の未遂事件を見ても、その類似性から、あなたが犯人である可能性が、限りなく高いと言わざるを得ないんですよ!」


 今は犯人の自白だけが頼りと、六根警部が言葉に力を込める。


「警部さん、一人暮らしなんだから、アリバイが無いのは当たり前でしょう。それが殺人の証拠になるんですか、言いがかりもいいとこだ」


 大河内は、六根警部の後方に居る末那たちに、時折視線を注ぎながらも、落ち着いた様子で答える。末那が大河内の心を読むべく、鋭い眼光を放っているのが気になっていたようだが、自分をノックアウトした二人だとは、まだ気付いていない。


「警部さん、そちらの人は刑事でもなさそうですが、誰なんです?」


 末那たちのことが気になった大河内が、たまらず尋ねる。 


「ああ、こちらは、人の心が読める能力者の先生ですよ。今回の囮作戦では、一役買って頂きました」


 人の心が読めると聞いて、大河内は末那の顔をまじまじと見た。


「ん? 月夜だったから顔までは分からなかったが、お前たちは、あの時のカップルなのか……」


「顎とお腹の方は大丈夫ですか?」


 末那が、涼しげに言うと、厳しい目を向けていた大河内は、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。



「末那さん、何か分かりましたか?」


 六根警部が彼女を振り返り、守備を訊く。


「そうですね。この方のあらましは読めました」


「では、交代しましょう」


 六根警部は、取調官の椅子を末那に譲った。


「ふん、人の心など読めるはずもない。どうせあんたも眉唾もんなんだろう?」


 入れ替わる二人を見ながら、大河内が嘲笑う。


「すぐに分かります。では、私の見立てをお話ししましょう。

 あなたは、エドガー・アラン・ポーの熱狂的なファンですよね。異常な犯罪心理の世界に飲み込まれたあなたは、いつしか本物の殺人に手を染めてしまった。人が人生を終える瞬間を垣間見る高揚感や、野獣が獲物を狩る達成感のようなものに取りつかれ、次々と四人の命を奪ってしまったのです。

 それは徐々に大胆になり、終には、誰かに認めてもらいたいという欲求が頭をもたげてきた。それで、クマ事件が殺人事件だと匿名の手紙を書いたが、警察からは何の反応もない。次の事件を起こすべく獲物を物色しているところに、北海道でのクマ祭りイベントがある事を知り、そこで事件を起こして、警察に一泡吹かせようと目論んだ。それが、私達の罠だとも知らずにね……。

 どう、ここまでは、当たっているでしょう」


 末那がにこりと微笑む。


「……」


 大河内は、顔を強張らせて末那を睨んでいる。


「あなたが、クマの毛皮を誰から入手したのかも、レンタカーを借りて事件現場に行ったことも、全てあなたの心から読み取ったわ。もう、観念したらどうなの!?」


 末那が追い打ちをかけるように捲し立てる。


(……この女の言う事は全て当たっている。こんな能力者が本当にいるなんて……)


 犯人にしか分からない真実を次々と言い当てる末那に、大河内は驚きの表情を見せてはいるが、人の心を無くした頭脳は狡猾に回転する。そして、人の心を読むことが出来ても、刑法では証拠にならない事を突いて来る。


「ふん、そんなものは、あんたの推測でしかない。何か決定的な証拠でもあるのか?」


「あなたも強情ね、調べればすぐに証拠は出て来るのに……。仕方ないわ、あなたばかりに時間を割いていられないから、手相タイムにしましょうか。あなたの手相を見てあげるから見せて」


 末那が勢いよく手を出すと、大河内は怪訝な顔をしながらも、反射的に掌を差し出した。その手を、末那が素早く握る。次の瞬間、大河内の頭に、殺された四人の断末魔の感情が流れ込んできたのだ。

 死への恐怖や不安、絶望感、神経を逆撫でされるような感覚、それらが大河内を攻めたてるように押し寄せる。

 突然の衝撃に、パニック状態になった大河内が、手を引っ込めようとするが、末那は離さない。


 それらの感覚がふっと消えて、一息つけると思った刹那、今度は、言いようもない地獄の苦しみが大河内を襲った。人を殺めた殺人者の死後の状態を体感させたのだ。人の命を奪う極悪の報いは間断なき不自由と苦悩の世界――それは無間地獄。


 大河内は、その極限の苦しみに耐えきれず、口から泡を吹いて気絶してしまった。



「……今のは何なんだ。……いったい何をしたんだ」


 目を覚ました大河内が、苦悶に歪む顔を末那に向けた。


「あなたに殺された四人の方の死に際の情念と、その尊極な命を奪ったあなたが、死後に受ける苦悩を感じてもらったのよ」


「……なんでそんなことが出来るんだ。あんたは化け物か……。もう止めてくれ、四人を殺したことを認めるよ。だから勘弁してくれ!!」


 殺人を喜びとしていた大河内は、自分の犯した罪の深さを知り、絶望に打ちひしがれたみじめな男となって許しを請い続けた。




 ここは北海道の知床斜里町である。一人目の被害者、若山富江の殺人現場では、犯人同行での現場検証が行われていた。犯人の大河内は、げっそりと痩せた体で、係官の質問に素直に応じている。手には手錠が掛けられ、腰に巻かれた縄は屈強な警官が握っていた。


 現場検証は一時間ほどで終わり、車に乗ろうとした時だった。警官たちの一瞬の隙をついて、大河内が制止する警官を振り切り逃走したのである。彼は、手錠をしたままの状態で、森の中へと逃げ込んで行った。


 警官たちが必死に大河内を探していると、森の中から男の悲鳴が聞こえて来た。彼らが駆けつけると、そこには、血まみれになった大河内が倒れており、巨大なヒグマが、走り去っていくところだった。


 大河内は、既に息を引き取っており、その身体には、深いクマの爪痕が四か所も刻まれていたのである。


「……殺された四人の魂があのヒグマに乗り移り、敵を討たせたのかも知れないわね」


 立ち会って居た末那が言うと、天良が深く頷いて呟いた。


「因果応報というやつか、厳しいな……」


 一連のクマ事件は、犯人がクマに襲われて死ぬという、意外な決着で幕を閉じた。


取りあえずの完結です。

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