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事件解決への試み


 末那と天良、渡世の三人は、新たに判明した三つのクマ事件の捜査を開始した。先ずは、青森から一番近い、岩手県盛岡市の事件の捜査を二日がかりで行った。そこから飛行機で北海道へ飛び、レンタカーを使って苫小牧の事件を探った後、知床の事件現場を訪れていた。


 死者の残思念というのは、年月が経つほどに薄れて行く。三件の事件が起きたのは去年であり、知床に至っては既に一年が経過していた。


「末那さん、どうです?」


 鬼眼を開き、被害者の残思念を探り終えた末那に、天良が寄り添った。

 

「ここは、あまり人が通らない場所だったから、何とか被害者の残思念を見ることが出来たわ。四件のクマ事件は、同一人物の犯行で間違いないと思う。犯行動機は、自分の歪んだ欲望による無差別殺人の線が濃厚だけど、念のため、怨恨の線の捜査も続けましょう」


「犯人はクマの毛皮を被った状態で顔も分からないのに、何故そんなことまで分かるんだい」


 天良が怪訝な顔で訊くと、末那は頷きながら言った。


「同一犯人だと言う理由は、犯人は、北海道ではヒグマを、東北ではツキノワグマの毛皮を被って犯行に及んでいるんだけど、明らかに本物のクマではないと分かる、歩き方や動きの癖が四件とも同じだったからよ。流石に犯人も、クマの動きまでは模倣できなかったようね。

 無差別殺人の根拠は、犯人は殺しを楽しんでいるようなところがあったわ。それは、回を重ねるにつれて顕著になっているし、最後の青森の事件は昼間に行われていて、大胆になって来ている。事件を手紙で知らせて来たのも、犯人の仕業だと思う。彼は、自分の犯行を世間に知ってほしいと思っているのよ」


「自分の中で楽しんでいるだけでは、満足できなくなったんだね」


「そう、人は誰でも、誰かに認めてもらいたいという欲求を持っているものね」


「という事は、犯人は、新たな殺人を計画している可能性が高いね」


「その通りよ。何とか阻止したいけど、犯人に辿り着くには、まだ情報が足りないわ」


 末那が、無念そうに海の方に目をやる。 彼らが居るのは、知床斜里町の海岸線の一角である。無言となった三人に、知床の冷たい風が吹き渡った。



 東京に帰った末那たちは、改めて事件を整理し、突破口を開くべく全体会議を持った。席上、六根警部から、四人の被害者の怨恨関係を洗った結果が報告されたが、怨恨が疑われる被害者は一人もいなかった。そして、不審車両についても、特段の成果は得られなかったのである。


「では、今までの捜査結果を纏めますと、四件の事件はクマの毛皮を着た人間による、無差別連続殺人事件という結果が出ました。問題は、犯人が次の殺人事件を起こす可能性が高いという事です。一刻も早く犯人を特定し、次の事件発生を防がねばなりません。それを踏まえて、今後の捜査の方向性を皆で話し合いたいと思います」


 星見室長が、皆の顔に視線を注ぎながら言った。


「クマの毛皮や、はく製の購入者の洗い出しなんですが、犯人は、北海道にしかいないヒグマと、それ以外のツキノワグマを使い分けています。この二頭の購入者を探すには、パソコンや電話だけでは困難です。現場に出るとなると、私達だけでは対応しきれないと思うんですが」


 発言したのはパソコンに精通した高橋である。


「確かにそうだ。毛皮の取得方法としては、猟師からの直接購入、はく製屋での購入、それからネットでの購入、知人からの譲り受けなどもあるだろう。過去十年分を調べるにしても、全てを網羅するのは大変な作業になる。果たして、それだけの労力を割く意味はあるかな。それに犯人もバカではない、後のつかないよう手に入れているはずだ」


 髙橋の意見に、六根警部も賛同する。


「ですが、クマの毛皮の入手経路を洗うのは、現時点での犯人への大きな手掛かりです。当面は高橋さんを中心に、他の部署からも数名応援を頼んで進めていきましょう」


 星見室長が目で合図すると、髙橋は渋々頷いた。


「それで……、末那さんとしては、今後どのような手を打つつもりでしょうか?」


 星見室長が、末那に視線を向ける。能力者中心の捜査である以上、全体の方向性は、末那に頼るしかないからだ。


「犯人は、捕まりたくはないけど、自分の事を誰かに知ってほしいという欲求を持っているのも確かです。彼が次の事件を起こす前に捕まえようとするなら、北海道辺りで大きな餌を巻いてはどうでしょうか?」


「餌ですか?」


「そう、皆が注目するようなイベントです。犯人はクマに執着しているようですから、クマ祭りなんかが良いんじゃないかしら。それも盛大にやるんです。皆が注目し、クマ事件を起こせそうな場所を提供してやれば、犯人は必ず現れると思います」


「そんな大きなイベントを警察独自でやるとなると、莫大なお金がかかりますよ。それに、大勢の見物人を危険に曝すことにもなる、リスクが大きすぎませんか?」


 異を唱えたのは、捜査員の中では年長の市川である。


「ネットの抽選で、参加人数を五百人程度に抑えれば、万全の監視体制と、警備体制を密かに敷くことは可能だと思います。入場者を完全チェック出来る場所さえ確保すれば、抽選に漏れた人が押し寄せる事はありませんし、犯人も、人の多い所で犯行には及ばないと思います。

 入場者のチェックの時に私が秘かに犯人を特定しますから、あとは、私が犯人に近づき、囮になって襲ってくるのを待ちます。それから、費用の方は父に相談してみますね」


 末那の金銭感覚が普通じゃないのは、やはり富豪の娘だからか。


「そんなにうまくいきますかねえ……」


 六根警部が、腕組みをしながら唸る。


「私が犯人なら、こんなおいしい場面は見逃しません。一か八かと言った感はありますが、やってみる価値はあると思います」


 末那には、能力者としての確信があった。それは、鬼眼を開いて犯人の動きを見る内に、犯人の心がある程度読めて来たからだ。


「分かりました。その件は、私の一存では決められませんので、上司と相談してみます。結果次第で、また検討しましょう」

 

 星見室長が、話を纏めた。


 後日、クマ祭り作戦は認可され、彼らは、北海道へと飛ぶことになる。 



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