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日神子の立像

 天良が、リニューアルされた日神家の離れに移り住んで、驚かされたことが二つあった。それは、安アパートとは比ぶべくもない部屋の豪華さと、彼の部屋の隣が末那の部屋だったことだ。離れと言っても全てが揃った一軒家である。結婚前から同居することに、天良は戸惑いを隠せなかった。


「いいじゃないですか、もうすぐ結婚するんだから」と、末那は気にする様子もなかったが、変な所で真面目が顔を出す天良は、簡単に割り切れなかった。



「天良さん朝ですよ、起きて」


 朝になると、末那が起こしに来る。寝惚け眼で顔を洗い食卓に座ると、朝食が用意されていた。


「パンで良かったのよね?」


「うん」と言って二人で食べ始める。寝室だけは別という、新婚生活は既に始まっていたのだ。


「仕事の話なんだけど、警察庁の話はどこまで進んでいるのかな」


 天良が口をもぐもぐさせながら訊く。無職となった彼は、仕事のことが気になっていた。


「ごめんなさい、何もかもこちらの都合に合わせてしまって……」


 末那が申し訳なさそうに言うが、仕事や住まいのことは、天良にとっても至れり尽くせりなので、何の不満も無かった。


「いや、家でぶらぶらするのは性に合わないから、早く働きたいだけだよ」


「警察庁の仕事の話は殆ど決まっているから、近い内に呼び出しがあると思うわ」


「良かった。じゃあ、心配いらないね」


 天良は屈託ない微笑を浮かべて、パンに齧りついた。



 朝食を終えた天良は、末那に案内されて日神邸の庭を散策した。末那の腕が当然のように絡んで来て、寄り添って歩いた。数千坪もある敷地は、一周するだけでも良い運動になる。

 庭園を一通り見た後、母屋の裏の方に回ると、そこには大きな蔵が建っていて、蔵の前には古ぼけた鳥居があった。


「蔵の前に鳥居があるなんて、変な取り合わせだね」


「中を案内するわ」


 末那は、天良の疑問には答えず、先に立って入り口に向かった。重々しい蔵の扉を開けて中に入ると、大小様々な箱が整理されて置かれてあった。箱書きを見ると、書物や焼き物、掛け軸、絵画、刀や鎧などの骨董品だと分かった。


「骨董品のことは良く分からないけど、皆良い物なんだろうね」


 天良が、左右の棚の箱書きを走り読んでいく。


「日神家は、江戸時代あたりから商いにも手を出していたようなの。だから、それなりの値打ちのあるものが多いそうよ。私はあまり興味ないけど」


 彼女に説明されながら、蔵の中を見学しているうち、天良は何か違和感を感じた。


「外から見た蔵の大きさからすると、もっと奥行きがあるはずなんだけど、その壁の奥はどうなっているんだい?」


「よく気付いたわね。実は、貴方に見せたいものがこの奥にあるの」 


 末那が、部屋の隅の漆喰の壁を押すと、その壁がスッと開いた。隠し扉である。中は暗い。彼女が照明をつけると、そこに、古い建物が忽然と浮かび上がった。


「こ、これは!」


 天良が驚きの声を上げる。今にも飛び立ちそうな反りあがった屋根、朱色で塗られた柱や壁、威厳を湛えた建物が、蔵の中で静かに建っていた。


「日神家は日神子の末裔にあたるの。ここは、日神子の立像が祀られている、我が家の秘密の神殿なのよ。世間には知られたくないから、こうして、蔵でカムフラージュしているの」


「ふーん。でも、何故隠す必要があったんだい?」


 天良が訝しげに訊く。


「日神家には、日神子のような能力者が時々出ていたから、権力者や、悪事に利用されない為に隠したのだと聞いているわ。私には予知能力はないし、時代も変わったから能力を公表しているけど、この神殿の事は家族以外誰も知らないから、口外しないでね」


「分かった」


「じゃあ、神殿の中を見てもらうわね。ここは、父と私しか入っていないのよ」


 末那の後について神殿の中に入ると、内陣の奥に、黒光りした木製の乙女の立像が安置されていた。


「これが、日神子よ」


 乙女の像の前まで案内した末那が、等身大の像の横に立つ。


「こ、これって……」


 像の顔を覗き込んだ天良が、目を見張った。


「私そっくりでしょう。日神子は何度も私の夢に出て来ていたから、この像を見た時、自分が何者かが分かった気がしたわ」


「……こんなことが、本当にあるんだね」


 天良は、日神子の像と末那の顔を見比べて、唸るように言った。


「その像に触れてみて……」


 意味ありげな目で言う末那に促され、天良が何気なく日神子の像の額に触れた、その刹那、


「ううっ!!」 


 天良の頭の中に、日神子の思念が一気に流れ込んで来たのだ。それは、彼女の人生を映像化して、天良の脳に刻み込まれていった。余りの衝撃に天良は、日神子の像の前に跪くように膝を付いたまま気絶してしまったのである。



「大丈夫?」


「え!」


 末那の声で我に返った天良が眼を開けると、彼女が心配そうに覗き込んでいた。


「何故、こんなことが……」


 呆然としながらも、今起こったことを理解しようとする天良。


「私の過去世の姿が見えた?」


「……ああ、日神子の人生も、過去世の僕の事も全てね……」


 興奮状態にある天良は、気持ちを落ち着かせようと大きな息を吐いた。


「この像には、日神子の思念が刻み込まれているの。だから、縁ある貴方に反応したんだと思うわ。私の時もそうだったから」


 そう言う末那も興奮状態にあるのか、視線が熱い。


「そうか、君もこの像に触れた事で、全てを知ったんだね」


「そう、それまで見てきた夢が、全て真実だと知った瞬間でもあったわね」


「これで、僕は鬼神の力をいつでも発揮できるのかい?」


「いえ、今は、あなたの中の潜在能力が目覚めただけよ。現実に発揮するためには、心の限界点を越える出来事が必要なの。私は交通事故で身の危険を感じた時に、鬼眼を開くことが出来たんだけど」


「なるほど、自分を追い詰めればいいんだな。色々試してみるよ」


「焦る必要はないわ。一緒にやりましょう」


 二人で離れの家に帰りながら、天良は、今までと違う自分を再確認していた。そして、互いの過去世を共有した天良と末那の心も、大きく接近していたのである。



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