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事件――多重殺人②

 その後の調べで、末那が指摘した本命の被害者が、中山みちるというOLであることが判明し、その愛人関係にあった精神科の開業医、横島徹を特定して、任意で話を訊いた。


「横島さん、本日はお越し頂きありがとうございます。早速ですが、最近亡くなった、中山みちるさんという方を存知でしょうか」


 取り調べは、六根警部の、世間話でもするような口調で始まった。場所は、警視庁内の小さな会議室である。


「……知っています」


「どういった御関係ですか?」


「……愛人でした。ニュースを見て私も驚きました」


 横島は、隠してもいずれ分かる事だと思ったのか、素直に話した。彼は五十代で、金色のフレームの眼鏡をかけた学者風の男性である。


「貴方とみちるさんは、別れ話でもめていたという話を聞きましたが、本当ですか?」


「確かに、もめてはいました」


「そうしますと、あなたが彼女を殺す、十分な動機になりますね」


「喧嘩をしていたからと言って、犯人呼ばわりは飛躍しすぎでしょう」


 六根警部が本題に斬り込むと、横島の表情が急に険しくなった。


「中山みちるさんの友人の話では、かなり激しくやり合っていたと聞いていますよ」


「だからと言って、殺したりはしませんよ。それなら、私が犯人だという証拠を見せて下さい。勝手な決めつけで言っているのなら、名誉棄損で訴えますよ!」 


 横島は激して、捲し立てるように言った。


「そこまで仰るなら、お宅のパソコンやスマホを調べさせてください。そうすれば、身の潔白が証明されるんではないですか?」


 六根警部は怯むことなく、顔を押し出した。


「今日は、事件のことで訊きたい事があるというから来たのに、これでは犯人の取り調べじゃないか。無礼にもほどがある、帰らせてもらおう!」


 横島が席を立つのを、六根警部が制止して宥めた。


「まあまあ、落ち着いてください。警察は、あなたが犯人だと確定している訳ではありません。ですが、こちらとしては、関係者を疑ってかかるしかないのです。捜査に協力していただけないと、増々あなたへの疑惑が深まるばかりですよ」


(……おかしい、あれだけ綿密な計画を立てて、全てが完璧に実行されたというのに、警察は何故こんなにも早く私を疑い出したのか……。愛人の線で多少疑われるのは想定内だが、この刑事は、私を犯人だと確信しているようだ……)


 横島は腕を組み、俯き加減になって思いをめぐらしていたが、


「……分かりました。疑われるのも本意ではありませんから、パソコンとスマホは提出しましょう」


 と、あっさり承諾した。これ以上探られたくなかったからだろう。

 その日は、それで家に帰され、同行した署員にスマホとパソコンを手渡した。


 横島は署員が帰ると、警察に勤める友人に電話して、何故自分が犯人と目されているのかを調べてほしいと頼み込んだ。友人は最初は渋っていたが、妻が横島の病院に掛かっている事もあって、止む無く了承したのである。


 数日後、その友人から連絡があり、日神末那という、人の心を読める能力者が、今回の事件に関わっている事を知った。

 横島は、能力者そのものを信じられなかったが、六根警部の確信ありげな態度が、脳裏に過ぎった。


(念のために手を打っておくか)


 彼は、もう一つのスマホを取り出し、何処かにメールを送った。



 数日後、平日ではあったが、日神邸を訪ねた天良が、遅くまで末那と話し合って、帰ろうとしていた。天良が末那に会いたくなって、バイクを飛ばして来たのだ。友達関係の付き合いは、既に恋愛関係になろうとしていたが、互いにその事に触れることはなかった。


「天良さん、気をつけて帰ってくださいね」


 末那が門の外まで送り、バイクにまたがる天良に声を掛けた。日神家の広大な敷地があるため、この辺りは民家も少なく、時間的にも人通りは殆ど無かった。


「大丈夫です。安全運転で帰りますから」


 天良が手を振って、バイクを発進させた直後、バックミラーに末那の背後に迫る数人の人影が映った。彼らは、手に鉄パイプのようなものを持っていた。


「末那さん、危ない!」


 天良は叫びながらバイクを一気にユーターンさせると、彼女を襲おうとしている集団目掛けて突っ込んだ。数人をバイクで蹴散らした天良は、バイクを乗り捨て、鉄パイプを振り上げる相手に体当たりを食らわした。

 残った三人の暴漢が末那を取り囲み、一斉に鉄パイプを振り下ろそうとしていたが、天良の位置からは間に合わない。「末那さん!」天良が叫んだ次の瞬間、彼女の顔が険しく変貌したかと思うと、三人の暴漢を拳や蹴りで、一瞬の内に撃退してしまったのである。達人級のその動きは、優雅でさえあった。彼らは地面に突っ伏して動かなくなった。


「……」


 天良は、茫然として末那を見やった。


 残りの暴漢たちが起き上がり逃げようとするのを、騒ぎを聞きつけて走り出て来た渡世によって、再び地面に倒された。流石にボディガードと言うだけあって、見事な格闘術だった。


「末那さん、怪我はありませんか!」


 天良が末那に走り寄ると、彼女の顔は普通に戻っていて、「何でもありません」と微笑み、「こういうことは時々あるんです」と続けた。


「それにしても、凄い技ですね。何か武道をやっているんですか?」


「特にやってはいませんが、鬼眼を開くと、身体能力のアップだけでなく、過去世で習得した武術が身体に宿るようなんです」


「そいつは凄い。末那さんとは迂闊に喧嘩できませんね。疲れは出てませんか?」


「あれくらいなら、それ程疲れませんから大丈夫です」


 そういう末那は、息一つ乱れていなかった。


「この襲撃は、横島の仕業ですかね」


「恐らくそうでしょうけど、彼らは闇サイトで集められた実行部隊ですから、調べても、横島まで辿り着くのは時間が掛かると思います」


「許せないですね。今度会ったら殴ってやりますよ!」


 目をぎらつかせて言う天良を、末那が宥めた。


 暫くしてパトカー数台がやって来て、暴漢たちを連行していった。末那に倒された面々は、まだ気絶したままだった。



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