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出会い

 ここは、都内のとある町工場の食堂。数人の工員が、昼食後の雑談を楽しんでいる。


「天良、日神財閥の御令嬢が婿探しをしているようだぞ。お前も立候補したらどうだ?」


 週刊誌に目を落としていた男が、愉快そうに言った。


「興味ないね。俺たち庶民とは世界が違うんだ。万一、婿に成れたとしても苦労するだけだと思うよ」


「まったく、お前は遊び心が無いなあ。宝くじみたいに、想像して楽しめばいいじゃないか」


 男は話に乗ってこない彼に、不満げな顔を向ける。


「そんなの意味ないよ」


「……」


 この冷めた男は九条天良(くじょうあまら)、東京葛飾区の、自動車部品を制作する町工場に努める平凡な青年である。彼は、高校を卒業すると親元を離れ、ボロアパートに住んで、工場と家を往復する単調な生活に身を置いていた。

 彼にとって、今の生活は充実したものとは言えなかったが、だからと言って特に何かに打ち込もうという気も起らず、その日その日を過ごしていたのだ。



 ある日の事、天良は仕事が終わり、いつもの道を歩いて家路についていた。アパートまでは十分ほどの距離だ。初秋の爽やかな風が、彼の頬を心地よく撫でた。


「……あのう、すみません!」


 声がした方を振り向くと、片道一車線の道路の反対側の歩道から、全身黒の服で身を包んだ長い髪の美しい娘が、熱っぽい目で彼を見ていたのだ。少し距離はあったが、目が合った瞬間、天良は懐かしさのような感覚を抱いた。


「何か用ですか?!」


 我に返った天良が声を掛けると、彼女は増々熱い眼差しを向け、感極まった表情になった。次の瞬間、彼女は左右を確認することもなく、交通量の多い車道に飛び出したのである。


「危ない!!」


 けたたましいクラクションが鳴らされ、彼女が車の存在に気付いて、呆然と立ち尽くした刹那、天良の身体が瞬時に動き、彼女を抱いて宙に舞っていた。それは、彼自身も驚くほどの速い動きだった。

 車は急ブレーキを掛けて止まったが、彼女を護るように抱えた天良の身体は、車のボンネットの上に落ちた。

 居合わせた人たちが固まる中、彼は、何でもなかったかのようにボンネットから降りると、彼女を歩道に下ろした。


「急に飛び出すなんて危ないですよ。怪我はありませんか?」


「大丈夫です。あなたこそ……」


 驚きの表情で、彼女も天良を気遣う。


「心配いりません。何ともないです」


 彼は手足を動かして見せて、笑顔を作った。


 車の運転手も顔を青くして飛び出して来て二人をを気遣っっていると、数人の黒服の男たちが、慌てた風に現れて彼女を連れて行き、その中の一人が天良に頭を下げた。


「先ほどはありがとうございました。お陰さまで、お嬢様は無事でした。怪我はありませんか。何なら病院まで送りますが」


「大丈夫です。掠り傷程度ですから心配いりません」


「そうですか……」と言って、男が運転手に向き直り話しをしている間に、天良はその場を離れた。男が何か言っていたが、彼は早足に雑踏の中に消えていった。



 次の日の夜、天良の部屋のドアを叩く者があった。ドアを開けると、がっしりした体つきで、鋭い眼の男が立っていた。


「昨日は有難うございました。助けて頂いたお嬢様の家のもので、渡世(わたせ)と申します」


 男は丁寧に頭を下げた。


「礼など無用です。それにしても、何故ここが分かったんです?」


 天良が、怪訝な顔で訊いた。


「すみません、昨日あれから内の者につけさせたのです」


「えっ、どうしてそこまでするんですか?」


 天良が警戒心をあらわにする。


「お嬢様の命を救っていただいた方の名前もわからぬでは、私共が主人から叱られてしまいます。ご無礼をお許しください」


 男は、身体から滲み出る威圧感とは似つかぬ物言いで、再び頭を下げた。


「それで、ご用は?」


 天良は、余計なことに関わりたくないと、話を急いだ。


「実は、主人とお嬢様がどうしてもお礼をしたいと申しています。是非、お休みの日に当方に来ていただけないでしょうか」


 渡世は懇願するように言った。


「礼など無用と言っています。お帰り下さい!」


「そこを何とか!」


 天良がドアノブを握り、閉めようとするが、渡世は動こうとしない。彼の目は怖いほどに真剣だった。結局、天良はその勢いに押され渋々頷くしかなかった。


 渡世が帰った後、「あー、せっかくの日曜日が潰れてしまう!」と承諾したことを悔やんだ天良だったが、休みの日には、家でゴロゴロしている事が殆どだった。



 そして、日曜日の朝、渡世は約束通り、黒の高級車を天良のアパートに横づけした。


「……凄い車ですね。いったいあなたの主人は誰なんです?」


「すぐに分かります。もうすぐ着きますから」


 車のハンドルを握りながら、渡世はバックミラー越しに笑みを浮かべた。車は八王子へと向かい、やがて、大きな門構えの豪邸に入っていった。



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