【連載版始めました!】偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~
【作者からのお知らせ】
ご好評につき連載版スタートしました!
https://ncode.syosetu.com/n9071il/
ページ下部にもリンクがございますので、ぜひぜひ読んでください!
ブクマ、評価も頂けるとすごく励みになります!
私の人生は、驚きの連続だった。
病死した私は、異世界で平凡な村娘として生まれ変わった。
と思っていたら、実は聖女の力を持っていて、いきなり王都に連れてこられたのが十年前のこと。
人生何が起こるかわからない。
ただ、驚く出来事があっても、それに順応してきた。
しかし今回の驚きには、開いた口が塞がらない。
私の前に、私によく似た女性が立っていた。
彼女は笑みを浮かべて私に言う。
「私はイリアス・ノーマンよ」
「……」
それは、この世界で与えられた私の名前だった。
彼女は名乗った。
私の、聖女としての名を。
「私が本物の聖女よ。偽者には出て行ってもらいましょう」
時間を数日前に遡る。
◆◆◆
「聖女様、どうかこの子の病を治してください。生まれたばかりなんです! どうか、どうか……」
「落ち着いてください。大丈夫、神はか弱き命を見捨てたりしません」
幼きわが子を抱いて涙す母親に、優しく諭すように語り掛けた。
子供は高熱にうなされ、苦しそうに呼吸を速めている。
医者に診てもらったが回復せず、藁にも縋る思いで王都まで足を運び、聖女がいるこの大聖堂へやってきたそうだ。
我が子を苦しみから救ってほしい。
その純粋な想いに応えるように、私は祈りを捧げる。
「主よ、迷われる魂に救いの光を」
祈りによって生成された淡い光が、幼い子供の身体を包み込む。
これは天から施された神の祝福だ。
聖女は祈りを捧げることで、神様の奇跡を体現することができる。
私が真に願い、祈れば奇跡は起こる。
医者にも治せなかった病は、一瞬にして消え去り、子供は穏やかな寝息を立て始める。
「これでもう、苦しむことはありません」
「ああ……ありがとうございます! 聖女様! ありがとうございます!」
「私は主のお力を届けるだけです。ここまで足を運び、心から我が子の無事を祈ったあなたの想いが、主に通じたのでしょう」
「そうなのでしょうか」
私がそう言うと、母親は回復した子供の顔を見る。
子供は目を覚まし、母親にニッコリと笑いかけた。
その笑顔はまるで天使のように明るく、温かかった。
「よかった。本当に……」
美しい親子の愛情をおすそ分けされた気分だ。
悪くはない。
次々にやってくる迷える人々に祈りを捧げ、奇跡を起こしていく。
それが私の、聖女としての役目だった。
毎日、大聖堂には三百人を超える人々が足を運ぶ。
悩みの内容は千差万別。
先ほどの母親のように、命にかかわる病気に怯える者もいれば、先の見えない漠然とした不安を相談しにくる者もいる。
総じて共通しているのは、皆、何かに不安を抱えているということ。
私は祈りや言葉で、彼らの不安を取り除く。
夕刻になり、最後の一人が大聖堂を去っていく。
「……ふぅ、やっと終わった」
誰もいなくなったことを確認して、ようやく肩の荷が下りる。
やりがいのある仕事だ。
多くの人から感謝されるし、求められていることも心地いい。
けれどその分、一人が背負うには重すぎる期待が常にのしかかっていた。
加えて聖女は、この国で私一人だけだ。
皆が聖女を求めて私の元を訪ねてくる。
毎日毎日、迷える人の数は減るどころか、増え続けていた。
人生は一度きりで、不安を抱えることは仕方がない。
聖女の力に頼りたくなる気持ちも理解できる。
できるのだけど……。
「鍵をなくしたとか。そういうのくらいは自分でなんとかしてほしいわね……」
どう考えても、聖女の力に頼らなくても解決できる悩みも多い。
国民の一部は、聖女のことを便利屋か何かと勘違いしているのではないだろうか。
私だって一人の人間で、彼らと同じように不安や不満を抱えていることに、誰か気づいてくれないだろうか。
私は小さくため息をこぼす。
すると、大聖堂の扉が開く音がした。
私は扉のほうへと視線を向ける。
「こんばんは、イリアスさん」
「マリィさん……」
「随分と疲れているみたいじゃない。聖女とあろう者が情けないわね」
「……いえ、すみません」
彼女の名前はマリィ・ノーマン。
ノーマン公爵家の長女であり、立場的には私の姉に当たる人だ。
ただし血縁関係はなく、他人だけど。
彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
「そんなに大変そうなら辞めてしまってもいいのよ。あなたみたいな田舎娘には、聖女の地位は不釣り合いだもの」
「……」
彼女はいつものように悪態をつく。
そう、いつものことだった。
彼女が私のことが嫌いなのだ。
その理由はシンプル。
私が彼女から……聖女の地位を奪ってしまったから。
「失礼するよ」
「――! ライゼン様、いらっしゃったのですね」
「ああ、こんばんは、イリアス」
少し遅れて大聖堂にもう一人、今度は男性がやってくる。
彼はライゼン・スパークロン様。
私が聖女として活動するこの国……スパーク王国の第一王子にして、私の婚約者でもある。
「マリィもこんばんは。君も来ていたんだね?」
「はい。不甲斐ない妹が、しっかり聖女としての務めを果たしているか見守っていました」
「そうか。優しいんだね、君は」
「そんなことありません」
二人はにこやかに会話している。
婚約者のライゼン様が、意地悪を言われている私を助けにきてくれた?
そんなことはまったくない。
婚約者などというのは名ばかりで、聖女だから勝手に決められたことに過ぎない。
そのことを、ライゼン様自身が認めていないのだ。
「本当なら、君が聖女に選ばれるはずだったのだけどね……どうしてこんなことになってしまったのか」
「申し訳ありません、ライゼン様……」
「君が悪い訳じゃないよ。神様も意地悪だね? それとも……イリアスの性格が、とても悪かったりするのかな?」
「……」
彼もマリィと同じく、私のことを快く思っていない。
理由は彼女と似ている。
ノーマン公爵家は代々、聖女の役割を担っている名家だった。
先代の聖女も、先々代の聖女もノーマン家の出身。
故に現代でも同様に、ノーマン家の血筋から聖女が誕生するはずだった。
誰もがそう思っていた。
しかし、実際に聖女に選ばれたのは、ノーマン家とは縁もゆかりもない村娘の私だった。
誰もが驚いた。
ノーマン家の人間も、国王様も、何より私自身が驚いた。
どうして私が聖女に選ばれたのかは、今になってもわからない。
けれど現実として、聖女の力は私に宿っている。
「きっと一時的なものさ。神様もいずれ必ず気づくだろう。聖女に相応しいのは誰なのか……ね」
「ライゼン様……はい。そうであることを願っていますわ」
私は八歳の頃、ノーマン公爵家の養子として迎え入れられた。
代々ノーマン家から聖女は生まれる。
国民もそれを知っているため、余計な混乱を防ぎ、伝統を守るために私がノーマン家の一員になった。
村でも孤児で身寄りもなく、優しい老夫婦に育てられた私は、誰に引き留められることもなく、流れるようにノーマン家で暮らすことになった。
それから大変だった。
貴族としての振る舞いを覚えさせられ、毎日のようにお勉強。
元から勉強は好きじゃなかったから、逃げ出したくなるほど辛かった。
けれど幼い私は逃げられず、貴族令嬢としての教育と並行して、聖女としての振る舞い方も身につけた。
そうして十年後の現在、私は立派に聖女として、人々の悩みに応えている。
皆が望んだように。
それなのに、未だに私のことを認めてくれない人が多い。
特にノーマン公爵家の人間と、王族の彼らは頑固で、貴族でもない村娘が聖女になったのは間違いだと、今も口をそろえて言っている。
もうわかると思うけど、ノーマン家にも、この王都にも、私の居場所はない。
自由時間なし、安らげる場所もなし、助けてくれる味方もいない。
あるのは聖女としての地位と、減ることのない聖女としてのお仕事だけだ。
「聖女が君であったなら、堂々と愛し合うことができたのに……残念だよ」
「私もです。ライゼン様」
「……」
私が目の前にいるのに、気にせず悪口を言ったり、イチャイチャする二人を見ていると、どうしようもなくため息をこぼしたくなる。
そんなに好きならさっさと婚約破棄して、マリィと婚約すればいいのに。
言ってやりたい気持ちはあっても、口には出せなかった。
私だって間違いだと思う。
どうして自分が聖女に選ばれたのか。
私でなくてもよかったのに……。
この頃はつくづく思うようになった。
聖女の役目から解放されて、自由のこの世界を生きたい。
叶わぬ願いだと知りながら、穏やかで心地いい日々を夢想する。
◆◆◆
確かに私は、自分が聖女であることに疑問を抱いた。
けれど、私が聖女であることは紛れもない事実であり、今もこの身に聖女の力を感じている。
だからこそ理解ができなかった。
目の前の光景と、彼女の口から聞こえてきた言葉が……。
私は聞き返す。
「……あなたは、誰ですか?」
目の前に立つ、私によく似た女性はニコリと微笑む。
「私はイリアス・ノーマンです。この国の聖女です」
「違います。イリアスは私です! あなたは……」
容姿はそっくりだ。
髪の色も、長さも、身長や体格も私とそん色ない。
ただ瞳の色が違う。
私の瞳の色は青く澄んでいる。
彼女の瞳の色は、エメラルドグリーンだった。
その一点の違いに、気づいたことで、私は彼女が誰なのか理解する。
「マリィ……さん?」
「いいえ、私はイリアスです。マリィさん……あなたなんじゃないですか?」
「何を言っているんですか?」
間違いない。
この声と雰囲気は彼女だ。
私たちの容姿は元々、血縁関係がないのによく似ていた。
それこそ、髪型と目の色以外は一緒だった。
彼女以外にありえない。
ここまで私に似ている人間などいない。
何より、こんなことをしそうな心当たりは、彼女だけだった。
「どういうつもりなんですか? マリィさんが私の真似をするなんて」
「真似ているのはそっちでしょう? 聖女の地位を奪おうとでも考えたのかしら。怖い人だわ」
「違っ、それはあなたのほうで――」
「いい加減にしないか」
大聖堂にライゼン様が姿をみせる。
彼は怒っている様子だった。
私の味方をしに来てくれた……なんて、ありえないことは最初からわかっている。
このタイミングで現れたということは……。
「君には失望したよ、マリィ」
「……」
やっぱり、この人もグルなんだ。
ライゼン様は私になり変わったマリィさんの隣に立ち、本物である私を睨む。
「まさかこんな馬鹿げたことをするなんて……聖女になり変わろうなどと、神への冒涜だよ?」
その言葉をそっくり二人に返してあげたい気分だ。
こんなことをして、神様はどう思う?
国民は?
一体何を考えているのだろうか、この人たちは……。
「ライゼン様! 私がイリアスです! 彼女がマリィさんで」
「ふざけるんじゃない! この僕が、仮にも婚約者を見間違えるはずがないだろう!」
ライゼン様は声を荒げた。
どの口が言うのだと、心の中で呆れが湧きおこる。
私のことを婚約者として認めなかったのは、あなたじゃないですか?
ライゼン様は偽聖女になったマリィさんの肩にそっと手を回し、自身の胸の中に抱き寄せる。
「彼女がイリアス・ノーマン。私の婚約者であり、この国の聖女だよ」
「はい。ライゼン様」
「……」
もうダメだ。
この二人に何を言っても、話し合いにすらならない。
こうなったらノーマン公爵……もしくは国王陛下に相談するべきか?
ただ、この二人がグルなのだとしたら、陛下やノーマン公爵も同様に、この話に関わっている可能性が高いだろう。
彼らも、私が聖女に選ばれたことを認めていなかったから。
「……なら、証拠を見せていただけませんか?」
「証拠?」
「はい。本当に聖女なのだとしたら、祈りで奇跡の光を起こせるはずです」
私はマリィさんに視線を向けて、そう告げた。
いかに容姿を似せても、聖女の力は唯一無二だ。
力までは真似られない。
「ふふっ、もちろん構いません。見てください。これが私の……聖女の力です」
「――!」
彼女は両手を組み、祈り始めた。
淡い光が彼女の周りを包む。
ライゼン様がうっとりとした表情で見入る。
「ああ、なんて綺麗な光なんだ」
「これは……」
聖女の力ではない。
私の中にある聖女の力とはまったくの別物だと断言できる。
彼女の手首には、初めて見る腕輪が装着されていた。
おそらく魔導具だろう。
魔法の力で、聖女の光を誤魔化しているに違いない。
「ライゼン様! これは聖女の力ではありません!」
「……君は、聖女の、神の光すら否定するのか! なんて罰当たりなんだ!」
「違います! 偽っているのは彼女です! その腕輪を――」
「もういい! 君の虚言に付き合っていると頭が痛くなるんだ!」
「っ……」
怒声が大聖堂に響いた。
怒りに殺意が込められたような鋭い視線で、彼は私のことを睨んでいる。
恐ろしかった。
このまま食い下がったら、手が出るんじゃないかと思うほど。
そう思うと萎縮して、私は何も言えない。
「聖女の名を騙った罪は重いぞ! ライゼン・スパークロンの名のもとに銘ずる。マリィ・ノーマン、をスパーク王国から永久追放とする!」
「――! そんな……」
追放……?
追い出されてしまうの?
この国から……。
突然ハッキリと告げられた追放宣言に、頭が真っ白になる。
クスリと、笑い声が聞こえた。
聞こえた方向には案の定、彼女がいる。
言葉には出さずとも、彼女の心の内が聞こえてくるようだ。
――いい気味ね。
「今すぐ出ていくんだ。君はここにいるべき人間じゃない」
「ライゼン様……私は!」
「まだ自分が本物だとでもいうつもりかい? そろそろ僕も限界だよ」
「……」
ああ、本当にダメだ。
このままじゃ私は、この国から居場所を完全に失ってしまう。
聖女の地位も、偽者に奪われてしまって……。
どうにかしなくちゃ。
私が本物の聖女なのだからそれを証明して、彼らが嘘をついていることを世に知らしめる。
どうやればいい?
誰も味方はいない。
信じて協力してくれる人はいないのに、私一人で何ができる?
それでも私は聖女だから……。
偽者なんかにこの地位を――
「あ、別にいっか」
「「え?」」
ふいに声に漏れたのは、窮地に追い込まれてたどり着いた本音だった。
キョトンとする二人を他所に、私は気がつく。
そうだ……そうだよ!
私はずっと、聖女を辞めたいと思っていたじゃないか。
聖女の地位から解放されて、自由にこの世界を生きたい。
それこそが私自身の願い、祈りだった。
叶うんだ。
彼女が代わりに聖女をしてくれる。
だからもう、私が聖女として頑張る必要がない。
私は――自由になれる。
「わかりました。すぐに出ていきます。今までありがとうございました」
そう思うとスッキリして、追放してくれる彼らにも感謝の気持ちが湧いてきた。
聖女を辞めるきっかけを作ってくれた二人に、私は頭を下げる。
「マリィ……? 急にどうしたんだい? 頭がおかしくなったのかい?」
「そうかもしれませんね」
「何を……」
清々しい気分だ。
悪態をつかれても、気にしなくていい。
どうせもう聖女じゃない。
その役目は、偽者が代わってくれるそうだから。
「マリィさん……いえ、イリアスさんですね」
「え、ええ、そうよ。私がイリアスよ」
「頑張ってください。聖女の役目は大変ですけど、やりがいはありますから」
「そ、そんなこと言われなくてもわかっているわ。偽者はあなたよ」
「はい。それで構いません」
本物とか偽者とか、もうどうでもよかった。
私は解放される。
もう義務感や仕事で、祈りを捧げなくてもいいんだ。
酷い話ではあるけれど、私は身体が軽くなったように感じた。
「お世話になりました。それでは失礼します」
「あ、ああ」
「さようなら。マリィさん」
「はい。本当に頑張ってくださいね? イリアスさん」
これから大変になるであろう彼女に、同情と少しの意地悪を込めて別れの言葉を告げた私は、振り返ることなく大聖堂を出ていく。
外は快晴だった。
早朝の朝日が私を照らしている。
「さぁ、どこに行こうかな」
自由をもらい、私は歩き出す。
こうして聖女としての人生ではなく、私の人生を歩み始めた。
その足取りは、軽やかだった。
◇◇◇
マリィ……ではなく、本物のイリアスが立ち去った大聖堂に、マリィとライゼンが残る。
彼女が去った扉をじっと見つめ、唖然としていた。
「ライゼン様……彼女はどういうつもりで、あんな顔を……?」
「僕にもわからないよ。きっと突然のことで気がおかしくなったのさ。そうじゃなきゃ、あんな態度をとれるはずがない。居場所をなくしたんだからね」
「そうですね。きっと強がりです。私にこの座を奪われて、今頃泣いているかもしれません」
「ははっ、だとしたらどうする?」
「どうもしませんわ。これが本来あるべき姿です。陛下もお父様も了承しています。名をイリアスに変えるのは、少し残念ではありますが……」
今回の一件、すべては計画されたものだった。
宮廷に在籍する魔導具師の手によって作られた偽りの奇跡を起こす腕輪。
疑似的に聖女の力を再現しているだけで、原理は魔法である。
イリアスが感じた違和感は正しかった。
これは聖女の力などではない。
人知を超えない魔導具技術、その進化の形である。
マリィとイリアスの入れ替わりは、王族とノーマン家も同意している。
彼らはずっと思っていた。
これこそが、正しき聖女と国の形なのだと。
縁もゆかりもない田舎娘が聖女の座につくなど、あってはならないと。
故に、彼らに罪悪感はない。
「さぁ、そろそろ時間だ。聖女としてしっかり働いてもわなくてはね」
「はい。頑張りますわ。いつも通りに」
こうしてスパーク王国に史上初となる偽りの聖女が誕生した。
国民がそのことをに気付くのは、まだまだ先の話である。
◇◇◇
王国を追放された私は、荷造りをして王都を出発した。
お金はあまり多くないけど、これまでの貯金はある。
ずっと聖女として働いて、使う暇なんてなかった。
贅沢すらできないし、休みもない。
元の世界ならブラック企業と呼ばれるような環境で、よく耐えて働いていたと自分を褒めてあげたい。
私は馬車を借りた。
「どちらまで?」
「えっと、じゃあ北のほうまでお願いします。国境沿いまで行っていただきたいです」
「かしこまりました。あれ……あなたは……」
「……」
馬車の御者がじっと私を見ている。
一応私だとわからないように、フードで顔を隠しているのだけど……。
「お客さん、聖女様に似てますね」
「あ、そうですか? ありがとうございます」
「本人かと思いましたよ。ま、聖女様が王都の外に一人で出るなんてありえないですけどね」
「そ、そうですね。あははは……」
なんとかバレずに済んだようだ。
御者の言う通り、聖女が国を出るなんてありえない。
だから信じないだろう。
誰も、私が本物の聖女だとは思わない。
一度でも祈りにきた人なら気づいてくれるだろうか?
少し気になったけど、試す機会はなさそうだ。
この国に戻ってくることは、二度とないのだから。
「さようなら、私の故郷」
イリアスとしての人生の半分を過ごした場所に別れを告げた。
これからどうするか、曖昧なプランしかない。
生まれた村に戻ることも考えたけど、私を育ててくれた老夫婦は五年前に亡くなっている。
今戻っても、迷惑をかけるだけだろう。
そもそも国外追放をされた身だ。
「賑わってなくていいから、穏やかな場所がいいなぁ」
そう呟いて、走る馬車の外を見つめる。
北にはスローレンという国がある。
この辺りでは一番小さな国で、街も首都一つしかないとか。
総人口も、スパーク王国の王都に暮らす人々より少ないそうだ。
貧しい国だと聞いているけど、実際はどんな国だろう?
王国の外に出るのは初めてだから、少しワクワクしていた。
◇◇◇
「お待たせしました。ここが国境沿いです」
「ありがとうございます」
休憩も挟みつつ、一週間ほどかけて目的地にたどり着いた。
スパーク王国と、スローレン王国の境。
周りは森だ。
人の姿はなく、少し殺風景ではある。
「こんなところでどうするんです? この先はスローレンですし、言っちゃあれですが何もありませんよ?」
「いいんです。少し旅をするのも悪くないかなと思っているので」
「そうですか。ならお気をつけて。この辺りは野盗も出ると聞いていますから」
「はい。気をつけます。ありがとうございました」
私を乗せてくれた御者にお礼を言い、彼が王都に戻っていくのを見送る。
姿が見えなくなってから、私は振り返る。
明確なラインはない。
だけど、ここを越えたら二度と戻れないと感覚でわかる。
「よし」
私は一歩を踏み出した。
新しい人生を歩む貴重な第一歩目だ。
スローレン王国。
小国だけど歴史は意外に長く、国ができたのはスパーク王国よりも前だと聞く。
ノーマン家の教育で、国の歴史については学ばされた。
その中に隣国のスローレンの内容もあった。
数十年前は大国だったけど、戦争に負けてから土地を奪われ、人口も減り、今の王都だけが残ったという。
「ここが首都……」
スパーク王国の王都と比べて、こじんまりとしている。
人口のせいもあるのか、商店街ですら賑わっているように見えない。
さびれた街、とまではいかないけど、寂しい街だと感じる。
敗戦国の首都はこういうものだろうか。
前世も含めて戦争未経験の私には、あまり実感がわかない。
さて、具体的にこれからどうするか考えよう。
自由を手に入れたとはいえ、働きもせず生き続けられるほど、この世界は簡単じゃない。
お仕事は探さないといけないだろう。
あとは家もいる。
生活に必要なものを揃えて……。
どこか定住できる国を探すべきかもしれない。
住むところを見つけて、お仕事を見つけて、働いてお金を稼いで空いた時間で趣味をする。
前世と変わらない。
本当にそれでいいのだろうか?
私は真剣に悩む。
これからの人生の、道のりを考える。
「……とりあえず宿を探して」
「おい逃げんなよ」
「きゃっ、や、やめてください!」
街を歩いていると、ガラの悪そうな男に絡まれている女性がいた。
男は腰に武器を携えている。
まさか野盗?
首都の中に野盗がいるなんて考えたくないし、ならず者とかだろうか。
男は女性の腕を掴んでいる。
「暴れんなよ。いいじゃねーか少し遊ぶだけだって」
「い、嫌です! 離してください!」
「金ねーんだろ? 遊んでくれたら小遣いをやるよ」
「……そ、そういうのはいりません」
「おいおい、貧乏人なんだから我慢するなって。どうせ碌なもん食ってねーんだろ? 俺と一緒ならたらふく飯が食えるぜ」
「私には弟もいるんです! 家で待っているので帰らせてください!」
何やらもめているようだ。
聞こえる話から想定して、男が無理やり女性を連れて行こうとしている?
明らかに女性は困っていた。
けれど、誰も助けようとはしない。
見て見ぬフリ……というか、怯えている。
「離して!」
「っ、いってーなてめぇ!」
「きゃっ!」
「――!」
女性が振り払った手が男の顔にあたり、怒った男性が女性を突き飛ばした。
地面に倒れた女性は肘をすりむく。
「い、痛い……」
「こっちのセリフだ。貧乏人が調子にのってんじゃねーぞ? 親切心で声かけてやってるんだ。いいから従えよ」
何が親切心だ。
下心丸出しなのが目に見えてわかる。
なんだか男の横暴さに腹立たしさを感じた私は、無意識に方向転換して……。
「待ってください」
「あん?」
倒れた女性を庇うように立っていた。
自分でもびっくりだ。
怖いと思うより、許せないと思う気持ちのほうが大きかった。
聖女として振る舞った時期の長さもあるだろう。
どうやら私は、困っている人を放置できない性格らしい。
「大丈夫ですか? 今治します」
「え?」
「――!」
私は倒れた女性の怪我を祈りで治した。
それを見た男が驚き、ニヤリと笑みを浮かべる。
「面白いな。魔法使いか? ちょうどいいや。お前も一緒にこい。可愛がってやるからよぉ」
「お断りします。彼女も困っているので、これ以上は付きまとわないでください」
「なんだと? てめぇ、俺に指図してるのか?」
「お願いしているんです。これ以上は迷惑ですから」
「ちっ、なめてやがんな! そういう女にはこうするのが一番だぜ!」
「――!」
男は右手を振りかぶる。
殴られる。
覚悟した私は、目を瞑った。
「っ……!」
「すごい勇気だよ。君は」
「――え?」
まだ殴られない。
代わりに聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。
ゆっくり目を開けると……。
「っつ、離せよ!」
「女性を殴ろうとするなんて最低だぞ」
綺麗な銀髪の男性が、ならず者の腕を掴んで止めていた。
おかげで殴られずに済んだらしい。
銀髪の男性はさらに強く男の腕を握る。
「い、痛い痛い痛い!」
「これ以上、この国で好き勝手をするなら容赦はしないぞ?」
「くっ、くそ、わかったから離してくれ!」
「そうか。ならいい」
銀髪の男性が手を放す。
ならず者は呼吸を乱しながら、彼を睨む。
「てめぇ……」
「わかったら出て行ってくれるか? 俺の国で悪いことができると思わないほうがいいぞ」
「俺の国……? 何者だてめぇ!」
銀髪の男性は腰の剣を鞘ごと抜き、男に見せた。
刻まれているのは、スローレン王国の紋章。
国の紋章を刻むことが許されているのは、世界共通であの一族のみ。
私は理解する。
彼は……。
「まさか……」
「スローレン王国第一王子、アクトール・スローレン」
「お、王子……!」
当然驚くだろう。
私も驚いた。
王族が護衛もつけず、一人で街にいるなんて普通はありえない。
倒れていた女性は気づいていたのか、驚いていない。
「わかったら出て行け。じゃないと……俺も抜きたくない剣を抜くことになる」
「っ……くそ」
ならず者も、王族が相手ではしり込みした様子だ。
舌打ちをして逃げるように去っていく。
その後、倒れていた女性を起こし、その女性は私と彼にお礼を言って家へと帰った。
まさかいきなり王族と遭遇するとは……。
余計な騒動にならぬうちに、この場から逃げよう。
「では私もこれで」
「さっきの力、魔法じゃなかったな」
「――!」
立ち去ろうとした私を呼び止める。
気づかれた?
隣国ともあれば、聖女の話は耳にしているだろう。
「見かけない顔だし、外からきた人だね? よければ話をしないか?」
「い、いえ、私も行くところが……」
「君、スパーク王国の聖女様だよね?」
「……」
バレてる。
「やっぱりそうだよね? 一度見たことがあるんだ。あんなに綺麗な人は他にいないし、見間違うはずがないよ」
「……」
綺麗と言われるのは悪い気分じゃなかった。
しかし正体がバレたならどうしよう。
隣国の聖女が一人でいる。
おかしな状況に疑問を抱かないはずはない。
「どうしてここに? しかも一人で」
「それは……」
素直に言ってもいいだろうか。
追放されましたと。
悩んでいると、予想外の音が響く。
ぐぅ~。
お腹がなった。
そういえば、朝から何も食べていなかったな……。
「……」
恥ずかしい。
男性に、王子にお腹の音を聞かれるなんて。
最悪だ。
「せっかくなら、食事をしながら話をしよう」
「え?」
「さっきの女性を助けてくれたお礼だよ」
「助けたのは私では……」
「いいや、君の勇気ある行動が彼女を救ったんだ。もし君がいなければ、俺は間に合っていなかっただろうからね。聖女というのは力だけじゃなく、心もさす言葉なんだね? 尊敬するよ」
「……」
自然な会話の中で私のことを褒めてくる。
何気ない一言が、私にはぐっときた。
思えばあまりない経験だ。
感謝されることはあれど、君は凄いと、素晴らしいと褒められる回数は少なかった。
むしろ逆で、どうしてこの程度の作法も覚えられないんだとか。
罵倒されることのほうが多かった気さえする。
だから素直に嬉しかった。
「そんな聖女様が一人ここにいる。何かあったんだろうね」
「……」
「よければ話を聞きたい。力になれるかはわからないけどね」
「どうしてそんなことを?」
初対面で、何の関係もないのに。
「俺の国の人を助けてくれたんだ。王子として、それに報いる以外の理由があるか?」
「――!」
心に衝撃が走るようだ。
私が知っている王子とは大違いで。
聖女として多くの人と関わってきた。
心が見える、とは言えないけれど、接するだけでわかることもある。
この人は……私がこれまで出会った中で、一番誠実な人かもしれない。
「わかりました。お話ししてもいいです」
「そうか。じゃあ行こう。話すなら、ここより王城のほうがいい」
「はい」
私たちは王城へと向かう。
案内された応接室で、お茶とお菓子が用意された。
「すまないね。料理長は外に出ていて、こんなものしか出せない」
「いえ、ありがとうございます」
この国が貧しいのは知っていたけど、王族もなのだろうか?
王城の広さはスパーク王国と変わらない。
ただ、働いている人が極端に少ないように見える。
「さて、話を聞かせてもらえないか?」
「そうですね……信じて頂けるかわかりませんが」
私は話した。
理解に苦しむ、本当の出来事を。
話しながら自分でも思う。
こんな話、誰が信じるのかと。
「そんなことがあったのか。ひどすぎるな……それがスパーク王国のやり方……」
「信じてくれるのですか? 今の話を」
「ん? 嘘だったのかい?」
「いえ、真実です」
「なら信じるさ。聖女が人を傷つける嘘をつくとは思えないし、俺は人を見る眼には自信があるんだ。君は嘘をついていないと思う」
「……」
なんだろう?
この人は、今まで出会った誰とも違う。
話しているだけで、心が落ち着く。
そういう声色?
そういう口調?
雰囲気に引き込まれるような……。
「じゃあ、君は行く当てがないのか」
「はい」
「そういうことなら、しばらくうちにいるのはどうだ?」
「え、いいんですか?」
「ああ、というより……いてほしい」
殿下は改まったような表情をみせる。
そして、頭を下げた。
「イリアス。国民を支えるため、この国の聖女になってくれないか?」
「――! 何を……」
「今の状況の君に、これを頼むのは卑怯だとは思う。だが、この国の代表としてお願いしたい! 君も知っていると思うが、この国は戦後長く苦しい状況だ。民たちは貧困に苦しみ、病が広がっても俺にはなにもできない……それがもどかしい」
「殿下……」
この国にはまともな医者すらいないそうだ。
荒れた土地が多く、作物を育てるのも大変で、人々は常に空腹と戦っている。
それでも……。
「この国が好きで残ってくれている人たちに、どうにか応えたい。力を貸してほしい! もし願うなら、君の願いもすべて聞き入れる」
「す、すべて?」
「ああ、俺が叶えられる範囲の願いならすべてだ! 俺の全部を捧げても構わない」
それは……王子が言っていいセリフじゃないですよ。
私は呆れてしまった。
これが国を、民を心から思う王子の姿だ。
私が知っている王子は、偽者だったのかもしれない。
「わかりました」
「――! いいのか?」
「はい。私は聖女です。迷える人がいるなら救いの手を差し伸べる……それが役目ですから」
そういうものだと教育された。
言われた通りに、役目だから祈り続けた。
初めてかもしれない。
自分の意志で、役目を果たしたいと思うのは。
「ありがとう……」
「いえ、私も」
おかげで気づいたことがある。
私は聖女だ。
この事実は変わらない。
困っている人を放っておけず、迷っていたら手を差し伸べる。
それが当たり前だと、魂に刻まれている。
嫌じゃないんだ。
どうやら私は、聖女として祈りを捧げ、誰かを助けられることが……。
嬉しいと思っていたらしい。
「よろしくお願いします。殿下」
「ああ、よろしく頼むよ」
私たちは握手を交わす。
出会いは偶然、しかし必然かもしれない。
この出会いが後に、私の運命を大きく動かすことになることを……今の私は知らない。
ただ、予感はあった。
この国が、この街が、私にとって故郷よりも長い時間を過ごす場所になると。
【作者からのお願い】
最後まで読んで頂きありがとうございます!
ご好評につき連載版スタートしました!
https://ncode.syosetu.com/n9071il/
ページ下部にもリンクがございますので、ぜひぜひ読んでください!
ブクマ、評価も頂けるとすごく励みになります!