闇と光
私は部屋へ戻り、顔を洗って、混乱した頭を落ち着かせた。
きっとクリフ様はまた、小説の中の奔放な彼に戻ってしまったのだ。
そりゃそうよね。だって呪いのせいで二度と帝国の土地を踏むことができず、愛するアメリア様に会えないのだもの。
でも…………他の女性と過ごす現場をリアルに見てしまった私もさすがに辛い。
その日から私は何も考えたくなくて、神殿での奉仕を朝から晩まで行い、帰ったら図書館の本を部屋に持ち込み、明け方まで呪いについて調べる日々を過ごした。
少し仮眠を取り、また神殿へ行くといった生活サイクルを繰り返す。
そうしていれば、クリフ様と顔を合わせることもなく、私は余計なことを考えずに済んだ。
いつものように私の部屋までお茶とケーキの差し入れを持ってきてくれたザフリーが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「君はどうしてそこまでするんだ?」
「言ったでしょ? 私はクリフ様が好きだって」
私は自分に言い聞かせるように続けた。
「好きな人に会えないのは辛いことよ。だからその辛さを取り除いてあげたい。好きな人には幸せになってほしいもの」
「…………」
ザフリーは神妙な顔をして黙っている。
その様子を見て、私はなんとなく思ったことを口にした。
「……もしかして、ザフリーは本気で人を好きになったことがないの?」
「な、なにを…!」
彼は顔を真っ赤にしている。
「そっか、そっか。それならクリフ様のことが理解できなくても不思議じゃないよ。そんな出会いがあれば、ザフリーにもきっとその気持ちが分かる時が来るから」
私が宥めるように言うと、ザフリーは『そういうことじゃないよ! 本当に君は何も分かってないな! もうっ』と言い放ち、顔を赤くしてぷんぷん怒りながら行ってしまった。
ふふ、なんだか可愛い。
あの童顔がさらに可愛く見せるのよね。
私はほっこりした気持ちになりながら、調べ物を続けた。
そうして、本を読み漁り続けた私はとうとう、呪いを解く手がかりを見つけることができたのだ。
それは、ほんの些細な一文だった。
光と闇について書かれた本の中にあった言葉。
『光は全てを吸収する。
闇は全てを覆い飲み込む。
闇は光と共に存在することでその効力を失うだろう。
光もまた同じく。』
この言葉を読んだ瞬間に、稲妻に打たれたように全ての点と点が繋がり、私は合点がいったのだ。
実は薄々思っていた。
この聖力を使うとき、一度、自分の中にその痛みや苦しみを取り込むんじゃないかと。
治癒しているとき、対象相手の“それ”がいつも体の中に入ってくることを感じていた。
おそらく聖力が干渉するため、同じ痛みや苦しみを味わう訳ではないが、確かにそのエネルギーを自分の中に感じていた。
そうして自分の中に取り込み、聖力で癒し無効化している。
だから厳密に言うと、私が対象に光を当てて浄化している訳ではなく、『吸収している』という表現が正しいだろう。
そこまで考えて、私は一つの結論に辿り着いた。
待って、そうしたら、クリフ様の呪いを私の中に吸収して、聖力で押さえ込んじゃえばいいんじゃないの?
それで闇は効力を失い何も飲み込むことなく、光と共に存在していけることだろう。
とはいえ、それをすればきっと同時に光の効力を失って、私は聖力を使えなくなる。
この文面はおそらく、そういう意味だ。
でも、これしか方法はない。
それに、呪いの効果が消え、帝国との火種がなくなったとなれば、聖力を必要とすることもないだろう。
これまで通り、公国も平和に過ごしていけるだろうし、クリフ様もちゃんと生きることができる。
みんなにとって良い結果に繋がるはず。
ただ、聖力を無くせば、私はここにいることはできなくなるかもしれない。
国民の役に立てるわけでもなく、公城でできることもなくなってしまうのだから。
出自も分からない、この国の民でもない聖力を失った私などがいる場所なんてないだろう。
もう、彼の傍にいられる理由がなくなってしまう。
それに…………クリフ様はリエナと一夜を共にしてしまった。
そんな彼に対して恋心を持ち、聖力もない私なんて……ただの邪魔者でしかないのかもしれない。
そんなの嫌だ……!
しかし、すぐに先日の星空の下で見たクリフ様の苦しそうな姿を思い出す。
あんな辛い思い、もうしてほしくない。
クリフ様を救うにはこれしか方法がないんだ。
それなら、やるしかない……。
クリフ様のためにも、みんなのためにも。
私はひっそりと決意を固めた。