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一夜を共に



「綺麗……」


 なかなか眠れずにいたその日は、夜が更けて静まり返った空に数えきれないほどの星が輝いているのをぼんやりと見ていた。



 ここは庭園の一部で、使用人の一人に教えてもらった絶景スポットだ。


 生垣がちょうどいい目隠しになって、人目につかずに過ごせるのをいいことに芝生に座り込み、空を見上げていた。


 カイルは相変わらず護衛としてついて来てくれているが、少し離れたところで待機している。


 私が一人静かに考え事をしたいのを察してくれているのだろう。



 私は、先日の夜会での自分の振る舞いに頭を抱えていたのだ。




 あああ、なんであんなに飲みすぎちゃったのよ、私……!!


 酔っ払って、挙げ句の果てにクリフ様の胸の中で寝落ちしてしまうという大失態を演じてしまうなんて……!!




 テラスでのクリフ様との会話を思い出す。


 酔っていたとはいえ、さすがに絡みすぎてしまった気もする。



 でも、彼の言動もよく分からない。

 突然、私を抱きしめたり、あんなに切ない顔をしたり……。


 クリフ様はアメリア様のことが好きなのに。




 私のことを揶揄って楽しんでいるんだろうか。でも、これまで実際に接して過ごした彼の人間性からは、そんなことをするような人には到底思えない。


 確かに女性慣れはしているけれど、小説にあったような『女なら誰でもいい』といったような態度は見られないのだ。


 まあ、小説のストーリーで言ったら、もうすでにアメリア様を愛してしまった後だから、そりゃそうか。



 そんなことを考えて、私はまた気持ちが沈む。



 ぼーっと夜空を眺めて居たら、この世界に転移してくる前にすごく好きだった歌があったことをふと思い出す。


 大好きな歌手のバラードで、心から愛してしまった人にはもう想い人がいるという切ない歌だった。


 聞いていたときは『私もそんなに焦がれるような恋をしてみたい!』なんて思っていたけど、今ならその辛さがよくわかる。



 私は感傷に浸って、自然と口ずさんでいた。

 綺麗な星空に少し酔っていたのかもしれない。



 後ろでがさっという音が聞こえたのでパッと振り返ると、そこにはクリフ様が立っていたのだ。



 わああ!聞かれた!!



 私はラブソングを想い人に聞かれてしまうというあり得ない恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたい衝動に駆られる。



「こ、こここんな時間になんでこんなところに?!」


「お前こそ、こんな時間にこんなところで何してるんだ?」


「ちょっと夜風に当たりたくて……」


「そうか」


 そう言って、私の隣に腰を下ろす。

 辺りを見回すと、カイルの姿は見えない。気を利かせて、少し離れてくれているようだ。



 恥ずかしさのあまりどうしたら良いものか分からずもじもじしていると、そんな私の様子を見ながらクリフ様は優しく笑って言う。


「散歩していたら突然、可愛い歌声が聞こえてきたのでな。引き寄せられたんだ」


 言い終えると、甘い感じのする瞳で私を見つめる。




 …………やっぱりこの人にはまだ、女性に対する奔放さが残ってるのかしら。


 どうも掴み所がない。う〜む。



 私が恥ずかしさも忘れて考え込んでいると、クリフ様は溜め息混じりに言った。


「しかし、切ない歌だな。言葉はわからなくても伝わってくる」



 そうだよね、日本語歌詞だから意味は分からないよね。



「元々いた世界で流行っていた悲恋の歌なんです。たとえ叶わなくても、私はこの恋を永遠にこの胸に焼き付けるっていう意味があって」



「……そうか」


 そう言って私をじーっと見つめた後、複雑な表情を浮かべたクリフ様を見て、私は自分の放った言葉に後悔した。


 きっとアメリア様のことを思い出してしまったのに違いない。

 ああ、なんて無神経なこと言っちゃったんだろう……!




 私が心の中で懺悔していると、クリフ様は少し俯いて小さく呟いた。


「俺はもう…………。俺の心にはお前の存在は大きくなりすぎたようだ」


 彼が呟いたと同時に強い風が吹き、木々の葉が大きな音を立てる。



「えっ?」

 彼の言葉が聞こえなくて、私は思わず聞き返した。



 ……………………。


 クリフ様は俯いたまま黙っている。



 うわわ、どうしよう。怒っちゃったのかな……。





 私が焦っていると、クリフ様が俯いたまま、私の肩にもたれかかってきた。


 ?!?!?!?!


 想定外の行動にびっくりしていると、クリフ様の呼吸が乱れていることに気づく。



 えっ?!様子がおかしい。



 私は慌てて彼を抱え込み顔を覗き込むと、額に冷や汗を浮かべて苦しそうに肩で息をしている。


 触ってみると身体も額も燃えるように熱い……!



「だ、誰か! ……カイル!!」


 私は近くいるはずだろうカイルを思い出し叫んだ。


 すぐにカイルが飛んできて、私の腕の中にいるクリフ様を見て驚愕の表情を浮かべた。


「早くクリフ様をベッドへ!!」



 私たちは大急ぎで彼を運んで医師を呼び、手当てをしてもらった。



 幸い、身体に別状はなく、しばらく安静にしていれば問題ないだろうとの見立てだった。



 ホッと胸を撫で下ろしたが、私もこの症状には見当がついている。


 これはきっと呪いの影響による症状だ。


 小説にも細かい描写が幾度も書かれていたからよく覚えている。


 身体や心臓は燃えるように熱く、息も出来ぬほどの苦しさ。



 文字で見るそれは、痛みに耐える姿さえ彼の美しさを物語っていた。



 でも実際に見ると、苦しさに耐える姿は痛々しくて、見ていられない。

 だって彼はこうして現実に生きているんだもの。


 私は何もできないことにもどかしさを感じながら、クリフ様の眠るベッドの傍に椅子を持ってきて座り、聖力を注ぎ続けた。



 少しでも楽になりますように。

 そんな祈りを込めながら、ひたすら手をかざしていた。



 突然、横から腕を掴まれて我に返る。

 見ると、ザフリーが険しい顔で私を見下ろしていた。


「もうやめろ、君が倒れたらどうする」


 あっ……そういえば、今の私はちゃんと聖力をコントロールする自我を失っていたかもしれない。


「そんなことになったら、クリフ様は喜ばないぞ」


「うん……ごめん」


 ザフリーは短く溜め息を吐いてから言う。

「ここのところ、呪いの症状の頻度が増えてきているんだ」


「そうだったの……」


「俺も気になっているんだが、クリフ様は今すぐどうこうなるものではないから心配するなとおっしゃってな……」


 彼ならそう言うだろう。

 周囲の者たちに、心配も負担もかけたくないだろうな。彼はそんな人だ。



「もう遅いから、君も休んだ方がいい」

 ザフリーに促されて、私は大人しく部屋に戻って休んだ。





 その後、クリフ様の体調は、翌日にはすっかり戻ったようだった。


 お詫びにと、翌日のディナーはとても豪勢な食事を用意してくれて一緒に過ごした。



 それからというもの、一緒に食事をとることが増えたり、私が図書館で勉強しているときには、クリフ様がそこで一緒に仕事をすることも。


 相変わらず掴み所のない人ではあったが、共に過ごす時間が増えて、私は楽しい日々を過ごしていた。




 ――――――――




 その日は珍しく一人で夕食の席に着いた。


 最近はクリフ様と一緒に過ごすことが増えていたので、なんだか少し寂しい。



 彼はどうしても参加しなければならない夜会があるのだとかで、出掛けて行ったのだ。


 クリフ様とザフリーの警戒心が解けた今は、カイルも四六時中、私を見張る必要はなくなったのか以前ほどには姿を見せなくなっている。


 図書館で一人過ごすのも久しぶりで何か物足りない。



 いや、そんなことより、集中、集中っと。




 あまり根を詰めないように、いつも程よいところで止めてくれるクリフ様がいないので、今日は少し遅くなってしまった。


 私は疲れを感じて部屋に戻ることにする。




 廊下へ出てしばらく歩くと、向こうの方に歩いている二人分の影が見えた。



 あれは……!!



 その人物を見て、私は心臓が止まるかと思った。


 少し遠いが、確かにクリフ様とリエナだ。

 二人が向かっている先にはクリフ様の寝室があるはず。


 寄り添って歩いているその姿がやけに目に焼き付いてしまった。



 私は頭が真っ白になる。




 多分、かなりの時間そこでぼーっとしていたと思う。

 向かいからやってくる人の足音で我に返った。



 顔を上げると、リエナが眉間に皺を寄せて浮かない表情で歩いていた。


 私に気づきハッとした顔をする。



 私は先ほど見た二人の姿を思い出し、思わず固まってしまう。



 リエナはそんな私の様子を見て、ニヤリと笑って言う。

「先ほど大公殿下と一緒に帰ってきましたの。少し体調が悪いみたいで氷を取りにいくところよ」


 私はうまく言葉にならない。


「今日はこのまま殿下の部屋で過ごすことになりそうですわ」

 リエナはそう言って、私から顔を背け、照れたように頬を赤らめている。



「もちろん、それがどういう意味かお分りよね」


 クリフ様と一夜を共にするということね……。

 私は頭を殴られたかのような衝撃が走る。



「分かったのなら、すぐに部屋に戻って大人しくしてなさい」


 そう言って勝ち誇ったような顔をして私を睨みつけている。



 私は全身から力が抜けてしまいそうだった。


 とにかく、部屋に帰ろう。


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