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叶わぬ想い



 夜会の当日、メイドのユーリが部屋にやってきた。


「今日は私がラン様を美しく飾らせていただきますからね!」


 ユーリはやる気満々!といった風に言う。


「ありがとう。でもこんな機会って初めてで……」


 こういう風に誰かの手を借りて着飾ってもらうこと自体、あまり経験がなくて少し照れてしまう。


「ふふ、大公殿下がラン様のために素敵なドレスを用意されたんですよ」


 ユーリが目を輝かせて言う。


 大公殿下……って、あ!クリフ様のことか!

 最初から勝手に名前で呼んでたから地位や肩書きを忘れていたよ……。



 ユーリが持って来たドレスを見ると、白が基調となった繊細で綺麗な衣装だった。


 なんだかすごく聖女という感じがする。




 まずはお風呂に入って、ぴかぴかに磨き上げられてから全身に香水をつけて、着付けとメイクが施された。

 


 な、長かった……貴族のご令嬢ってこれを毎回やってるのね。尊敬する……!



 すっかり疲れ切った私だったが、姿見で着飾った自分を見たらそんなの全部吹き飛んでしまった。



 わああ!これが自分だなんて信じられない!


 整えれば、それなりになるものなのね。ユーリはメイクの腕もかなりすごいようだ。


 そうしてユーリに案内されてクリフ様が待つ会場前に向かった。



 正装したクリフ様を見るなり、私は我を忘れて見惚れてしまった。


 服の上からでもわかる逞しい身体に、繊細な刺繍が施されている白を基調とした衣装は、彼の褐色で美しい肌を華麗に引き立てている。


 彼の施し出す色香に私は頭がクラクラしてくるようだった。


 格好いいのに美しいという言葉が似合う男性って初めて見る。


 そんなことを考えてぽーっとしていると、クリフ様は私に気づき近づいてきた。



「…………綺麗だ」


 お世辞だと分かっていても、甘やかな瞳でこちらを見つめるものだから、私はどうしていいのか分からずもじもじしてしまう。


 クリフ様はそんな私にふっと笑いかけて腕を出す。


「さあ、行こうか」




 クリフ様のエスコートで会場に入ると、そこには綺麗に着飾った男女が大勢いた。


 うう、目がチカチカするよ。



 入るなり、沢山の人に囲まれる。聖女という肩書はもちろん、クリフ様のエスコートを受けているということもあって相当な注目度があったようだ。


 クリフ様はもちろん慣れたもので、淡々と対応している。


 初めての体験に私はどうしたらいいのか分からず戸惑う。



 一向に人が減らないどころか、集まってくる人がどんどん増えるばかりの状況に慌てていると、クリフ様も苦笑いをしながら私を一人そこから解放してくれた。


「あそこに飲み物や軽食があるから行ってこい。後から行く」



 私は自由になって、ようやく深呼吸ができた。


 ふうう、息苦しかった〜。


 美味しそうなものがあるから、言われた通りあそこで待っていよう。


 そう思って歩き出すと、突然貴族の令嬢らしき女性に声をかけられ、半ば強引に、少し離れた場所まで誘導された。


 気づいたときにはもうすでに、何人かの女性に囲まれている。




「聖女様、初めてお会いしますわね」


 そう言ったのはリーダーらしき令嬢で、とても美人だけどこちらを窺う目には鋭さがあって、すごく気の強そうな印象だ。



「どうも、初めまして」


 私は無難に挨拶をした。


「聖女様は公城にいらっしゃるのですってね。大公殿下のエスコートを受けるとは良いご身分でいらっしゃいますこと」


 なんだか、言い方に棘があるけど……何が言いたいんだろう。


 すると、脇から別の令嬢が口を出す。


「でも大公殿下は、こちらのリエナ様と深い関係にあるんですからね!」


 リエナと呼ばれたリーダーらしき令嬢は勝ち誇ったような顔で私を見ている。



「ふ、深い関係ですか?!」


 私が驚いた顔で言うと、その令嬢はドヤ顔で続けた。


「そうですわ。リエナ様は大公殿下からダンスに誘われて、その後は優しく手の甲にキスを受けたこともあるんですわよ」



 ……あ、手の甲にキスね。



「あの時の殿下のリエナ様を見つめる瞳! 愛に溢れておりましたわ!」


 一人の令嬢がそう言うと、リエナはわざとらしく頬を押さえた。


「まあ、そんなこと……」

 そう言いながら、リエナは満更でもないといった表情を浮かべている。



 そ、そうなのね。

 …………でも、それってこういう世界ならわりとあることなんじゃないのかな?


 うーん、日本生まれの私にはよくわからないけど、挨拶の一種のようだった気がするけれど……。


 これは突っ込んだ方がいいのかしら?



 とはいえ、彼女たちの様子はうっとりしていて、まるでクリフ様からの寵愛を受けている姫を崇める雰囲気だ。


 なんだか、とっても純粋で可愛い、とすら思ってしまう。



 でも、『深い関係』だなんて、びっくりした〜。一夜を共にしたとか、そいうことだと思ったから。


 まあ、そんな令嬢も彼ならきっと沢山いるのだろうけど。

 あなたも小説を読んだら分かるわよ。うんうん。




 それに、私だって、額にキスされたことがあるもの。


 …………あれは夢の中だったけど。



 そんなことを考えて少し虚しい気持ちになっていると、令嬢たちは声を荒げた。



「ちょっと貴女! 聞いてるの?!」


「あ、はい。聞いてます」


「いいこと? お二人はそういった関係なんだから、調子に乗るはおよしなさいな!」


「……別に調子になんか乗ってません」


 私がそう答えると、リエナは少し苛立った様子で言う。


「まあ、口の利き方も知らないのね。聖女だかなんだか知らないけど、出自も分からないようなあなたに大公殿下の隣にいる資格なんてないのよ!」



「そうよ! リエナ様は由緒正しい伯爵家ご出身の高貴な身分なんですわよ」


「リエナ様のようなご身分の方でなければ一緒になんてなれないんですからね」


「あなたのような平凡で卑しい身分の者が殿下の傍になんていられるわけがないわ」


 令嬢たちは口々に同じことを言う。



「よく覚えておきなさい」


 そう言ってリエナは令嬢たちを引き連れて去って行った。




 何なの、あの女たちは……!


 言われ放題に言われて、私はだんだんと苛立ちがこみ上げてきた。


 クリフ様の隣にふさわしくないなんて、私が一番分かってるわよ。


 私はむしゃくしゃしながら、飲み物が置いてあるスペースまでずんずん歩いて行く。



 イライラしたら喉が渇いちゃった!


 私はドリンクスペースに置いてある目に入ったワイングラスを取って、ぐいっと仰いだ。



 あ、美味しい♪



 少し落ち着くと、先ほどの令嬢との会話が思い出される。



 小説を読んでいた私が一番分かっている。


 クリフ様の心には小説のヒロインしかいないだろう。



 他の誰かがそこへ入り込むなんてできないのだ。こんなどこから来たのかも分からないような私など、隣にいることなんてそりゃあ絶対に不可能よね。


 そんなの自分が一番分かってる。




 私は神様との最初の会話を思い出していた。



『そんなことをしても君のことを愛してくれるとは限らないよ』



 あまり考えないようにしてたけど……。分かってるつもりでも、実際に彼を目の前にすると惹かれる気持ちは止められない。


 一見冷たいようにも見えるけど、彼は使用人やザフリーを始め、誰に対しても思いやりがあることが近くで見ていると分かるのだ。


 私にでさえも……。


 最初は警戒心や戸惑いこそあったものの、今となっては、彼は私が困ることのないよう細やかに配慮してくれているのがよく分かる。


 そして、日々この国の民たちのために身を砕いている。


 好きになるな、という方が無理だ。




 深く考えないようにしていたことが、リエナのせいで表面化しちゃった。



 私は自分の心をごまかすようにワインをぐいぐい飲んだ。


 が、3杯目を飲んだあたりから私は後悔し始めた。

 この世界のワインは想像以上にアルコール度数が強かったようだ。


 普段、馴染みのあったワインと同じ調子で飲んじゃった……。


 ああ、目の前がクラクラしてくる。でもいい気持ち。




 そこへちょうど、貴族たちから解放されたクリフ様がやってきた。


「あ、クリフ様だ〜」


 私の様子を見て苦笑いしている。

「少し飲みすぎじゃないか?」


「このワイン美味しいです」

 確かに身体が熱い気がする。


「少し風に当たった方がいいな」

 クリフ様はそう言って私の肩に手を回し、テラスへと促した。



 テラスに出てみると冷たい夜風が気持ちいい。


 輝く星空と豪華な庭園を見渡していると、悶々とした気持ちが浄化されていく。



 少し寒いかも。そう思った瞬間、クリフ様は私の肩に自分の上着をかけてくれた。


 シャツ姿になった彼は、身体の逞しさが引き立ち思わずドキッとしてしまう。



 私はそう感じた自分をごまかすように言った。


「誰にでも優しいって、誰にも優しくないのと一緒ですよね〜」


「なんだそれは?」

 クリフ様は呆れたように笑っている。


「私の国ではそう捉えるんです」


「へえ」


「クリフ様は女性に対していつもそうなんでしょ?」


「お前は俺をどこまで知っているんだ?」


「私は全部知ってますよ~」


 私は得意げに語った。


「クリフ様が女性関係に奔放なこととか、どんな女性でも拒まないけど心までは許さないこととか、」


 一度そこで言葉を区切って続ける。


「あ、でもそれはアメリア様に会うまでのことですよね」


 一瞬、クリフ様はビクッと震えたような気がする。


「だから、どんなに好きでも私は決してクリフ様に振り向いてはもらえないことも分かってますよ~」


 そこまで言うと、分かってたことなのに、すごく悲しくなってしまった。



 そんな顔を見られたくなくて、思わず俯いた。


 その瞬間、強い力で引き寄せられ、気づくと私はクリフ様の胸の中にいた。



 びっくりして上を向くと、胸に抱かれたまま仰ぎ見る彼の顔は小説で読んだ通りだった。



 『美しい漆黒の長い髪を夜風に舞い散らせながら月夜に浮かぶ彼の姿は、獣のように雄々しく、その顔は彫刻のように美しい』



 小説を読んでいる時はなんて素敵なんだろうと胸を熱くさせていたが、実際に目の前で見ている今は、物凄く苦しくて切ない。


 私なんかが傍にいることなんてできない、手の届かない人。そして、心に愛しいあの人への想いを抱えているんだもの……。




 クリフ様は、私を片手で抱きしめて、もう片方の手で私の頬にそっと触れた。

 


「……いやです、離してください……。私は遊び相手にはなりたくない。だって本気で好きなんだから」



「…………じゃあ俺も本気ならいいのか?」



「それが無理だから私は悲しいんじゃないですか。もう、女心を分かっているようで分かってないですね〜」

 私は深刻にならないように茶化して言った。



 クリフ様は、なぜだか切ない顔をしている。


 どうしてあなたがそんな顔するの?



 私は熱のこもった頭でそう思いながら、どんどん回る酔いに耐えきれずクリフ様の胸にトンと頭を預けた。


 クリフ様の胸の中ってすごく安心する。

 とっても温かい。



 そのまま、私の記憶は途切れた。


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