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あなたが好きだから



 案内された客間に入って、私はバスルームで顔を洗い気持ちを落ち着かせた。


 鏡を見れば、いつもと変わらない自分の顔がそこにある。


 数日前に美容院で染めた茶色の髪色がやけに気になってしまった。

 だって、こういう異世界転移って聖女は黒髪というのが定番だよね。



 そんなことを思っていたら、ふと首に痛みが走る


 目を凝らして見ると、先ほどクリフ様に短剣を当てられていた部分から血が出ていた。


 ああ、それどころじゃなくて気づかなかったけど、思いっきり切れてる……!



 まあ、あの状況じゃ色々としょうがないか。


 私は水に濡らしたタオルをそっと傷口に当ててベッドに横になった。


 自分自身には聖力を使えないんだったよね、確か。

 これくらいの傷、寝ればすぐに治るかな。



 そうして、私は思った以上に疲れ切っていたのか、そのまま朝までぐっすり眠ってしまった。




 翌朝、ノックの音で目覚めた私は、早速クリフ様の執務室に呼ばれた。



 慌てて身なりを整えてから出向き、とにかく私は怪しい者ではないこと、神に遣われてきたということを説明した。


 誰も知り得ない神に祈った夜に心当たりのあるクリフ様は、半信半疑ながらもそれ以上追求してくる様子はなかった。


 そんな主君を前に、ザフリーも仕方なく受け入れたといった感じだった。




「しかしお前はなんでそんなに、俺たちやこの世界のことについて詳しいんだ? それも神とやらに聞いたのか?」


 私の話し振りにクリフ様は不可解そうに聞く。



「えーと、はい、まあそんなところです」


 っていうかここは小説の世界だから本を読んだだけなんだけど……。


 余計なことを言ってこれ以上不審に思われたくないし、それは黙っていることにしよう。



 昨日、傷を治したことによって、聖女だと思ってくれているみたいなので、私はそのままにしておいた。




「昨日もお見せしたように、私は聖力が使えます。きっとクリフ様のお役に立ちます!」


 私はそこまで言ってから、少し気を持たせるように、ゆっくりと続けた。


「それに今後のことを考えたらこの力、いずれ必要になるのでは?」



 小説を読んだ私には分かる。


 クリフ様にかかっている呪いのせいで、帝国から万が一刺客が送り込まれるかもわからないし、最悪、帝国と争いになる可能性も否定できないよね。



 というのも、そもそもこの『呪い』というのは、闇だ。


 クリフ様の中に宿った『闇』が目覚めたとき、全てを飲み込んでしまう。


 それは帝国を飲み込み打ち滅ぼす力を持っていて、この『闇』を目覚めさせるにはもう一度、帝国の土地を踏む必要がある。


 言い換えれば、クリフ様が帝国の土地を踏まない限り、この呪いが発動することはない。


 今のところ表向きは友好的な態度を保っているが、もちろん帝国側としてはそんな不安要素を放置しておくことは不利益と考え、万が一、事が起こってしまう前に彼を討ち取ってしまおうと考えた。


 クリフ様の命が尽き果てれば、呪いもその時点で完全に無効となるのだ。




 はっきりと言わずとも、クリフ様とザフリーは私の言葉が何を指しているのか理解したようだった。



「お願いします! 私この国で役に立ちますから! 神殿で、民の皆さんのために聖力で治癒の奉仕もします。だからここに置いてください!」




 クリフ様は少し混乱したように聞く。


「でも、わざわざそんな大変な役目を背負って……お前にとって何になるんだ?」



 えっ?何って、そんなの――――


「私はクリフ様のことが好きなんです!」


 これしか理由はないもの!



 クリフ様とザフリーはピタッと動きを止めて、目を丸くしてこちらを見ている。


「好きだからお役に立ちたいんです!」


 私は熱心に訴えた。


 そう、仮にも神様がこの世界に送り出すくらい私はクリフ様のことを熱烈に想ってるんだから……!



 そんな私を尻目に、クリフ様は混乱した頭を抱えるようにして言う。


「……いや、それは聞かなかったことにしよう」


 無表情なので、何を思っているのかよく読み取れない。



「とにかく分かった、これからの生活面に関して手配しよう。聖女が現れたというのなら、国を治めるものとして対応せざるを得ない」


 そこまで言って、クリフ様は戸惑うような視線をこちらに投げかけながら、溜め息をついて続ける。


「神殿にも聖女を保護したと連絡をしておく。その後のことはまた話し合おう」



 どうやら、おかしな奴だと思われちゃったみたいだけど、一応は受け入れてくれるみたいだからよかった!


 私はそれを聞いて安心した。


「はい! ありがとうございます! では、失礼いたします」


 そう言って立ち上がり部屋を出ようとすると、クリフ様に呼び止められた。


「ちょっと待て」


「あ、はい」


 クリフ様は私に近づいてきて、腰をかがめて視線を下げると私の首に触れる。


「えっ?!」


「少し深いな……」

 彼は気遣うように小さな声で呟いた。


 び、びっくりした。首の傷を見てたのか。


 あれ……?心配、してくれたのかな。



「これならそのうち治りますから」


「聖力で治せないのか?」


「自分自身には使えないんです」


「……そうか」


 クリフ様はザフリーに合図した。すぐにザフリーは薬や包帯を棚から取り出し、私の首の傷の手当てをしてくれた。



「ザフリーありがとう」


 お礼を言うと、彼は少し溜め息をつく。


「あのさ、なんで君は僕の名前を呼び捨てにするのさ」


「まあ、いいじゃない」


 笑ってごまかす私を、胡散臭そうな視線で見ているザフリーに気づかない振りをして、私は二人にお礼を言って部屋を出た。



 その後、クリフ様はこの公城で過ごせるよう、私の身の回りを整えてくれたのだ。


 普段使いからお出かけ用の洋服や小物など、生活必需品を揃えてくれたり、部屋の中も、私からしたら相当に豪華で贅沢な設備が整った。


 メイドさんや使用人のみんなにもよく伝えてくれているようだった。




 お金持ちってすごい……!



 お食事も美味しいし、公城の中は比較的自由に歩き回れたので快適に過ごしていた。



 ただ、一点を除いて。




 というのも、私には専属の護衛騎士がつけられたのだ。


 この公城内では、身分の高い者は必ず護衛騎士がつけられる決まりがあり、私の場合、聖女という立場上それは当然のことである、という説明をしてくれた。


 どこへ行くにも後ろからついてくる。


 それが仕事なのだろうけど、この敷地内で何かが起こることなんてあるだろうか。


 でも、私が何か怪しい動きを見せないかを見張るためでもあるのよね、きっと。



 まだ完全に信用はされていないみたいだ。


 突然現れて神の遣いだ聖女だ、なんて言われてすぐに信じられるわけないものね……。




 まあ、特に不便があるわけではないし、話しかけてもあまり反応はないけど、金髪で背が高いその騎士さんはとにかく顔が格好いいからよしとしよう。




 ――――――――




 ここでの生活基盤が整った私は、まずクリフ様の呪いについて調べることにした。


 ちょうど、神殿で治癒の奉仕を始めるまでには沢山の手続きが必要らしく、時間はたっぷりある。


 公城には立派な図書館があって、ありとあらゆる魔法に関する本が揃っていた。


 魔法に長けたクリフ様やザフリーは『そんな無駄なことを』といった目で私を見ていたが、私には小説の知識がある。


 二人とは全く違った視点で見ることにより、新たな解決法や可能性を見出すことだってできるかもしれない。


 そんな風に考えて、毎日図書館で勉強するのが日課となった。


 考えに煮詰まったら、気分転換に庭園を散歩する。



 そうやって公城をウロウロしていると、使用人のみんなと顔を合わせる機会も多くなって、だんだん顔見知りも増えていった。




 いつものように散歩をしていると、声を掛けられた。


「ラン様、あの、ちょっとケガをしてしまって……」

 仲良くなったメイドのユーリが申し訳なさそうに話しかけてくる。


「どれどれ?」

 私はユーリの手に出来たばかりの傷を聖力で治した。


 昨日から厨房担当になったって言ってたもんね。大量のジャガイモを剥いているところ、うっかり手を切ってしまったらしい。


「ありがとうございます!」

 ユーリはパアっと顔を明るくして言う。


「うん、今日のジャガイモのガレット美味しかったよ。こちらこそいつもありがとう」


 私が笑顔でそう言うと、ユーリは嬉しそうに笑って、手を振りながら元気に仕事に戻って行った。



 そんな風に気ままに過ごしているうちに、


「ラン様、転んじゃいました〜」


「ランちゃん、ちょっと肩凝りがひどくてねえ」


「ランさん腰を痛めちゃったの」



 といった感じで、老若男女問わず、この城のみんなが私を訪ねてくるようになった。



 治癒のお礼に、美味しいお菓子をもらったり、部屋の掃除のついでに日替わりで綺麗な花を飾ってプレゼントしてくれたり、秘密の絶景ポイントや通路を教えてくれたりと、使用人のみんなに良くしてもらっている。



 なんだかクリフ様よりもみんなとの方が仲良くなってしまったようだ。


 クリフ様とザフリーは私にまだ警戒心があるため、客人としての意識は薄い。


 主君がそんな対応なので、使用人のみんなは逆に私へフランクに話しかけやすいようになっていたのだ。


 私自身もみんなのその反応が、楽で心地よかった。


 いつもずっと傍についている護衛騎士のカイルも、そんなみんなとのやりとりを見ているうちに、私への警戒心が解けていったようだった。


 相変わらず言葉数は少ないけれど、名前を教えてくれるまでになり、最初に比べればとてもスムーズに意思疎通ができるようになっている。



 なんだか不思議ではあるけれど、こんな状況が少し心地よい気もしていた。


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