心地いい場所
目を覚ますと、辺りはもう明るくなっていた。
ガバッと起き上がり辺りを見回すと、私はいつも過ごしている公城の自分の部屋のベッドにいた。
戻ってきちゃった……。
クリフ様とザフリーがベッドの傍にいて、私の顔を心配そうに見つめている。
一番に口を開いたのはクリフ様だった。
「どうやったんだ?」
呪いのことだよね。
私は恐る恐る口を開いた。
「……私が吸収しました」
「「?!?!」」
二人とも険しい表情を浮かべている。
「あっ、でも大丈夫! 私の中に吸収して今は聖力で押さえ込んでいる状態です。しばらくすれば聖力によって中和され、きっと呪いの力は無効化されます」
私はそこで一度、言葉を止めてから、思い切って続けた。
「同時にこの聖力も無効化されるんです……。私にはもう聖力を扱うことができません」
そう言って俯くと、一瞬の間を置いて二人の溜め息が聞こえてきた。
「そうなのか、よかった」
「ああ、お前が無事ならそれでいい」
クリフ様もザフリーも心からホッとしたように、安堵の表情を浮かべている。
想定外の反応に、私は少し驚く。
聖力を使えなくなることは問題にはならないんだ……。
「それで、なんであんな身体で出て行こうとしていたんだ?」
クリフ様は咎めるような口調で言う。
少し混乱していた私は、本当に思わず、聞くつもりもなかったことを衝動的に質問してしまった。
「だって、リエナと一夜を共にしたのではないのですか?」
「「は?」」
クリフ様とザフリーは同時に言葉を発しながら、訳がわからない、といった風に驚愕の表情を浮かべている。
「え、あの、この前、夜会から戻ってリエナと一緒にクリフ様の寝室に向かうところを見てしまって、」
私はしどろもどろになりながら続けた。
「その後、廊下で会ったリエナが『今夜はクリフ様の部屋で過ごす』って……」
すると、二人はなるほど、といった風に納得した。
ザフリーがすかさず説明する。
「あの日クリフ様は呪いの症状が酷くて夜会から引き上げたんだ。その隙を狙ったかのようにリエナ嬢が部屋までついてきてしまって……ベッドで付き添おうとするリエナ嬢を部屋の前で追い返したのさ」
「え、だって、氷を取ってくるように頼まれたって」
ザフリーはふむふむと頷きながら言う。
「おそらくそれは追い返されて門に向かうところだな。案内しようとする俺の手を振り切ったので少しの間、令嬢を見失ってしまったんだ」
そこで言葉を区切ると、ザフリーは呆れたような溜め息を吐きながら続けた。
「きっとそこで君と遭遇して牽制しようと咄嗟に嘘をついたんだろう」
そういえば、私に話しかける前、彼女は眉間に皺を寄せて浮かない表情だったっけ。
追い返されたということなら納得だ。
「まあ、そんなことしたところで、もうクリフ様のお気持ちは固まっているけどな……」
ザフリーは小さくぶつぶつと呟いているが、よく聞き取れない。
私が不思議そうな顔をしていると、ザフリーは『水を取って来る』と言って出て行ってしまった。
クリフ様と二人っきりになってしまい、とても気まずい。
クリフ様は徐に口を開いた。
「俺が好きでもない女と一夜を過ごすと思ったのか?」
「はい、以前のクリフ様に戻ってしまったのかと」
私の率直すぎる答えに、クリフ様はハハッと苦笑いをして言う。
「昔はそんなときもあったな。全てがどうでもよかった。……でも今は違う」
あ……そうだよね。アメリア様がいるものね。
私は現実を思い出し、気持ちが沈み俯いた。
クリフ様はそんな私の考えを見抜くような視線で見つめながら言う。
「なにしろ突然現れて神の遣いだ聖女だとか言う、賑やかで目が離せない奴がいるからな」
?
「だが、そいつは俺のことが好きだというわりに、俺を助けた後は逃げようとする」
??
いつの間にか、クリフ様は私の隣に座り、片腕で私の肩を抱き寄せ、もう片方の手で何かを確認するように私の頬に優しく触れる。
「お前が目の前に現れてから、俺は沢山のことを考えた。愛していたと思っていた女のことや、そんな俺に戸惑う部下、守るべき民たちのこと」
???
「お前から向けられる愛情を感じて、俺は自分がいかに思い上がっていたかを知ったんだ。俺が愛だと思っていたものは、もしかするとただの自己満足だったのかもしれない」
クリフ様は熱っぽい瞳で私を見つめ続ける。
「もういつの間にか、俺の心はお前で一杯になっているんだ。他の誰かなど目に入らない」
クリフ様は甘く艶やかな声で囁いた。
えええ?!?!
「頼むから無理はするな。これからはこんなことをする前に一言俺に相談してくれ」
そう言ってクリフ様は私の肩を優しく掴み、心配そうな、苦しそうな表情で私の顔を覗き込む。
「はい……。ごめんなさい」
私が謝ると、彼はふっと表情を和ませて、私を抱きしめた。
「どこにも行くな。傍にいてくれ……」
そう言って抱きしめたまま、彼の指は私の髪を優しく梳いていく。
「な、なんで……?!」
「ここまでされて、好きになるなという方が無理だろう」
クリフ様は私の耳元に口を寄せ、甘い感じのする声で囁く。
そして、一度体を離し、優しい表情で私をじっと見つめる。
私はゆっくりと近づいてくるクリフ様の美しい顔を見つめながら、迷いと動揺を吹き飛ばした。
やっぱり、クリフ様の腕の中は心地いい。
そう思いながら、こみ上げる温かい気持ちに包まれつつ、この逞しい腕に身を預け、ゆっくりと瞳を閉じた。
――幸せそうに影を重ねる二人の姿を見守りながら、微笑を浮かべた金髪の少年が窓辺からひらりと姿を消したことは、きっと誰も知らない――――。