神との盟約
「どうしてこんな結末に……!」
私は涙で頬を濡らし続けている。
――――スマホを握り締めながら。
なんで……なんでクリフ様が呪いの犠牲者にならなくてはいけないの?!
愛するヒロインを呪いから守って身代わりになったというのに、その真心は届かずヒロインは別の人と一緒になった。
クリフ様はかけられた呪いの影響により、帝国を危機に晒す反逆者となってしまい、愛するヒロインとはその後一度も会うことが叶わず、この世を去ることになる。
夢中になって読んでいた小説は、そんな悲しい結末を迎えて終わった。
私の推しであるクリフ様は小説に出てくるサブキャラ。
ヒロインと結ばれる男主人公のライバルだ。
彼が君主となるルメーラ公国はヒロインが住む帝国に比べればほんの小さな国。
それでも商業や魔法が発展し、彩りのある活気溢れた素晴らしい国である。
クリフ様は、漆黒の長い髪にインディゴブルーの瞳を持ち、公国の中で唯一、剣と魔法を自由自在に扱える100年に一度の天才と呼び声高い、高貴な若き君主。
多くの女性と浮名を流しその心を虜にしているものの、誰か一人を選ぶこともなく心を許すこともない。
そんな彼が、ヒロインに出会って初めて『人を愛する』という気持ちを覚えた。
身を捧げヒロインをあらゆる悪から守ったにもかかわらず、最後は帝国への反逆者のレッテルを貼られて、想いは叶うことなくその身は散りゆく。
そう、彼はサブキャラで、ヒロインと男主人公が結ばれるための引き立て役。
……そうなんだけど!!
でも、クリフ様の描写は事細かに描かれていて男主人公以上に魅力的で、こんなにも読者を虜にしてしまうほどの存在なんだよおおおお。
なんで彼をこんなに魅力的に描いてしまったの?!
そもそも、なんでこんなラストなの?!
もっと違う展開にもできたと思う!
あれだけヒロインのために活躍したんだから、クリフ様も幸せになっていいじゃない!
どうにも納得のいかない私は、小説の画面を閉じてスマホをぽんとサイドテーブルに投げ置き、枕に顔を埋める。
いくらサブキャラとはいえ、こんなの悲しすぎるよ……!
そんな切なくて苦しい想いを抱えながら、いつの間にか私は眠りについた。
――――――――
もう朝かと思ってふと目を覚ますと、そこは真っ白で何もない空間だった。
どちらが前か後ろかも、右も左もわからない静寂な空間。
これは夢の中なんだろうか。
それにしても、ここはどこなんだろう?
そう思った瞬間だった。
目の前に突然、上から逆さまになった金髪の少年が現れた。
「!!!!!!?」
びっくりしすぎて息が止まるかと思ったすぐ次の瞬間、彼は私の前に立った。
とっても綺麗な顔をしたその男の子は私よりもかなり背が低い。年齢にするとおよそ10歳くらいだろうか。
透き通った瞳で私を見つめている。
「彼のいる世界に行きたい??」
「え?」
「ルメーラ大公を救いたいんでしょ?」
「は??」
ルメーラ大公ってクリフ様のこと?
「君ぐらいの愛の力の持ち主ならきっと救える」
「え? 愛? そりゃあクリフ様のことは好きだけど……」
なんといっても小説を読んで惚れ込んだ最推しのキャラだもの!
「そこまでの気持ちはないのか……」
そう言って、金髪の少年は落ち込んだような表情をする。
「そ、そんなことないよ! どうせなら私の手で呪いを解いて、彼を苦しみから解放してあげたいくらいよ……!」
私がそう言うと、彼はパッと顔を輝かせながら言う。
「ほんと?!」
「う、うん」
なんだかこの子のペースに乗せられている気もするけれど、ふと小説の内容を思い出してその気持ちに嘘はないことを実感する。
だって、あんな終わり方は辛いもの。
私は思わず拳を握りしめた。
私のそんな気持ちを悟ったのか、彼は急に冷静な表情を纏い語り始める。
「小説を読んだ君ならよく知っていると思うけど、彼はかなり奔放な人だよ」
この子が言っているのは、クリフ様の奔放な女性関係のことかしら。
うんうん、知ってる。まあ、あれだけの美青年なら周りも放っておかないでしょうし。
っていうか、この子まだ小さいのになんだかおませね。
「本当に彼の全てを愛せるの? かかった呪いも含めて、全部?」
「もちろん!」
クリフ様のヒロインへの真っ直ぐな愛情も無念さも、私はしっかりとこの心に刻み込んでいる。
「そんなことをしても君のことを愛してくれるとは限らないよ」
「そんなの構わない!」
だって、勝手に共感して想ってるだけだもん!
ん?それにしても、この子は何を言ってるんだろう?
まるでクリフ様に会えることが前提みたいなこの会話。
しかしまあ、いくらなんでもあの結末は本当に可哀想だよね……!
小説を読みながら何度『私が幸せにしてあげたい!』と思ったことか。
っていうか――――
「あなたは誰?」
私はそこでやっと疑問を口にする。
「僕は神だよ」
?!?!?!
「本当に君は彼のことを想っているようだね」
金髪の少年……いや、その自称『神』とやらは、少し考えてから言った。
「じゃあいいよ。彼の元へ送ってあげる」
へ?
「その代わり、彼だけでなくその世界に住む人々に癒しを与えてあげてほしいんだ」
「癒し?」
「うん、だから聖力を使えるようにしておくね。あ、でもこの力は他者にのみ通用するよ。自分には使えないから注意してね」
「うん、分かった」
……あんまりよく分かってないけど。
「では、これは僕と君との盟約だ」
そう言って、彼は私に両手を向けて光を放った。
私の体は黄金の眩い光に包まれて、ぽうっと温かくなる。
その心地よさに私は自然と目を閉じた。
すごく眠い。
「愛する全ての存在に祝福を」
徐々に意識が薄れる中で、彼の温かい気配を確かに感じていた。