5日目、階段
思ったより大きな音がして扉が開いた。
いや、私が開けたんだけど。
外は明るい晴れなのに階段は結構薄暗い。
影が濃い感じ。
それにしても暑い。日の当たるとこに出たくない。
扉を開けてすぐ、目の前にお向かいさんの扉がある。
カーサフクダは3階建て、階段2つ。
1号室はなくて、階段の両側に2号室3号室、2つ目の階段の両側にまた4号室、5号室とある。
3階は303と304だけ。
2号室、5号室の上は屋上になっている。……屋上に出れないけど。
この部屋は205だ。
上はいない。両隣もない。
だから、お向かいさんと下と大家さんにしか挨拶に行ってない。
皆、そんなモンだよね?
廊下ってほどのものもないので、足音がしてたら基本、階段登り降りする音。
ポスト横の階段3段上がれば1階の部屋の扉が左右で向かい合ってある。
そこから180度回り、また階段。8段くらいで小さい踊り場。
私は背が少し低めなので、胸元まである壁(?)に触れるくらいに近づかないと、そこから地面を見下ろせない。
踊り場でまた方向転換。
外に背を向けて階段登って(多分)8段くらいで2階。
また向かい合って部屋の扉がある。
この扉、外開きなんだよね。
開けちゃうと人にぶつかるやつ。
そのせいか、出かけようと玄関で靴履いてた時、多分お向かいさんの『ガチャン』という鍵を開ける音が聞こえたが、私が出た後も外には出てこなかった。
足音なかったから帰ってきた音じゃないと思うが。
……これで気をつけてるんじゃなかったら、ただ避けられてるだけだよね。
両側の扉を一気に開けてもさすがにぶつかりはしないと思う。出てきた人間同士はともかく。
まぁ、私みたいなガサツ者にはわからない暗黙の集合住宅マナーがあるのかも。
それはともかく、お向かいさんにコンタクトをとらねば。
(私は)挨拶もしてないけど。
えっと、まずピンポーンと押して
『こんにちは、向かいの205の伊藤です~。姉が挨拶させて頂いたと思うんですが、どうも~初めまして~。突然すみません~。なんかー、起きたら海の上にアパートいてびっくりしちゃってぇ。姉もいたはずなんてすけど、ちょっと前のところに戻ってるみたいで~。今なんか携帯使えないんですよー。皆さんどうされてるかな~と思いまして。なんかご存知ですか~?』
ウッザ!
初対面の絡みかたじゃないよ!
なんか困ったときだけ近寄ってくる系のヤツだコレは。
でもなんて言えばいいの?
人差し指をインターホンに構えたまま、うじうじ悩む。
どうしよう?どう聞けばいい?
いや、そもそもインターホン鳴らして警戒されて、開けたとたん、鉈振り下ろされたらどうする?どうする!?
いやいや、鉈って。
山奥じゃないんだから。
23区内やぞ、ここは。“いえ、海よサチ子”
鉈なんて持ってるのは、キャンプ趣味の……コロナ禍でキャンパー増えたんだった!!
ヤバい!
鉈、珍しくない!
どうする?
どうす、
……ん?
なんかがうるさい。
とうした?海。
海しかないのに。
いやお前さぁ、脳内とはいえ海に語りかけるなよ、さちこ。
しゃがんで踊り場から少し見えている海を覗き込む。
すると、
巨目(仮)さんが!
巨目さんが水面にぷかり浮かび上がっており、そこから立ち上がるかのように黒いモジャモジャのウネウネが、徐々に顕になり始めていた。
ザパーン!
海水が音を上げて巨目さんの登場を盛り上げる。
ああ、あ相変わらず目がよくあいますねぇーー!?
いやいやいや、何?
何なの!
インターホン鳴らそうとしていた筈の右手は、人様の家のドアノブをめちゃくちゃ必死に回してた。
ってゆーか、左手もドアノブ掴んで回してた。
平面が立体になる過程のVTRみたいに。
目が合ったまま、上から機材で引っ張り上げられるようにゆっくり立ち登ってゆく。
いつもは海面だった目が、今日は元々出ているからか、何だか血走って(赤くはないが)見えてグロいほど生々しい。
近い!
いや元々グロい。
いや、そこじゃない!
ガチャガチャ成らしてた扉を、そもそも自分側に引く事を思い出し、体にぶつけながら急いで開け、中に飛び込んだ。