私と彼女の物理的距離について
「忌視子さん」
埒が明かないので言葉にして聞いた。
「毅深子さん何怒ってんの?」
さっきも聞いたけど答えてもらえなかったけどね。
いや寄深子さんって、会話するっていう機能自体はなんとかなるんだよな。
違うんだよ。
やはり会話しようという意思がないんだよ。
己見子さんは常に自分のことがナンバーワンでオンリーワンだからね。
すげえな。
あれだよ、自己肯定感がマックスってやつだよ。
すごいね。
己深子さんはこちらを向いた。
ちゃんと鬼海子さん、と呼びかけたのがいいんだろうか。
こちらを向いて口を閉じていたのに、またカパッて開けた。
そして魔力で全身からまたものすごい音を出した。
今日の朝、体感したばっかりの時より音がデカいんですけど。
貝王様が薄く壁を出してくれた魔力も感じたんだけどね。
イカさん先生も、物理的に足で体押さえてくれたんですけどね。
うちら絶対会話出来ないね。
なんか友達になれない要素が増してくね。
どうするよ、本当に。
こんなに補助されてんのに会話もままならないって。
しかし危深子さんは全然そんなことを思っていなかったみたいだ。
彼女の思考がようやく流れてくる。
音には別に意味がないらしい。
その後に、魔力に乗せて言いたいことが流れてきたから。
……人をひっくり返したりしておいてアンタ。
彼女の中ではまるで私と彼女、世界に2人っきりみたいな思考だ。
謎だ。
謎過ぎる。
そしてカーサフクダが端っこだったのは、もしかしたら忌深子さんの意志なのかもしれない。
こんな余計なものがたくさんあったら見えない。
つまり鬼水子さんから私が見えない。
ファーストカーサフクダが出来たのがとっても不満だったらしい。
細長い2つの建物は平行して並んでいる。
もしかしてカーサフクダの寝室側に、今まで通り海が広がっているのは、気味子さんの意志なのだろうか。
忌深子さん的には、陸地を作る時に魔力をただ注いだだけ。
何もイメージせずに。
でもファーストカーサフクダは、とってもとっても不満で排除しようとしたけれども消えて失くならなかった。
それがとてもとてもご不満らしい。
その上さらに、緑の大地が出来上がっているから。
いや大地じゃないのか。
まあ島ね、島。
陸地。
毅深子さんにとってはとっても謎の物体。
貝王様ですら、陸地はあまりわからない、というスタンスだし。
鬼海子さんは、陸地自体が何なのかわかってないかも。
そんでこの陸地、とてもとても不満らしい。
いやきみこさん私、これがなきゃ生きていけないのよ。
人間だからね。
人間は陸地で生きてくの。
海で生きていけないの。
人間はね、壊血病とか色々あるんだよ。
お下げの女の子が言ってたでしょ?人間は土から離れて生きられないのよ。
知らないか。そりゃそーか。
ってか幾海子さん、あなた。
私を海の生き物だと思ってたの?まさか。
私が泳いでんの見たことないでしょ?
「だめ。陸地なきゃ生きていけない。壊さないでね」
ノー。
言ってから、スーっと頭が真っ白になった。
ちょっとして、何かゆっくりと重いものを乗せられたように感じて……いや違う!
後ろにひっくり返りそうになっていた。
うぉぉ危な!
立て直そうとするのと、イカさん先生が支えてくれたのは同時だった。
「ありがとうございます」
一気に重力がかかった気分。
疲れた。
体が重い。
膝の裏とか関節も痛い。
うまく立てん、と思ってると、斜めになってた体を支えていたイカさん先生の足が、はっきりと体を持ち上げてくれた。
すっかり体重を預けきって、とても楽になる。
傍目からは椅子のように、イカさん先生の足は曲がってるのだろう。
すみません先生。
貝王様が言ってたのはこーゆー事か。
もうお休みなさい。
貝王様の声。
ホントに眠い。
彼が足先を箱に入れても構いませんか?
彼?
ポン、とイカさん先生が頭に浮かぶ。
はい。
頷いたか、口から声に出して返事をしたのか。
自分でもよくわからない。
えーと、私はこの海の上を歩いて帰るんだろうか?
眠い。
すぐマットレスにダイブしたいんたけど。
いやいや、このままじゃ海にダイブ。
海の中から出たせいか、さっきは外は暑いな、と思ったが、今はとても心地よい。
風がさやさやして、なんだかフワフワする。
気づくと目の前に窓があった。
あ、そうだ。
窓開けっ放しでイカさん先生と海に行ったんだ。
カーサフクダ、窓デカくて良かったなー。
膝で上がり、せめてこれだけは!と、反対を向いて足を外に出して靴を脱ぐ。
玄関まで靴を置きにいくのはもう無理だ。
出窓に靴をひっくり返して置いて、外に向く。
イカさん先生だ。
今日はありがとうございます、の意味で一礼。
貝王様の城に入る時は挨拶なかったからね。
イカさん先生が、にっこりしたのが見えた。
もう一度頭を下げて、カーテンを閉める。
海上生活で、寝てるうちに熱中症にならないように、癖がついてしまった。
寝て起きて、また寝床に戻る。
ま、いいか。
寝転がる位置に枕がくるように引っ張ると、何か手に当たった。
スマ子だ。
あれ?
イカさん先生に拾って貰って、その後は……?
ま、いいか。
何か今日はとても大きな事があった気がするんだけど。
いいや。
お休みなさい。




