気味子さんの愛
(気味子さんに)愛されても答えられない、というやつね。
貝王様を一瞬だけストーカーかと思ったけど、見たまんまってゆーか今まで通りってゆーか、ストーカーは危深子さんだった。
異世界人をストーカーする魔王。
海の生き物達が、魔王である彼女をスルーしてられるのは、本人が何事にも関心を抱かない事と貝王様がしっかり海を治めてるからだ。
よかったね、妃海子さん。
ここに生まれて。
でも何処に生まれても奇見子さんは気味子さんだよ。
まぁここに生まれたから、結婚うんぬんで揉めたんだろうけど。
普通に魔王が自分だけで生まれてたら、誰の話も聞かないだろう。彼女は。
……今も聞いてない、か。
フリーダム魔王。
つくづく、壁を増やしてもらって良かった。
貝王様が壁の話をした時に見えたのは、異物であるカーサフクダを排除しようとする海のマナの集合体の、海側の壁。
異世界を拒絶しようとする向こうの世界の壁。
さらにその間に、海賊の襲撃を目撃したイカさん先生の報告により、貝王様が新たに入れてくれた壁。(イカさん先生補助)
奇海子さんがボンボンぶつかって、ほとんど弱まってしまった海の壁を再び貼り直された上に、貝王様の力でまた1枚壁が入ったのでこれ以上ないほど補強された。
よかった。
もう鬼見子さんは入ってこれない。指だけでも。
今の指、短いけど。
私に害意があるんじゃなくても、プチッとかいきそうなんだよね。
善悪というものが存在しない気がする。
忌視子さんは巨大な赤ん坊。
ある程度の知能があって、知識を持って生まれてくる魔王なのに永遠に巨人の2歳児みたいに。
でもそれでも助けてくれた。
自分のお気に入りに手を出された怒りではなく、攻撃されてることを分かって助けてくれた。
こんなにして貰っても、自分に返せるものは何もない。
己未子さんも、それはわかっている。
全然、見返りは頭になかった。
それが嬉しい。
なんかちょっと、ほのぼのしてしまう。
そんな親みたいな目線になれる程、偉いんじゃないんだけど。
その感情が自分が思ってるより大きいなぁ〜、と疑問に思っていると、視界の中で貝王様がくるんと回った。
そうか。
貝王様も嬉しいんだ。
その喜びが伝わって増幅したのか。
同じ魔王が生まれたのに、全然彼女はみんなのことを守ろうとしないんだもんね。
2人は性格が違いすぎるもんね。
無理やり結婚しようとするのはどうかと思ったけどね。
でももしかしてこれは、……成長を喜ぶってさ、親目線なの?
それとも光源氏目線なの?
ロリコン嫌いだから邪推してしまう。
(50才以上って、ロリ?いや、やめとこ……)
もしや、もしや……。
すると、貝王様と並んで浮いていたイカさん先生がふよんふよん近寄ってきて、足先をくるん、と丸めておでこにコツンした。
コツンという程、高い音はしなかったが。
ゲンコツいただきました!
痛くなかった!
他者を思いやり、共感し喜ぶ事を笑ってはいけません、というお説教つきである。
ごめんなさーい。
一応、貝王様にぺこんと礼つきで謝る。
貝王様からは笑っている気配がする。
本当に笑っているのか、今はイカさん先生と同じくらいの大きさの、白い貝から光がホワリホワリと漏れている。
これって声を出して笑ってるのと同じようなことなんだろうか。
感情が知られないように魔力を閉じていないというのは。
貝王様の白い光は、マザーオブパールみたいにちょっとキラキラしている。
派手な光ではなくてなんだかとても安心する。
ちなみに忌身娘さんは、一層激しく暴れているのか、降る寸前の積乱雲のようにピカピカ、ピカピカしている。
今はまだ、魔王キミコには聞かれません。
どうしたいですか?お客様。
どうしたい、とは曖昧だ。
でも多分、必要な事なんだろう。
貝王様は、私がキミコさんにビビっていることを知っている。
だから、わざわざ壁の説明などを丁寧にしてくれるんだろう。
説明だけでは不安だと思うのか、頭の中に映像を見せてくれて。
私がその度に、しつこく喜んでいるからわざわざ聞いてくれているのかもしれない。
どうしたいのか。
危見子さんを拒絶する。
それを口にはっきり出す度胸が、私にあるのか。
いや、そんな意地悪な問題ではなく、そう言えるだけ本当にビビっているのか。
もしくは逆に、ビビり過ぎて、自分の感情がわからなくなっているだけなのか。
貝王様の考え方が私に流れてくる。
大きな生き物が小さな生き物を威圧するのを、否定する感情だ。
貝王様は生き物の食物連鎖については何とも思っていない。
それが海の常なるから。
そうして命が循環しているからだ。
しかし魔王は食事の必要なんてない。
しかもお気に入りなのにいたぶる、というのは貝王様には許せることではないらしい。
彼女本人はいたぶってる事すら、わかってないんだろうが。
この王は真面目で正義感が強い。
おかげで私はとても助かっている。
でも毅実子さんが無理やり侵入したりできない、という事に安心してしまっていいんだろうか。
興味があるから間違って潰した、ってよくありそうな気がするんだ。
オタマジャクシとか掴もうとして失敗するみたいなやつね。
私の生命でその練習をしないでほしい。
項目分けして考えれば、マイナスしか思い浮かばない。
でも、どうしたいか?という、そのシンプルな答えが、自分でわからない。




