白服
その女の頭の中は様々な食べ物で溢れかえっていた。
自分にはかつて兄弟がいた。姉妹かもしれない。
男か女かも覚えておらず、血の繋がりについても知らない。
ただ誰かはいた。
そして死んだ。
死んだ時に何かを感じたのではなく、死んで洩れてきたモノに怯えた。
これは災いと。
触れると自分も死ぬ、と。
もしくは、死ねば自分もそうなる事を理解したのかもしれなかった。
そこから逃げた。
草も木も生えない荒野を。
思い起こすとそう感じた風景、というだけで実際は全く違ったかもしれない。
確かなことは、水もなくさまよい続けたこと。
時折、虹色に光る風が吹き抜けると、その度生き延びた。
朦朧と生き延び、人の暮らす場所へたどり着いた。
思えば少しは人に世話を焼かれていたのかもしれない。
己の中では街の影にひそんで生き延びたつもりだったが。
食べ物がそうそう転がっているはずはなく、屋外で真っ当な衣服もなく、夜を何日も越せるはずもないのだから。
時折、光る場所を見つけて水を得て、それを人に知られ駄賃を貰う事もあった。
そのうちに知る。
人の生活の様々な事、それ以外。
死とは動かなくなり、二度と目覚めず、腐っていく事。
それが死。
あの真っ暗な何かが体から流れ出る事ではなく。
人は死んでも、あの何かはほとんどの場合流れ出ない。
あのキラキラと戯れるような光は他の人間に見えていない事も。
徐々にそれは魔力であり、マナを見ている事を理解する。
死んだ兄弟は同胞。
だから死んだ。
自分もああして死ぬ。
そう理解した。
あまりの飢えに、朦朧と、水を魔力で生み出せる事も知った。
それを総代に目撃され、下についた。
無知な子どもだったので、ただの保護としか言いようはないが。
総代は古今東西の文献、伝承を調べてくれた。
いかに魔力持ちでも、すぐに死なれてはなんの得もない。
金持ちが魔力魔法に纏わる品を買い集めるのは常なので、はじめは己の為だとは気付かなかった。
幾度か己の中の何か、おそらくは魔力が膨れ上がり、そのままにすれば死ぬと、本能が訴えた。
このまま膨れ上がれば、あの暗いものが己を占めるのだと怯え続けた夜もあった。
倒れるまで水を出し続けてもそれは変わる事なく、明日は目覚めないだろうという夜もいくつかあった。
何度も危うい目にあい、一度だけ、どうにもならず覚悟を決めた時。
ある朝起きると、膨れ上がった魔力はさっぱり消えてなくなり、安定していた。
何度あの奇跡の再来を天地に祈ったかしれない。
だが二度と起こらなかった。
数年前までのように、膨れ上がる事は今はない。
しかし奥底に静かに溜まっていく何か。
あの暗い澱んだ何か。
それが増えていくのを感じる。
魔力というのは全く役に立たない。
文献には、己の器以上に魔力を使えば死ぬとあったらしいが、たいして使わずに生活していても死ぬのだから。
使っても使わなくても死ぬ。
総代のもとで、いくつかの仕事をさせてもらっても、魔力は使わない。
魔力持ちが魔力を使わない。
ただの無料飯ぐらいである。
何年か経つと、白鼠と呼ばれるようになった。
白鼠とは主に組織の二番手。側近の意味も含んでいる。 稀に次期が呼ばれる事もあるが、要は金持ちや権力者にしがみついておこぼれを得る卑怯者、狡猾な者という蔑称だ。
ただ飯ぐらいが大した出世である。
買いかぶりで揶揄するとは矛盾が過ぎるが。
昔この街では、金持ちは純白の服を常に身にまとう事で財力は誇示した。
それが時代がくだり、使用人に純白を着せる事で権威付けするようになった。
当然、純白を着る人数は少ない。
そこに鼠を組み合わせるのは、大昔はこの街に鼠はいなかった、という伝承のせいか。
はたまた貴重な白い食物に齧りつく様を表しているのか。
どちらにせよ現実には則していない。
総代に拾われたのは望外の幸運だった。
もう、これ以上の奇跡は祈らない。
「道に人間が突然現れた。軽装で見たことのない衣服だそうだ。」
作業中、総代に呼び出され突然告げられた。
現れた?突然?
人間が?
「魔法、星、どちらと思う?」
問われても分かるわけがない。
星にしても滅多なものではないし、魔法であるならおとぎ話の域だ。
魔力持ちには会ったことがない。
総代に拾われ2年経った頃、国に保護される事を選ぶか、このままここにいるか、と問われた。
答えは総代の元、一択だ。当然だ。
貧富の別なく魔力によって人より早く死ぬのだ。
ほんの僅かな時間の差を生きるために、ここから離れるなど馬鹿げている。
そうして残った事で、また総代達には労をかけた。
魔力持ちが屋敷を訪れる度、自分を屋敷ぐるみで隠してくれたのだ。
頻繁にある事ではないが、何度かあった。
時には別の拠点や、新たに購入した家に匿われた事もある。
そうして守られ避けてきた報いなのか、今、怪しいおそらく魔力持ちが現れたのに、対処出来るかわからない。
続報が次々入り、身内が関わった事でとうとう総代が直接会うと言い出した。




