常識
顔に完全に出たようで、お茶とお菓子が出された。
食べたい。美味しそう。
疲れを感じると、少しぼうっとしてきた。
主さんの前にはお茶だけで、あまり飲んでるところを見ない。
お茶はそのまますぐに口をつけてしまったけど、お菓子はスプーンも何もついていなかったので、躊躇する。
するとすぐに、水を張った、装飾付きの洗面桶みたいなものが出された。
というかソファの前まで来て、膝をついて掲げられた。
大層気まづい。
しかし長くかかるのも水は重いので(たらい?も重そう)、水をはねさせないよう必死に静かに素早く手を洗う。
運動不足には中腰だけで辛い。
洗って、手を甚平で拭くのも嫌だと困ってたら、タライの女の人の後ろに、真っ白なふわふわタオルを持つ女性がいて、それをちょっと持ち上げてアピールした。
あ、それをお借りするんですね。
テーブルとソファの間にタライの女性がいて隙間がないのだが、主さんがすぐに声をかけてくれて、タライ係の人とタオルの人が交代した。
良かった。
下の絨毯は繊細な模様だけでなく、沈み込みが凄くて高そうだったのだ。
濡らすの怖い。
ちゃんと二人の女性にもお礼を言った。
つい、すみません、と言いそうになるのをこらえて。
いただきます、と手を合わせる。
お茶は何も言わずにすぐ頂いたけど。
一人の時はいただきますしないけど。
人目を気にしたというより『おいしいものは大事』意識が働いた。
むしろ人目を忘れかけている。
食べる事が、好きです。
甘いのかな?
お菓子を摘んで食べる。
普段やらないのに、手皿をして。
上品にいきたいより、落とすの勿体ない。
知らないお菓子。
サクッとして、その後、よくこれを持ち上げられたな!という程、蜜がじゅわっと出てきた。
さっきどうやってサクッとしたの?!
どういうコト?!
食べすすめても、サクッサクッと歯ごたえがあり、じゅわっと甘い蜜、シロップと言うべきか、たっぷり噛むたび出てくる。
見た目はパイ生地を丸めてバラの花風にしただけに見えたのに。
それに薄っすらピンク色がついていて、ピスタチオ、かどうかわからないが、緑の粒が散っていた。
何と摩訶不思議な。
時々ナッツが入っていて、カリッとアクセントになる。
おいしいね〜。
「美味しいですか?」
……忘れてた。
主さんがにっこりしている。
ごめんなさい、忘れてて、ごめんなさい。
口にまだ入ってるので、頷くだけにした。
大変美味しいです。美味しいは正義です。
まだじっと見られているので、仕方なく口の中を食べ終わって言葉で答えた。
「とても美味しいです。初めての食感です。コーヒーやお酒にも合いそうですね」
心から褒めたつもりだったのに、主さんには当然なのか
「それは良かったです」
と、当たり障りのない返事だけだった。
ただし笑顔はずっと、曇りなくピカピカに見える。
政治家でも実業家でも、無料の笑顔というもので印象を良く出来るなら、訓練しているのかもしれない。
顔の筋肉の鍛え方ってあるのかな?
顔の表情を自動で満点に出来るスキル、とかあったらそういう人達は便利かもしれない。
あ、ここに来た理由思い出した。
忘れてる事すら気付かないで食べてた。
私のしょうもない思考回路、時にナイス。
残ってるお菓子を皿に戻す。
ってか皿持って食べれば良かった。
マナー違反だっけ?でも手皿も良くないんだっけ?
後の祭りか。
「あの、うちの者という事ですが、昼間に助けてもらった方の事ですか?暑い中、冷たくしてもらって助かったんですが」
あれが魔法なんでしょうか?
ついでにそれも教えてほしい。
「あぁ、あれは彼の星ですね。ご存知の通り、この世界に生まれた人間が誰もが与えられる星。彼の場合は、同種族つまり人体の熱を奪う能力です。気になさ」
「え!」
シン、と静まりかえった。
部屋の隅にも、雑用なのか警備なのか男性が立ってたし、白服も扉の前にいた。
それでも音という音、全てが消えた。
あってはならない事が起きたように。
主さんの、くっきりと聞きやすいのに流れるような説明を、遮る声が上がったからだ。
私の甚平に唯一あるポケットの中から。
……スマ子、そこで驚いて声を上げるの、むしろ私じゃないのか。
何故お前が驚く。
あんなにコチラの常識も知識も理解して、なおかつ最先端の情報を持っているかに振る舞っておいて。
今日ずっと耐えていた怒り。
熾き火の様に燻っていたそれに、どうしようもなく風が吹き寄せて再燃していく。
人を引っ張り出しておいて、コッチの常識は知りませんでした、とは言わせない。
いや、明らかに知らなかった、という驚きが伝わってくるけども!
スマ子!
「お国が違えば常識も違うもの。私の言い様は間違いでしたね。この国の言葉がお上手だ。」
凍りついた空気の中に、主さんのにこやかなフォロー。
え?そうなの?じゃあ乗りきれ
「星を知らない国があったとは知りませんでした。」
白服の『コイツを甘やかす駄目絶対』な反論的内容の、会話を復活させる為の追従が入る。
げ。
「私も知らなかった。」
げげ。
突き放されてるんだか、フォローされてんのか。
フォローしきれないのか。
怪しさを更新していく一途である。
「ど忘れしてましたーー!」
何とかしようと試みたが、無駄な声の大きさといい、それでも声が引きつっている事といい、駄目そうである。
顔もどんな表情したらいいのかわからないが、変な力が入っててどうしようもない。
私ウソつくの下手だな。知ってたけど。
頑張った結果、下手くそが乱入したので室内の会話はまたストップした。




