何屋
人工物がある。
人工物というか、建築物が。
お洒落な民家なのか、シンプルなお店なのかよくわからない、灰色の建物。
窓は小さく、つーか細く、一階建てか二階建てかもわからない。
そんな現代日本の街角にありそうな。
私と建物の間には、車3台がとめられそうな空きがある。
アスファルトなどが敷かれているわけではないけれど、ちょうどその部分だけ草が少なく、地面が出ている。3台目をとめる人は、草のせいで少し盛り上がったままとめる羽目になるだろう。
この島に車あるか知らんけど。
ちなみにサチ子さんはペーパードライバーです。
建物の中央に、木目の扉がある。
ブラックアイアンの取手で、なんか可愛らしい。
扉の中心に何かぶら下がっている。
どうやら民家ではなくお店のようだ。
この際、ハチさんの家でなければ良い。
果たしてオープンかクローズか。
近寄りながら目を凝らすが、徐々に見えてきたものは予想と違った。
んー?
何かヘンだ。
と思いながらも、とうとう眼の前までくる。
見間違いではなかった。
そこは オープンもクローズドも書いていなかった。 もっと長い文章だった。
『どなた様もどうぞお入りください。
決してご遠慮はありません。』
可愛くない招き猫のような模様も文字の横に書いてある。
ちなみにそのイラストの猫は、目が笑っていないのに、口だけすんごく笑っていた。
ちゃんとしたイラストというよりは簡単な線画で、半円線の口。
……。
入ったら……危なくない?
いやいやいや。
コレは……。
一、二歩とズリズリ後ずさりしてしまったついでに、建物から距離をとる。
ほとんど先程立っていた場所まで戻り、建物全体をもう一度見る。
よくよく見ると、建物は単純な四角ではなく、天井部分は丸みを帯びていた。
横倒しの方形に、円の上部十分の一を切り取って乗っけたような?
近くで見られないのでなんとなくではあるが、一段淡い灰色になっているようだ。
その部分に、まるで同色刺繍のようにほぼ同化した、模様が見える。
看板?
模様だけで?
これも看板建築というやつだろうか。
何が書いてあるのか、目を凝らすがはっきりとは見えない。
逆行でもないのにわからないのだから、わざとそうしていると思う。
看板というより外壁の柄、だ。
第一印象は唐草模様が装飾されてるな、だった。
頑張って見ても、蔦模様と呼ぶのか唐草模様と呼ぶのか知らないが、あまり変わらなかった。
が、元々星は見えていたけど目が慣れれば小さい星にも気づくように、時間をかけると模様の中の文字が見えてきた。
『やまねこケン』
文字が崩れすぎている上、葉っぱやら何やらも絡めてあって、とても読みづらい。
わざとだ。
絶対にわざとだ。
サチ子さんは東北出身なんで、その手にはのりません。
東北は宮沢賢治押しだ。
ちょっと大雑把に言い過ぎだけど。
ってか、レストランって書かなかったらサチ子さんを惹きつけられないでしょう!
それじゃあ、入って行きませんよ。
こんな小洒落た何屋かわからんお店。
『あ、あそこお洒落じゃない?何屋さんかな?入ってみよう!』
なんて若者性はありません。
何かこう、繊細なクソ高い物が売っててウッカリ壊したら困る。
つまり財布の中身が気になってな……。
そもそもが、そんな客にたくさん注文をつけるような料理店どころかドレスコードがある店にはサチ子さんは行きません。
暗黙のマナーコードとかもっと陰湿よね。
貧乏人の無教養のヒガミ?
フッ、誰がお前なんかお願いするか!
オイラ美味しいものが食べたいだけだ。
あと下手に知らないのにお店とか入るより、ホテルビュッフェとかに行ったほうが実は意外と敷居が高くない。
『ドレスコード有り 短パンビーチサンダル不可』
とかあるが、どっちも持ってないし、ホントにけっこうラフな格好の人も多い。
良きかな。
そういうわけで(『はにーますたぁど』も食べたし)そんなすぐさま飛びついて入っていくことはない。
いや、……多分。
ここは料理屋だろうけど。
いつか来ちゃうかもだけど。
本当に私が食材じゃないよね?
飛んで火に入る夏のなんとかじゃないよね?
今、夏?
夏なのか?
よくわからない。
疲れたのか?
湿気でなんか嫌な感じがしてきた。
そうと気がついたら、だけどね。
この島は日本のように湿気が高いんだろうか。
海の中の島だからな。
湿気は嫌よね。
そういうわけで、サチ子さんはすぐに飛びついたりしません。
ちゃんとスルーできます。
自分が来た道以外の、この空間から森に出られそうな場所を探してスルーして歩いて行った。
欲しいのはレストランではない。
いや、レストランってどこにも結局書いてなかったけども。
ぼっちマーケットがあれば一番いいんだ。
私の引き落としの金は、もうなさそうな気がするけれども。
私の残高とちゃんと絡みついてんのかもよくわかんないけども。
なんかあんまり変化があると、今後一切こう……食料の供給とか電気ガス水道とか止まられると困るんだよね。
冷房、大事。
寒いのは何とかなるんだけど。
意気揚々と歩いたはずだったが、多分1時間くらい後、同じ場所に戻ってきた。
行けども行けども同じ景色だな〜不思議だな〜と思っていたのだが、結局三回目戻ってきてしまった。
ちょっと歩くとすぐにまた同じ場所に出た。
あれ?一本道?と思って、建物の裏手まで探して別の道を行った。
ハズだった。
戻った。
そこで手帳の中に入れていた、100均の付箋を出した。
使おうと思ったが結局は普段からきちんと手帳に書き込んだりしていないので文房具の使い方がそこまでわかんなくて残っていたのだ。
それを歩いた場所に目印に木々に貼って行ったりしたんだ。
なんかヘンゼルとグレーテルみたいだな。
笑えないな。
このままだと食べられちゃうなぁ。
まあとにかく。
そうやって同じ道を歩かないように印をつけて行ったんだが、必ずこのレストランに何故か戻ってくる。
不思議だな。
いや、レストランて書いてないけどね。
ところで、腹が減った……。




