スマホ
毎日、畑の様子を見に行くのが日課になった。
世話の仕方はわからないので、放置である。
様子を見に行く意味とは? 考えてはいけない。
行動する事が大事なのだ。
”うん。何もしてないじゃん“
でもやっぱり、外を歩きたい。
海しかないんで歩けないけど。
急ぐのは嫌い。
薄っすらと予定があって歩くのが好き。
それでルートに花の咲いてるお庭を見ながら通る道を選ぶ。
昔は海辺に憧れてたけど、成人して都内で働くようになると、緑に吸い寄せられてく体質である事が判明した。
“そんな大げさな話じゃないでしょ”
早智子の呆れ声。
でもここはカーサフクダ以外ない。
ちなみにカーサフクダに庭はない。
灼熱の都会に咲く百日紅もタチアオイもノウゼンカズラも百合も、何も見られない。
画像すら見られない。今はまだ。
”そう思うならさくさくスマホ研究しろ“
だって早知雄!
お前だって見てただろ!
一応、色々いじってみたのだ。
しかし、アイコンをポチポチしても何も変化なし。
(マジで日本語選択何だったの?と言いたい。 説明も何もないのだ。)
かと思えば玄関を開けた途端、海の上に足を踏み出してたし!
マジで落下する2秒前。
2階なせいか、海の上2メートルくらいだったよ。
アプリにどんな力があるんだよ!
そんな因果関係わかんないだろ?って思おうとするでしょ? でもソレ以外ない。
それかこの世界の標準スマホが怖すぎるよ!
まさかカーサフクダ自体が変化するとは!
活路を見出した携帯によって、まさかの屍となりかける。
おかしい。
私は何事もマイペースにゆったりと暮らしていきたいのに、ギリギリでいつも生きている。
“だからじゃね?”
あー、もーやだ。
「アプリ名くらいつけてよ!」
「承知しました。ピッ」
……はい?
え?
はい?今の何?
私うっかり声に出して愚痴った?
そんで誰か返事した?
んな訳ない。
得体のしれない物に見えたが、慣れた感触のスマホを手にとる。
今アナタ喋りました?
1番始めに就職した会社の方針が、携帯電話はマナーモード絶対だったので、今もそれが習慣づいている。
応答されるわけないのだ。
「もしも~し、おたく話せるんです?」
「質問の意味がわかりません。対象生体には既に音声による回答をしています。」
…………。
私の、この、苛つき、忌々しさを何と言ったらいいだろう。
今まで、私がどんなに!
……いや、板に怒るんじゃない、口に出しては言わなかったんだし、検索と同じように正確に使わなければ意味がないのだし壁にぶん投げたって壁紙が傷つくだけでも敷金がでも何かコイツの言い方がなんかこう。
「前と同じくらい便利に使いたいんですが。」
私はケンカは売ってない、頼んでるだけだ。
「旧バージョンとは既に別の異動体ですので、バージョンを落とす事は出来かねます。」
何か小馬鹿にされてる感じで苛つく。 イドウタイが何なのかわからなくて苛つく。 無駄に気位が高そうな感じがめっちゃ鼻につく。
イドウタイって何よ、アンタその板の中で、カニ歩きでもしてんの?日本語のまま、世界基準移動しなくて私は良かったんだけどっつーか勝手にそっちがやったんだろうが!
「もう捨てようかな」
ただの呟き。
でも良い案に思えてきた。
使えないものに、馬鹿にされながらすがりついたって快適には過ごせないはずだ。
するとスマホを握る手から『困った』という感情が伝わってきた。
「心は何処に?心臓に?」とか疑問に思いながら、胸に手を当ててみたりするものだが、手から来るとは。
スマホに対する怒りの感じるのとは別の感じ方で、自分の感情じゃないんだな、とストンときた。
スマホが、困っている。
お前、感情あるのか。
困惑といった方が正しいのか、訴えるというよりおろおろしている感覚だ。
ツンツン風な話し方だったしな。
自分が捨てられるとは想像も出来なかったんだろう。
……スマホの想像とは?
「物って使えなきゃゴミだしなー」
「……。」
「なんなら気味子さんにでもトモダチ記念にあげようかなー。あの合図やだし」
あ、これは失敗か?
電化製品に水厳禁なのは、私の知ってる普通のスマホ、元の世界の話だ。
交渉なんて向いてないんだよね。
どうだ? こっちはもう手詰まりである。早いな。
どうだ?
どっちだ。強情だな。
「……旧バージョンのアプリの機能に近い魔法が設置されたので、翻訳出来ない箇所が多くあります。」
いや、アプリには何処でもドアはない。
と、小さく突っ込みがあったけど。
勝った!(自分のスマホに)
私は海に来て引きこもり2週間たって、ようやく解説を得た。




