密談
はてさて。
さっきの会話を話したら叱られるかな〜?くらいに考えていたが、その前に部屋から出たらすでに、みんな微妙な顔だった。
みんな、というのは主さんとコネンさん、白服だ。
主さんとコネンさんだけさっきの休憩室に入ってきたが、廊下には白服もいた。
え?
何?
あ、あ〜、とコネンさんが手を上げて口火を切ろうとしたが、主さんが「後で」と、やや力なく言う。
何か……ため息混じりのような。
角々と曲がったり無言で歩いて、やや小さめの部屋に入った。
調度は整えられてるが、来客用には小さく、窓もない。
でも、金魚提灯が泳いでいて、明るかった。
天井にいるから、腹を揺れるヒレしか見えないけど。
前のコとは違うっぽい。
「どうぞ」
と言われ、四角く配された椅子に目を向ける。
四角の角の辺りから椅子の隙間を通って座るのだが、これ以上太るとここ、通れない。
世の中は細さん用に出来ている。
椅子の真ん中にはローテーブルがあるが、正方形で小さめで、ベッドサイド用みたいなものだ。
変わった応接室だな。
庶民には充分だけど。
「かわいい部屋ですね」
「密談用です」
と、主さん。
密談言っちゃったよ。
密談、って宣言する密談あるんだな。
難しい話は無理ですよ?
主さんが何か手で合図して、白服とコネンさんも座る。
はぁ。
とため息。
主さんが。
主さんがため息。
あんれ~?
何かあったっけ?
あのキョトーンから。
何故、廊下に出た時から?
その前。
何かした?私。
「先ほど、自己紹介をされているようでしたが……。」
「はい?」
はい、しましたよ。それが?
「あー、前にイトーと仰ってたかと?」
と、コネンさん。
テーブルを見ていた白服が、ちょっとコネンさんを見た。
「はい。イトーですから。イトーサチコです。」
「……。」
何故、黙る。
イトーサチコの何がいけないんだ。
全国のサチ子が納得いくように説明しなさい。でなかったら謝りなさい。
口には出さないが。
「イトーが名ですか?」
コネンさんが何故か困りながら聞く。
名?
「名前がサチコです。」
「じゃあ、イトーは?」
何喋ってんだ、お前?みたいな顔やめなさい、白服。
「イトーが名字。」
「みょーじ……」
みょーじって何だ?って顔。
ん?あれ?
魔力自動通訳どうなってる?
「……姓があるのですか?」
主さんの、ちょっと焦っているような顔。
まさか、って風に。
姓と名字は違うらしいが……。
私もよくわからん。
姓名判断とかで区別ないよな~?ってか一緒くただよな。
豆知識でしか言わないよな、姓と名字の違いとかって。
……魔力通訳におまかせ!
「姓というか、ファミリーネームです。」
ファミリーネームって、姓?名字?どっち?
「ふぁみ……?姓ではないのですか?」
通じなかったー。
どーなってんの、スマ子。
「ちょっと待ってください。」
スマ子、起きろ。
寝てるか知らんけど。
テーブルと椅子の狭い隙間に、無理矢理置いた足元のリュックからスマ子を出す。
普段はどこで発言してやろうか待ち構えているかのように、お屋敷で触るといつも明るい画面が、今は暗い。
ホントに寝てんのかな?
いつもはボタンを押して使い始めるんだが、ダブルタップしてみた。
起きろ、という意味で。
ゆっくりと画面が明るくなり『おはようございます』と文字が出た。
ホントに寝てた。
今日はもう、おはようしたじゃん。
「ちょっと姓と名字の違いについて解説して。」
そう話すと、うぃ○ぺ☆ぃあ的な解説を始めた。
ちょっと寝ぼけた声で。
スマ子は肉声と電子音声の中間みたいな声なので、責められるとホントに人間と話してるみたいで嫌になる時がある。
今日は思いっきり昼寝してたんだから、起こして悪いとは思わないけど。
辞書とか、学生時代しか持ってなかったから、辞書にどう書いてあるのかわからないな。
これで通じなかったらどうしよう?
私も聞いててあんまりわかってないが。
しかし残念ながら。
「カバネ?総代、わかりますか?」
「いや、私も聞いたことがないな。民族の中の階級か?」
「集落の代表者くらいの意味なのでは?」
等など、相談しあっている。
困った。
日本で名前だけなのは、ほぼ尊称で呼ばれる皇族ぐらいだから、本気で疑問に思ったことがない。
まだ少女小説というジャンルがあった頃、古代ファンタジーを読んだことがあるが、昔過ぎるからか説明出来ない。
氏とか姓とか、小学校だか中学校で習ったりもしたんだけど。
氏が血族だけなのか、とか知らない。
説明が無理。
豪族とはどう違うの?
氏族どころか、現代でも一族って言葉だけは使うけど、身近じゃないからよく知らない。
どこまでがそもそも一族って呼ぶの?
ちょい古めの2時間ドラマとかで、名家のお家争いとかで出てくる一族とかって、せいぜい二、三代ぐらいだよね?
それお昼のワイドショーとかで「資産家一家」って言葉を使われるのと、一緒じゃダメ?
姓でも名字でも、こだわりないからどうでもいいんだけど。
元の世界では高貴な生まれ育ちなんだと思われたら面倒くさいな、くらいの感覚だったんだけど。
どのみち面倒くさい。
「スマ子、姓も名字も一緒じゃダメなの?」
「現代では一緒です。」
それ早く言ってよ。
「あ、もう姓でいいです。」
三人が呆然とした顔でこっちを見ている。
あ、なんかゴメンナサイ。
「どっちでもいいですよ。」
何故、困るのだ?
「あの、姓を偽称すると厳罰に問われますが……。」
そう言われても。
主さんが、こんな困ったように話すほどなの?
「よっぽど仲が良い友達とかでもなきゃ、普通名前で呼ばないですから。
基本生活してて、伊藤さんか伊藤です。」
「それは、女性は名を明かさずに生活する、ということですか?」
「は?いえ。だから明かしてます。名前を名乗れないほうが生活出来ないです。」
部屋も借りられないじゃん。
どうやって生活するの?
主さんが、大きく息を吐きながら背もたれに身を預けて目をつむった。
白服とコネンさんは、微妙な顔のまま固まっている。
左手の指をトントンと椅子で鳴らし、右手で目頭をおさえている主さんを見て、密談は長くなりそうだな、と悟った。
また出来てなかった(+_+)




