屋敷の午後
何やら騒がしく、声が聞こえたり、魔力がビンビン体に響いたりした。
それでも、そのまま眠る。
眠いというより、それが何故か当然な気がしたのだ。
すぐ耳元で、声が聞こえてもそう思った。
そんな騒ぐなよ。寝てるくらいで。
誰かが早く早く、と急かす。
何故?
何を?
だってまだ、続きがあるのに。
そういえば、魔力の感覚に集中し過ぎたらいけない、と注意されたな。
片隅でそうは考えるが、すぐに流れていって、もっと深く潜る。
かつて聖地として、その地に住む人々に崇められた、マナの吹き溜まり。
その場所に魔王が生まれたのは、人々が去った後だった。
まるで人の願いに呼応するように生まれた、人々の願った水の魔力を持つ魔王。
忘れ去られ誰も来ない場所に、動けない魔王はずっと一人で。
長い長い時間を経て、ようやく現れたのは小さな小さな自分の同胞。
自分と同じように、他者のためにある星を持って生まれた、同じ水の性質を持つ仲間。
毎日毎日、砂粒に襲われ風に吹かれながら、日参してくる小さな仲間。
その友人を毎日待ち続け、衰弱していくのを見ながら。
また一人に戻っても、また待ち続け。
けれども彼女の願いを叶えるための弟は、自分の元に訪れない。
どんな強大な魔力があっても、その場から動けない、魔王。
まるで人のためにうまれたように『人間の星をたすける』星を持って生まれても、彼女の弟は現れない。
そっか。
白服を待ってたか。
ここに来れば、水をあげられるし、星によって譲られた彼女の分を星で助けられたら、生かしておけるチャンスがあったもんね。
でも歩いて来てくれないことには、どうにもならない。
魔力持ち相手なら何でも可能なんじゃなく、衰弱した子供に魔力を当てて、体が変質してしまったら、回復の見込みもなくなる。
居場所がわかっても、下手な誘導も出来ない。
何とか何とか無事を祈り、もどかしくただ見守り、追えなくなってしまって、また一人。
元気にやってきた白服は、もう助けもいらなくなってしまった。
それはそれで、いつしか自分の願いとなっていたものが叶わない、ということでもあった。
貝王様やイカさん先生なら、きっとそうはならないだろう。
同じ場所に住まう生き物を仲間だと考えるし、ほぼ関わらない人間という種がどうなろうと、どうでもいいはずだ。
だって自分たちの生きる場所に来なければ関係ないから。
自分と同じ水の魔力持ちでも、同胞とは考えない。
そんなこと考えるのは、多分このサボテン魔王だけ。
自分は人間のために生まれたように思ってるんだね。
それなら確かに一人だと感じるはずだ。
白服は元気に毎日過ごしてるよ。
自分はお姉ちゃんと同じ水の魔力だと。
魔力持ちは水を出せるんだと思い込んで、なかなかチョロッとしか水を出せないことに不甲斐なさを感じ。
自分が火だと知って落ち込み。
みんなに慰められ。
開き直って屋敷の中で火を使いまくり。
大好きな主さんに、怪しげな異世界人を尊重するくらい大事に思われて。
魔王、前にも言ったろ?
新しい女を見つけろよ。
大事なものは大事なまま、次に行け。
何か、さわさわ触られて、目が覚める。
ん?
あら、起こしました?と、ささやかれ、見回す。
はじめ横を向いたら壁で。
反対側を向いたら
「うわ!」
白服の顔がすぐ近く。
またか!
何でコイツの顔のアップばっかり見てんだ、私は!
いらんし。
抑えたような笑い声、この忍び笑いに覚えがあり過ぎるな。
白服から目を上げると、何人かの女性がいて、人差し指を唇に当てて笑っている。
すいません、大声出して。
でもコイツ、ちょっと眉顰めただけで寝てるよ。
どういう状況?
さっきも驚いて飛び起きそうだったが、体が重く、そうはならなかった。
体はいつもだいたい重いけど。
なんとか頑張って、白服を起こさないようにベッドから抜け出す。
途中、ちょいちょいぶつかったが、白服は起きない。
爆睡だ。
どうした?
私もどうした?
女性たちに案内されて、近くの部屋で、顔を洗ったり着替えたりした。
どうでもいいが、健康診断みたいに、部屋を左回りで顔を洗い、また数歩歩いて横にズレて髪を梳かし、とやっていった。
なんか面白かった。
でも広さが必要だから、一人暮らし向けではない。
ちなみにお手洗いは隣だそうだ。
へぇ。
そんなにたくさんの住み込み使用人さんが。
庭に面する明るい部屋に案内され、お茶を貰ってたら、食べ物がつれつれ時間差で出て来た。
お腹すいてないつもりだったので、普段なら断るが、はじめ果物を持ってこられ、説明されてるうちに食べてしまった。
臭くないドリアンみたいだった。
美味しい。
それからズルズルと食べ続けだ。
あら?
おかしいな。
かなり食べたぞ?
食べ続け、またお茶に戻った頃、主さんが来た。
やはりにこやかに。
今度こそ、完全にこうなった経緯がわからん。
「体調はいかがですか?」
なんか、寝てました。すみません。
説明してもらえるかと思ったが、なんと主さんもわからないそうだ。
そうなの?
詳しくは白服が起きるの待ちだ、と。
白服も、主さんに説明しないで寝るんだな。
「大雑把には聞いているんですか?」
他人事のように、お茶を飲みながら聞く。
すると、
「突然、お客様が危ないのだと言い、部屋に戻ったのです。見ていた者の話では、部屋から煙のように消えたのだと。
おそらくお客様が当家に出入りの際の様子と同じなのではと考えております。
すぐに今度は庭に戻ったのですが、『水の上に寝ていたから溺れる寸前だった』という説明のみで、眠ってしまいました。」
ブーッ!
お茶吹き出した。
私かい!
あれ、夢じゃなかったんかい!
目の前で吹き出されても主さんは動じない。
隅の人がプルプル笑うだけだ。
笑顔であらあら、と女性が入ってきて拭いてくれる。
「彼は今までああいった消え方、戻り方をしたことがなかったので、慣れぬ魔力の使い方で消耗し、体力を回復させるために眠っているのでは、と考えています。
そういった記述が天意抄の無題の巻にもあります。」
そうですか。
何か知らないけど、そうですか。
あの、……ごめんなさい。




