火
冷静の主さんもこの状況下で、しかも自分もさされて振り払ったのに見えない事で、やはり混乱している。
貝王様に「知りません」と言われて、言葉遣いが変わってしまったことに、もしかしたら気づいているのかもしれないけれども。
悠長に考え事をしていられない状況で、何も情報を咀嚼出来ないのかもしれない。
「島を生み出したということは、ご存知のものではないのですか」
と、再び聞いてきた。
私はご存じでしたが、透明な蚊はやっぱりご存じじゃないんです。
痒いんだ~なんて悠長に見ていた私は、ちょっと焦る。
しかし蚊を嫌がるのは、人間だけではない。
イカさん先生も、魔力で作っていた光が私にスーっと寄ってきて、
あれどうしたらいいの? 何とかならない?
と聞いてきた。
蚊取り線香?
そっちに持ってったら効くのかしら?
でも、風が吹きっさらしの海上に持って行っても、どのくらい効くのかな?
蚊取り線香を焚いて、その周辺にみんなでいる?
閉じこもって蚊取り線香を炊く?
何も思いつかない。
水で狙い撃ちするのには小さすぎるしね。
半透明だしね。
微小の魔力に反応する、スナイパーみたいなスコープ付きの水鉄砲とか?
誰が作るんだ?ソレ。
アホな事しか思いつかない。
大丈夫ですか?
そう聞いたら、元々、海上に姿を現す時には、魔力で薄く海水を纏っているのだそうだ。
お肌がカピカピになっちゃうからと。
そのお陰か、今のところ大丈夫。
そうか。
じゃあ、海水の壁は、さすがに蚊が通り抜けられないんだね。
1つ発見。
海に潜って逃れるだけだと、飛べなくなるから水を忌避してるだけにしか思えないからね。
衣服は、衣類の上から針が通り抜けてさすけどね。
貝王様、イカさん先生に、もちろん私はもう 口で喋っているので、目の前の貝王様も聞いているんだけれども、蚊取り線香の説明をする。
こっちの蚊に効くかわからないけど、向こうの蚊は多分、一応、少しは効いていた。
ただし、自分にも害が出る。
私は喉が痛くなる、と。
ちなみにこの間、これを持ってこんな風に歩いていたけど、自分はこうこう、こういう対策をしておいた上でさされなかった。
どちらの効果なのかが、わからない、と。
あと、私が知っている限りは、夜に表れる。
暗いところにいる。 涼しい場所を好む。
背景は黒い場所に行く。
と、色々伝えてみた。
それから、水のあるところでは生まれるという事も。
非常に短いサイクルで、大量に発生するという。
何で好きでもないのにこんなことに?
まあ、しょうがないね。
で、この人間たちが来たから、きっといっぱい増えるだろう、という風にも説明した。
産卵のためにメスが血を吸うのだ。
早い話が、こんだけの人間の血を吸うという事は、たくさん子孫が繁栄する、と説明。
イカ先生が怒っている。
今にも、足先で船をひっくり返したい気分のようだが、蚊にさされて狂乱の船を見ると、触りたくないみたいで足先を引っ込めた。
気持ちはわかる。
蚊取り線香の成分を真似して、魔法で拡散してみるか?と貝王様に聞いてみた。
イカ先生にも聞こうと思ったけれども、今言ったら即座に真似しそうだから。
これには結構重要な、注意事項がある。
私自身も喉が痛くなるくらいだから、もっと小さな生き物にはもっと効いてしまうのだ。
私も前にメダカがいた時には、蚊取り線香焚く時に、メダカの方に蚊取り線香が行かないように、きっちり蓋をしていた。
つまり、あんまり見えていない蚊に、一気に効くように大量に蚊取り線香を焚くという行為がもし可能だったら、陸どころか海の生き物にも影響が出るんじゃないか、ということだ。
まあ、そんな毒の霧みたいなのができたとしたら、人間の方も本気でただじゃ済まないと思うけどね。
海王様の答えはノー。
自分が、海の生き物を大量殺戮するなんてことはありえない、という内容を、やんわり言われた。
ですよね。
やらないだろうと思いました。
私もそんな死の浜は嫌だしね。
人間の遺体が浮いてそうだ。
人が嫌とはいえ、そこまで死ねとも思わない。
それに効くのであれば、この海の生き物にそれがどこまで影響してしまうかわからない。
貝王様や、イカさん先生や鬼海子さんの魔力を吸収している蚊に効くぐらいなんだから。
しかもこの蚊は魔力に抵抗があるらしい、とイカさん先生だって言っていた。
って事は貝王様の魔力を受け入れる事に、抵抗がないこの海の生き物に、そんなものやっちゃった場合の被害が凄そうだもんな。
さて、どうしたもんか。
他に蚊の対策なんて、水溜りをなくすくらいしか思いつかないのだ。
人間だったら昔、蚊よけるために一生懸命夜に蚊帳を張ったりしてたけどね。
あの人間たちが蚊帳の中に入ればいいんだし。
網はあっても蚊帳とかあんのかな?
あったとして、それで船、動けるのかしら。
そして、今すぐに対策に役立つかは謎だしね。
そういえば江戸時代の浮世絵に『蚊帳の中に入った蚊をこよりに火をつけて焼き殺す女性』っていうのがあったな。
わざわざ蚊を1匹ずつ焼いたことなんかない。
私だったら、こよりの火がすぐ手元まできて、アッチー!とかやって思わず落として、畳だの蚊帳だの布団だの燃えそうだな、ってビビった覚えがある。
そうだよね。
多分、大丈夫だよね。
「えっと、虫なんで燃えます」
何だこれ?
私、どういう宣言してるの?




