第9話 ある魔王軍偵察官の同情
勇者アレクとその仲間たちがノクタリア草原で乾いた笑いを響かせていた日の翌朝。
世界平和を脅かし、積極的に人類の敵を担っている魔王軍の幹部たちは、久方振りに現れた勇者一行を注視していた。
その中でも、勇者の現在位置ともっとも接近している拠点のリーダー・ゲシュケは勇者たちの偵察命令を魔王直々に下されて、商業都市プラナの上空を飛んでいた。
「……久し振りに勇者が任命されたって聞いてみりゃ……なンだ、アレは……あンなふざけた格好したヤツらが勇者一行……だと?」
巨体に翼、炎の鞭を携えた力強き悪鬼種のゲシュケ。その腕には偵察官として任命された際に魔王から承った腕輪がキラリと光る。
「今まで遠目で見ていただけだったが……オレらはあンなヤツらにヤられたの、か?」
ゲシュケはノクタリア草原に散っていった仲間たちを思い浮かべながら舌打ちをした。
監視業務を任されたゲシュケは、実のところ、勇者一行がノクタリア草原に出現し始めた初期からずっと、彼らを遠くの方から監視していたのである。
「マジかよ嘘だろ……アレは……アレが強者の装い……なのかァ?」
ゲシュケはくーるくるくると鳶のように旋回し、地上の勇者を観察する。
艶のある白の薄っぺらな長衣は袖があったり、なかったり。手には黒い手袋、脚には編上靴。
髪を上げ、艶のあるくちびるに、惜しげもなくさらされた素肌。
どう見たって、戦う勇者一行の姿じゃない。
「アイツら、魔王様と戦うのはヤメたのか?」
ゲシュケが困惑してしまうのも無理はない。
今、勇者たちが持っているのは剣でも杖でも鎧でもなく、ただの板切れ一枚だ。
『本日、二時から! 中央広場でお披露目★ライブ! どうか勇者にお恵みを♡』
目を引くような色使いのデザインのソレを持ち、勇者たちは懸命に道行く民に声をかけていた。
「お願いしまーす! 今日の二時から中央広場でライブステージを行いまーす!」
「どうか、どうか、憐れな僕たちにお恵みをー! チケット代は現物支給でも構いませーん!」
「駄目じゃろ、それは。……いや、それもありか。えー、宿泊チケット、割引券、金券でも受付けまーす! ご協力をお願いしまーす!」
ゲシュケには、勇者一行がなにを言わんとしているのか、まるでわからない。
魔王が言うには、勇者とは、人間の希望であるらしい。
希望であるなら、なぜ、どうして、あんな鍛え上げられた筋肉を晒すような破廉恥な格好で民に媚びねばならぬのか。
いや、百歩譲って勇者だし、財産であり力の源である金肉……もとい、筋肉を見せびらかすのは、よしとしよう。
けれど、けれどである。
これはあんまりでは? と、ゲシュケは敵であるはずの勇者一行に同情した。
(人間はなんて酷いンだ。自分たちの希望に、あんな貧相で破廉恥な防御力皆無な格好をさせやがって……。オレは魔王様に仕えていてよかった。魔王様、なンか綺麗な腕輪もくれるしな……)
しかしである。
「お願いしまーす! 俺たちの|歌と踊り《ヴォーカル&パフォーマンス》を……一度でいいので見てくださーい!」
「一度と言わず、二度、三度とお願いしまーす!」
と、汗をかきながら必死になっている勇者とその仲間たちの身の内には、磨き上げられた魔力と膂力が秘められているのを、ゲシュケは見逃さなかった。
「……アイツら、力が洗練されてきている……ノクタリア草原に初めて出現したときよりも、もっと……もっと」
まさかあの衣装に仕掛けがあンのか? だなんて、斜め上な思考展開をしはじめたゲシュケが、クククと笑う。
「……ふ。面白いじゃねェか! それならこっちも準備しねぇとなァ!」
ゲシュケの燃える瞳は、まるでなにかに魅了されたように赤く爛々と輝いていた。
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