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ちょっと転んだだけなのに  作者: 凪司工房
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 転院という経験は初めてだった。まあ、そんな経験あまりしたくないものである。

 病院の駐車場で待機していて、救急車に移し替え、目的の病院まで運ぶ。その前に退院手続きを済ませ、向こうに行ってからは転院手続きを行うことになる。救急車が出たらその後に付いていって下さいと言われたが、果たしてその速度を後追い出来るものだろうか。車の運転にはあまり自信がない。そもそも多くの人はよくあの危ない乗り物を平気で運転しているものだ、と日頃から思っている。あまりにも他人の自己判断、技術、注意、気遣いに頼りすぎたシステムだからだ。事故が起こらないはずがない。

 

 しかしいくら待っても父を乗せたストレッチャーは降りてこない。ようやく姿を見せたが、父を運ぶのに六人か七人がかりだった。沢山の機械も一緒に運ぶ必要があったからだ。

 私たちは救急車に無事に乗せられるのを見ることなく出発することとなった。

 

 知らない道、ほとんど使わない高速道路、更に未踏の町の知らない病院。

 道中は交代で運転をし、非運転時には少し眠った。

 幸い、高速道路は降りるところを間違えなければほぼ一本道だったし、降りた後もそれほど走らなくていい。そう地図で確認をしていたが、なかなか現実とは上手くいかないものである。高速を降りた後で病院までの道のりを、方角こそ合っていたが曲がるところを間違えてしまい、少し時間をロスしている間に、私たちよりも遅く出たはずの救急車は先に病院へと到着してしまっていた。

 

 その記念病院は地元のそれと異なり、大きく綺麗なところだった。広い玄関ロビーには沢山の人とスタッフがいて、一体どこに行けばいいのか分からない。色々聞いて、何とか手続きを済ませる。

 やはりここでもコロナ禍ということで、原則は一人しか集中治療室の方に上がれなかったが、特別に家族二人、上がらせてもらった。

 廊下脇の待機所のソファに座り、担当の医師が出てくるのを待つ。既に私も母も疲労の色が濃かったが、それでもどうなるのか分からないのでへたる訳にはいかない。

 看護師らしき女性のスタッフが出てきて、書類などの手続きを説明してくれる。後から考えるとあれは看護スタッフではなく、社会福祉士などのソーシャルワーカーだったのかも知れない。色々と私たちを気遣ってくれていた。

 

 もう昼は過ぎていただろう。心臓外科医の先生が出てきて、にこやかに話をしてくれた。

 前の病院では出来なかったが、設備があるのでこちらでは心臓カテーテル治療が出来そうだ、という見立てらしい。父は高齢で、可能ならバイパス手術で胸を開くようなことはしたくない。ただバイパス手術をした方が後が楽だとは聞いたことがあったので、少し迷ったが、体力的なことを考え、カテーテル治療をお願いした。

 それから準備があり、手術後の入院の手続きがあり、更に私たちは待つことになる。おそらく手術は夕方からになるだろうと言われていて、このまま泊まる訳にもいかず、帰ることになると分かっていたが、手術時間が決まって移動時にちらっとでも姿を見て声を掛けてあげて下さいということだったので、待っていた。

 

 予想よりも早く、それでも四時前くらいだった。廊下をストレッチャーで運ばれていく父は、沢山の機械を付けたまま眠ったままで、それでも「がんばれ」と声を掛けた。

 

 父が手術室に運ばれていくのを見届けると、私たちは一旦病院を後にする。

 帰り道は一度走ったとはいえ、疲れた中での運転は何とも長く感じた。

 高速道路だけでも二時間ほど、それから自宅まで更に掛かる。全行程でざっと三時間程度。あまり車が得意でない私は疲れ切っていた。

 

 帰宅するとすっかり暗くなっていて、それでほどなく病院から電話が掛かってきた。手術は無事に成功したと。確かその時にはもう目覚めて元気だと言われたと思う。電話越しに声も聞かせてくれると言って受話器に耳を当てたが、声を出す力なんてないのか、かすかすでよく聞こえない。それでも助かったという思いがあり「良かった」と家族それぞれで言い合った。

 

 しかしその数日後、意外なことが発覚する。

 父の声帯は麻痺していた。それも両側ともだった。


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