第9話 あのお方は
コーディーはタロイとジロイとともにチョコレートをもって王宮に出向いた。そして大勢の家来が立ち並ぶ謁見場でデーマ王の前に出た。コーディーはチョコレートの入った箱を捧げた。それをスマト大臣がデーマ王の元に恭しく運んだ。
「マーサ工房のリーマーの娘、コーディーが作った新しきチョコレートでございます。」
「新しいチョコレートができたそうだな。」
玉座に座ったデーマ王はコーディーに声をかけた。コーディーは静かに頭を下げた。
「このコーディーは女の身でありながら、父親のリーマーの反対にもめげず遠き国で修行して戻ってまいりました。そこに伝わるチョコレートをさらに改良して仕上げたそうでございます。」
「おう、そうか。それは大儀。早う見せてくれい。」
スマト大臣は箱を開けて、デーマ王の前に捧げて差し上げた。
「ほう、これは!」
デーマ王は驚嘆した。それは今まで見たことがない、純白のチョコレートが輝いていていた。スマト大臣が説明した。
「ホワイトチョコレートでございます。こう見えますが、れっきとしたチョコレートでございます。」
「そうか。それは珍しい。では味を見るぞ。」
デーマ王はホワイトチョコレートを手に取って口に入れた。するとその顔がすぐにほころんだ。
「うまい! うまいぞ! 口の中でさらりと溶け、芳醇な甘みと香りが広がる・・・これは素晴らしい。これならハークレイ法師様も驚かれるに違いない。よくこのような素晴らしいチョコレートを作ってくれた。礼を言うぞ。」
デーマ王は感嘆の声を上げた。
「恐れ入ります。」
コーディーは頭を下げた。
「このチョコレートは元々、コーディーが呆けたリーマーのために心を込めて作ったもの、それでリーマーを目覚めさせたと聞いております。それに今日のチョコレートはこれなるタロイ、ジロイの兄たちも手伝ったとか。この3人が力を合わせて作ったものでございます。」
スマト大臣がそう説明すると、デーマ王はそれに感銘を受けたようだった。
「なるほど。だからこれほど心を揺さぶるのか・・・。この3人がマーサ工房におれば我が国のチョコレートも安泰じゃな。これからも頼むぞ。この国のために尽くしてくれい。」
「もったいないお言葉でございます。身に余る光栄に存じます。」
コーディーたちは深く頭を下げた。デーマ王はコーディーに尋ねた。
「ところでこの新しいチョコレートに何と名をつけた?」
「白雪と名付けました。」
コーディーが顔を上げてそう答えた。デーマ王はうなずいた。
「白雪とな。なるほどそれにふさわしい名じゃ。うむ・・・箱書きが書いてある。」
デーマ王は箱の蓋に文字が書かれているのに気付いた。
『白雪の 甘きくちどけ 笑顔呼ぶ』
「なるほどそうよな。これを食べてそのうまさと甘さに笑顔になったぞ。」
デーマ王は楽しげにそう言った。そしてその箱書きの署名をふと見た。
「ややっ! これは!」
デーマ王は目を見開いて、思わず大きな声を上げた。
「いかがなさいました?」
スマト大臣がデーマ王の様子に驚いて声をかけた。だがデーマ王はそれに答えようともせず、コーディーに向かって慌てて尋ねた。
「これを書かれたのはどんなお方だ?」
「白髪で白髭のご老人でした。なんでも旅の方術師という・・・」
コーディーはデーマ王の慌てぶりを不思議に思いながら答えた。それを聞いてデーマ王は思わず大声を上げた。
「そうか! 間違いない。そのお方は稀代の方術師、ハークレイ法師様じゃ!」
「なんですと!」
スマト大臣をはじめ居並ぶ家来たちは驚きの声を上げた。
「あのお方がハークレイ法師様!」
タロイとジロイも驚いて顔を見合わせた。もちろんコーディーも驚きのあまり、胸を押さえていた。デーマ王が身を乗り出してコーディーに尋ねた。
「ここにお迎えせねばならぬ。今はどこにおられるのだ?」
「それが・・・。今朝、また旅に出られました。」
コーディーは答えた。それを聞いてデーマ王は慌てていた。
「何と! それでは早くせねば・・・」
デーマ王は立ち上がると、驚いている家来たちに向かって命じた。
「何をしているのじゃ。さっさとお探し申せ! そしてここにお連れするのだ! 急げ!」
家来たちは慌ててその場から出て行った。その慌ただしい中でコーディーは、
(ハークレイ法師様。ありがとうございます。壊れていた家族の絆を取り戻すことができました。この御恩は一生忘れません。)
と心の中でお礼を言っていた。
街道ではハークレイ法師が愉快そうに歩いていた。
「今頃、王宮は慌てておるであろうよ。デーマ王は儂を驚かそうと新しいチョコレートを作り出そうとしたが、逆に儂が驚かしてしてやったわい。はっはっは。」
ハークレイ法師は笑っていると後方から声が聞こえてきた。
「ハークレイ法師様! 法師様!」
それは彼を探すデーマ王の家来の声だった。
「こりゃ、いかん! 見つかったら王宮に連れていかれる。あそこは窮屈でたまらんからな。」
ハークレイ法師は姿を消した。
白雪という名のホワイトチョコレート、これが多くの人に笑顔を運び、そしてコーディーたち家族にも笑顔をもたらした。ハークレイ法師も笑顔で旅を続けるのであった。