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第7話 3種類のチョコレート

 次の日の午後、スマト大臣の屋敷にタロイとジロイが工房の職人を連れて来ていた。それは新しいチョコレートをスマト大臣に審査をしてもらうためだった。これで優れた方が王様に献上されるということで両陣営は気合が入っていた。

お互いにあいさつどころか、目を合わそうともせず、スマト大臣の前に進み出た。


「こちらが試作したチョコレートです。」


2人はそれぞれ小さな箱を差し出した。


「うむ。ご苦労であった。それではまずはタロイの方から。」


スマト大臣がタロイの箱を開けると黒いチョコレートが入っていた。それは箱の中で鈍く光を放っていた。


「私はビターチョコレートを作りました。カカオ豆特有の苦みを利かして香ばしく仕上げました。これなら王様にご満足いただけるのでは。」


タロイは自信あり気に言った。スマト大臣はそのチョコレートを口に入れた。


「うまいぞ。確かに苦みを利かした味じゃ。」


スマト大臣はうなずいて言った。その言葉にタロイはニヤリと笑った。


「次はジロイじゃ。」


スマト大臣はジロイの箱を開けてみた。そこには薄い茶色のチョコレートが入っていた。それは明るい光を放っていた。


「私はミルクチョコレートを作りました。濃厚なクリーミーな味わいがあると思います。私の方が王様の望まれる新しいチョコレートかと存じます。」


ジロイは自信を持って言った。スマト大臣はそのチョコレートを口に入れた。


「うむ。これもうまい。このクリーミーな舌触りは格別じゃ。」

「どうでございましょう。私の方が優れているのではございませんか?」


ジロイがスマト大臣に言った。だがタロイも負けずに行った。


「いえ、ジロイのはただ甘く仕上げただけ。素材を生かした私の方が素晴らしいのではないでしょうか?」


「うむ・・・」


スマト大臣は考え込んだ。全くタイプの違うチョコレートの優劣をつけることは難しかった。タロイのもジロイのも素晴らしいことに間違いはなかった。だが彼はこの2つのチョコレートのいずれにも何か引っかかるものを感じていた。それは何か・・・。

その時、家来が出てきて、


「大臣様。表にマーサ工房の者が火急の用件で参っておりますが。」


とスマト大臣の耳に入れた。


「マーサ工房だと。そこの主人は寝込んでいるということだが。」

「そこの代理の者が参りました。マーサ工房の者が急ぎ、大臣のお耳に入れたいことがあると・・・」

「うむ。そうか。まあ、よい。この場で聞こう。ここに連れてまいれ。」


スマト大臣はその者を呼ぶように家来に言った。

しばらくして白髪の白いひげの老人が小さな箱をもって入ってきた。そのいで立ちは上品で優雅で言い知れぬ威厳を放っていた。


「あのじじいだ!」


アニーやオットー、そして職人たちも騒ぎ出した。


「何事だ! 大臣様の御前である。静かにせんか!」

「審査の場だぞ!」


タロイとジロイが自分のところの職人を叱った。だが職人たちは、


「先日喧嘩をしていた時、あいつが俺たちに手荒なことをしたやつの仲間です。」

「そうだ。あいつに間違いない!」


と口々に言った。老人はその声に構わず、スマト大臣の前に出て言った。


「これは失礼します。マーサ工房の使いの者です。」


マーサ工房と聞いてタロイとジロイが老人に不審な目を向けた。


(このような者、元々マーサ工房にいなかった。それにうちの職人を痛めつけて・・・一体何者だ?)


スマト大臣が尋ねた。


「火急の要件というのは何じゃ?」

「はい。我がマーサ工房の職人が新しいチョコレートを作りました。王様が新しいチョコレートを求めているのをお聞きしまして持って参りました。」


老人が答えた。するとタロイとジロイが声を上げた。


「恐れながら父のマーサ工房にあのような者はいなかったはず。」

「職人も残っていないあの工房からチョコレートとはおかしな話でございます。」


その声にスマト大臣はうなずいた。だが老人は、


「私はただの使いの者でございます。新しく入った職人が素晴らしいチョコレレートを作りましたので、大臣様に味を見ていただきたいと思いまして。」


と言い張った。それに対してスマト大臣が尋ねた。


「それにしても火急の要件とはどうじゃ? 急ぎとは思えぬが。」

「いえ、このチョコレートを食べずして、王様に献上するチョコレートが決まってしまえば一大事。それゆえこうして慌ててお持ちしたのでございます。」


老人の答えにタロイやジロイ、そしてその職人たちが目を剥いた。


「我らのチョコレートよりよいものを作ったとでもいうのか!」

「我らが持参したチョコレートはそんじょそこらのものとは違う。工夫を重ね作り上げた物なんだぞ!」


皆が口々に言ったが、老人はニコニコと微笑を浮かべていた。


「それならば一つ食していただきますかな? 論より証拠と申します。」


老人は持参した箱を前に置き、その蓋を取った。すると中には真っ白な輝きを持つ小さな四角いものが並べられていた。


「なんじゃ? これは。」


見慣れないものにスマト大臣は声を上げた。


「ホワイトチョコレートでございます。世にも珍しく、製法を伝え聞いた我が工房の職人が苦労して作り上げた物でございます。」


老人はそう答えた。するとタロイとジロイがスマト大臣に言った。


「お止めください。そんなものを口にする必要はありませぬ。」

「このような面妖なもの。チョコレートとは言えませぬ。」


だが老人はそれに負けず言い返した。


「それはどうですかな? このお二人には負けぬと思いますが。」

「なに!」


タロイやジロイたちは怒って腰を浮かした。彼らは今にも老人を取り押さえようとしていた。スマト大臣はそれを手で制した。


「まあ、待て! それほどまで言うのなら試してやろう。だがここにいるタロイとジロイが素晴らしきチョコレートを持ってきてくれたのだ。お前が持ってきたのはそれを越えられるのか?」

「いやいや、そうおっしゃられずにぜひお試しください。それでは私がまず食してみましょう。それではごめん!」


老人は箱の中の白いチョコレートを口に入れた。するとその顔に笑顔が浮かんだ。


「ああ、うまい。素晴らしいチョコレートでございます。さあ、大臣様も。」

「そ、そうか・・・」


スマト大臣は興味を惹かれ、勧められるがままに恐る恐るその白いチョコレートを口に入れた。すると、


「あっ!」


と驚きの声が漏らし、それから声を出せなかった。その様子を老人は笑顔でじっと見ていた。しかしあまりにもスマト大臣の様子がおかしかったので、


「大臣様におかしなものを差し上げたのだな!」


家来が声を上げて立ち上がろうとした。


「いや、待て!」


スマト大臣がやっと言葉を発した。その表情は笑顔になっていた。


「これは素晴らしい。この芳醇な甘さ、くちどけ、いずれをとっても今までのチョコレートを越えておる。」


スマト大臣が驚いた口調で言った。タロイやジロイたちは信じられなかった。


「そんなことはないはずです! こんなものが!」

「そうか。それならば自分の舌で確かめてみるがよい。」


老人がそう言うと、タロイやジロイたちはすぐにその白いチョコレートを口に入れた。


「そんなはずは・・・」


タロイとジロイはまだ信じられないというふうに呆然としていた。それは他の職人たちも同じだった。そしてその顔は少しずつほころんできていた。


「そうであろう。このホワイトチョコレートには作った者の心が込められておる。お二人の様にお互いに勝とうとする争う心など微塵もない。これはある者への思い入れが込められておる。それがこのやさしき味となっているのであろう。このホワイトチョコレートを作った職人は血のにじむような修行を重ねてきた者だ。その者が心を込めて作ったのだ。」


老人はそう言った。タロイとジロイはその言葉に打ちのめされたような気がした。自分たちの作ったチョコレートは醜い争いの味が残る。それに比べ、この白いチョコレートの純粋な味・・・それこそ自分たちが追い求めてきたものではなかったかと・・・。


「一体誰が?」


タロイとジロイがつぶやいた。マーサ工房にそのような者がいるとは・・・。


「その者に興味がありますかな? それではその職人を連れてくるとしよう。」


老人は一旦、その場を下がってその職人を連れてきた。



「このチョコレートはこの職人が作ったものです。」


老人は言った。そこにはコーディーが立っていた。タロイとジロイは彼女を見て驚いた。


「コーディー! コーディーではないか!」

「タロイ兄さん。ジロイ兄さん。ごめんなさい。家を勝手に飛び出して。」


コーディーは頭を下げた、タロイとジロイはコーディーのそばに寄ってその手を取った。


「よく帰ってきてくれた!」

「もうお前に会えないんじゃないかと思っていた!」


その言葉にコーディーは顔を上げた。


「久しぶりに家に帰ったら、お父様はあのようになってしまっていて・・・」

「そうだ。親父はお前にひどいことを言ったのを本当に悔いていた。だからお前がいなくなってから親父はおかしくなった。俺たちじゃ、どうにもできなかった。」

「しかも俺たちは親父を放っておいて争ってばかりいた・・・」


タロイとジロイがすまなそうに言った。コーディーは2人に言った。


「でもお父様は元に戻ったのよ。私のチョコレートを食べてくれて!」

「本当か? 本当なのか?」

「親父は大丈夫なのか?」


そう尋ねるタロイとジロイに対してコーディーは大きくうなずいた。


「ええ、もう大丈夫よ。」


それを聞いてタロイとジロイはうれしさで涙をにじませた。


「お前の作ったチョコレートを食べた。素晴らしかった。俺たちのチョコレートには味に棘がある。だがお前のチョコレートの優しさにあふれている。誰をも笑顔にする。」

「ああ、そうだ。このチョコレートの輝くような白さもお前の純粋な濁りのない心が生み出しているのだろう。お前のには敵わない。」


タロイとジロイはそうコーディーに言うと、スマト大臣の方に向き直った。


「大臣様。王様にはコーディーが作ったこのホワイトチョコレートを献上していただきますように。」

「私からもお願いします。このチョコレートこそが王様に献上するのにふさわしいと思います。」


タロイとジロイはそうスマト大臣に言った。


「兄さん・・・」


コーディーは涙があふれてきて声にならなかった。そのコーディーをタロイとジロイがそばに寄ってそっと抱きしめた。そしてこう言った。


「これから親父のところで一緒に行こう。そこでみんなでやり直そう。」

「ああ、マーサ工房を3人で立て直すんだ。」


スマト大臣はその3人の姿を見て感動を覚えていた。彼はもらい涙を拭きつつ、こう言った。


「うむ。素晴らしき兄弟愛よ。思いの詰まったこの白いチョコレートこそ誰をも感動させるであろう。ではあらためて明日王宮に、王様に献上するチョコレートを持ってくるがよい。」

「はい、必ず。」


コーディーは涙を拭いて答えた。タロイとジロイも大きくうなずいた。3人が仲良く並ぶ姿を老人は目を細めて笑顔で見ていた。


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