第5話 それぞれの思い
タロイの工房ではチョコレート作りに躍起になっていた。そこには様々な種類のチョコレートが並んでいた。どれもこれも素晴らしい出来だった。
「ジロイの奴に負けるものか! きっと素晴らしいチョコレートを作って王様に褒めていただくのだ!」
タロイは職人たちに声をかけた。
「わかっておりますよ。それに今、試作しているのはもっと素晴らしいもので。」
アニーは意味ありげに言った。するとタロイは目を輝かした。
「するといよいよあれができるのか?」
「へい。タロイ旦那が書物を見て試作したものを、さらに改良しました。」
「それはいつできる?」
「とっておきの材料を取り寄せていますので、それが来たらできます。この普通の材料でも素晴らしいのに、その材料を使えば並ぶものはないほどと思います。」
アニーは自信満々に答えた。
一方、ジロイの工房でも職人たちが熱心に働いていた。そこでもやはり多くのチョコレートが並んでいた。職人たちが工夫を凝らして様々なチョコレートを作っていた。
「いいか! とびっきりのを作るんだ! タロイの奴にもう大きな顔をさせねえ!」
ジロイは職人たちに声をかけながら大きな容器を抱えてきた。オットーが尋ねた
「ジロイ旦那。それは?」
「いいものだ。これでチョコレートは劇的に変わる!」
オットーはうれしくてたまらないようだった。彼は素晴らしくて新しいチョコレートの手がかりをつかんだようだった。
「これをたくさん、混ぜるんだ!」
「へい!」
オットーをはじめ職人たちは一生懸命に混ぜた。チョコレートは優しい色に変わり、いい匂いも漂った。
「これなら勝てる! 見ていろ! タロイ!」
ジロイは自信ありげに笑った。
コーディーはリーマーが寝たのを見届けて部屋を出た。そしてふと工房の方に足を向けた。そこはかつて多くの職人がチョコレート作りに一生懸命に取り組み、明るい顔をして仕事をしていた。それにできたチョコレートを試食する時は、皆、幸せそうな顔をしていた。そしてその中心には名人と言われた父のリーマーがいた。いつも厳しい顔をしていたが、時折、優しく明るい笑顔を見せていた。あの頃はこの工房にはあふれるほどの活気があった。
だが今はがらんとして寂しいありさまになっていた。ここでチョコレートを作る者はもういない。そう思うとコーディーの心に悲しい気持ちがあふれて涙がこぼれそうになった。
「どうしたのですかな?」
そこに老人が現れ、コーディーに声をかけた。コーディーは振り返ると、
「いえ・・・昔のことを考えていたものですから・・・」
と顔をうつむいたまま答えた。老人にはコーディーの心が痛んでいるように見えた。
「ずっとお父様のそばに付き添っておられてお疲れではないですかな?」
「いいえ。父の姿を見ていたら・・・。私にためにこうなったと思うとこうでもしなければ気が済みません。」
コーディーはそう言った。彼女顔はやつれて、その目の下には隈ができていた。
「話はナギノさんから聞きました。しかしあまり自分を責めてはいけませんぞ。」
老人はそう言ったが、コーディーは首を横に振った。
「いえ、私が悪いのです。父の言いつけに背いて修行に出たものですから・・・。父は呆けてしまい、兄たちは仲違いし、家族はバラバラになってしましました。それにこの工房はこんなになってしまって・・・」
コーディーは悲しそうに言った。老人はやさしく励ますように言った。
「よいかな。コーディーさん。あなたの心はいつかきっと天に届く。また家族が集まって仲良く暮らせる日が来ましょう。コーディーさん。気を強く持つのじゃ。」
「はい・・・」
コーディーの返事は心なしか小さかった。老人は何とかしてやりたいと思っていた。そのためには・・・。
「お父様がよくなられれば変わってもきましょう。あなたが献身的に世話をなされているがお父様の心には届いておらぬ。何かお父様の心に響くものがあれば・・・」
老人は頭をひねった。そしてしばらくして、
「そうじゃ。あなたはチョコレート作りの修行をしてこられた。あなたが丹精込めてチョコレートを作るのじゃ。その思いはもしかしたらお父様に通じるかもしれぬ。」
その言葉にコーディーは目を輝かした。
「やってみます。必ず父の心に響くチョコレートを作ります。」ときっぱりと言った。