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第4話 5年前の出来事

 コーディーはずっとリーマーに付き添っていた。そして一日中、献身的に世話をしていた。だが老人が診るところ、リーマーの様子は変わったように見えなかった。相変わらず、一日中ぼんやりとしてベッドに座っていた。

 老人が診察を終えて別室にいると、そこにナギノがお茶を持ってきた。


「お疲れでございましょう。」

「いや。大丈夫です。しかしあのお嬢さんの御様子、ただならぬ事情があると思いました。よかったら仔細を話して下さらんか? 治療に何か役に立つかもしれません。」


老人は言った。彼はコーディーの必死な様子は何か父のリーマーに対して後ろめたさがあるように感じていた。


「それでございましたら・・・実は・・・」


ナギノは話し始めた。


「ここマーサ工房は、かつてはチョコレート作りで有名で、多くの職人でにぎわっていました。それも旦那様がチョコレート作りの名人で、その腕はこの国で1,2を取るほどのところでした。そしてコーディー様の双子のお兄さまのタロイ様、ジロイ様も腕のいいチョコレート作りの職人で、マーサ工房の未来は明るいと思っておりました。

 ところが5年前、あることがきっかけでこのようなことになってしまったのでございます。


       ――――――――――――――――――――――


その日、リーマーは部屋で新しいチョコレートについて書物で調べていた。その時、


「お父様。お話があります。」

「おお、コーディーか。お入り。」


とコーディーが部屋に入ってきた。いつもは笑顔を向けてくる娘が今日は違って真剣な顔をしており、リーマーは何事かと身構えた。コーディーが言った。


「将来について相談があります。」

「お前の将来については考えている。心配せずともよい。よい相手を見つけて結婚させよう。」

「いえ、そうではないのです。」

「ん? さては好きな男でもできたか?」

「いえ、違うのです。そういう事ではないのです。」

「では、何なんだ?」


リーマーは尋ねた。コーディーは言いにくそうにしていたが、やがて意を決して話し始めた。


「私もチョコレート職人になりたいのです。」

「何だと! お前が・・・」


リーマーは驚いた。そんなことも考えたこともなかった。自分の後はタロイやジロイが継ぐ。かわいいコーディ―には職人の苦労せずに、家庭を作って幸せになって欲しいと思っていた。


「いかん! この世界は厳しいのだ。お前が考える以上に・・・。」

「それでもやりたいのです。お願いします。」


リーマーが反対してもコーディーは必死に頼み込んだ。


「ダメだ! ダメだ! お前は普通に結婚して幸せになるのだ!」

「いえ、私もお父様のようなチョコレートの職人になりたいのです。」

「親の言うことが聞けないのか!」

「こればかりは反対されても譲れません!」

「何だと!」


リーマーの声は怒りのあまり大きくなった。その騒ぎにナギノやタロイやジロイもリーマーの部屋に集まってきた。彼らはリーマーとコーディーのやり取りを聞いていて、このままでは仲たがいになると思った。まずナギノが声をかけた。


「まあ、まあ、旦那様もお嬢様も落ち着いてください。」

「儂は落ち着いておる。コーディーがとんでもないことを言い出すからだ。許すことはできん!」

「いいえ、どうして私がチョコレートの職人になることがいけないのですか!」


リーマーもコーディーも頑固で意志を曲げようとしなかった。


「親父! コーディーももう18だ。よく考えてそうしたいと思っているんだろう。」

「そうだ。親父の仕事を見てやりたくなったんだ。俺たちと同じじゃないか。」


タロイもジロイも何とか、リーマーを説得しようとしたが、それがかえって彼の怒りを大きくしたようだった。


「お前たちまで・・・。職人がどれほど厳しいか、お前たちにもわかっているだろう! そんなに妹に辛い思いをさせたいのか!」


そのリーマーの迫力にタロイもジロイも何も言えなくなった。それでもコーディーは引き下がろうとしなかった。


「お父様が反対されても、私はこの仕事をするつもりです!」

「だったら、出ていけ!」


リーマーは怒りのあまり、コーディーにそう言ってしまった。一番かわいがっていた娘であるのに・・・。


「旦那様! おやめください!」

「親父、なんてことを言うんだ!」

「コーディーがかわいそうだろ!」


ナギノとタロイとジロイが声を上げた。しかしリーマーのその言葉でコーディーは意地になっていた。


「わかりました。この家を出て行きます。きっと立派なチョコレートの職人になって見せます!」

「好きにすればいい。勘当だ! もうお前は娘でも何でもない! 顔も見たくない!」


リーマーはそう言ったきり、横を向いた。コーディーも何も言わず、その部屋を出て行った。そしてしばらくして身の回りの物を持って家を飛び出して行った。ナギノもタロイもジロイも止められなかった・・・


      ―――――――――――――――――――――


「・・・というわけでございます。コーディー様はチョコレート作りの名人と称される旦那様を深く尊敬しておられたのです。だからご自分も同じ道を歩みたかったのでしょう。しかし旦那様は猛反対されました。かわいがっていた末娘のコーディー様を自分の手元において、ゆくゆくは幸せな結婚をさせようと考えておられたのです。厳しい職人の世界に放り込んで苦労をさせたくなかったのです。しかしいくら旦那様が説得されてもコーディー様の意志は変わらず、勘当となって家を出てしまわれたのです。」


ナギノの話を老人はうなずきながら聞いていた。


「それでご主人の様子がおかしくなったわけですな。」

「はい。コーディー様が出て行かれて以来、旦那様は気をお落としになり、ついにあのような状態になってしまいました。それもそうでしょう。あれほど愛していた娘に愛想をつかされたと思ったのですから・・・。口には出さいませんでしたが、旦那様は深く後悔されていました。お嬢様も同じチョコレート職人にしていたならと・・・。」


ナギノは悲しそうだった。


「そうだったのですか・・・。ところでタロイさんとジロイさんは? ここにおられないようですが。」

「お2人はそれぞれ独立してタロイ工房、ジロイ工房としてチョコレートを作っておいでです。」


タロイ工房とジロイ工房、それは大通りで喧嘩をしていた職人たちの工房だったことを老人は思い出した。


「ところでタロイ工房とジロイ工房の職人たちが町で喧嘩をしておりましたが・・・。ご兄弟も仲違いをされているのですか?」


老人がそう尋ねるとナギノは言いにくそうに答えた。


「旦那様があのようになってからこのマーサ工房はタロイ様とジロイ様が取り仕切るようになりました。しかしお二人は競い合うことが多く、そのため仲が悪くなってしまいました。そしてついに大喧嘩をして2人ともこの工房を飛び出してしまいました。旦那様があのような状態なのに・・・。そして今はそれぞれが自分の工房ということになっております。」

「ではここにはだれも?」


ナギノは目を伏せてうなずいた。


「ええ、タロイ様もジロイ様もおらず、旦那様もあの状態で、このマーサ工房はそれから職人が1人辞め、2人辞めというようになり、ついにはこの私1人になりました。タロイ様もジロイ様もご自分たちのことだけで頭がいっぱいのようで、ここにお見えにもなりません。コーディー様が帰られたこともお伝え出来ない程で・・・。私はあのような旦那様を放っておくこともできず、工房が閉じてもここにいるわけでございます。」

「そうでしたか。それは大変だったでしょう。」

「いえ、私などは・・・。しかし残された旦那様が不憫でして。コーディー様ばかりか、タロイ様やジロイ様に出て行かれてしまって・・・。それに折角、コーディー様が戻って来られたのに、あのご様子。旦那様のことを思うと胸が痛みます。」


老人はナギノの言葉にうなずきながら、奥の部屋を見ながら言った。


「それはコーディーさんが一番感じているのでしょう。それでコーディーさんはあのように・・・。」

「多分、責任を感じておられるんでしょう。」


ナギノはため息をついてそう言った。

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