第1話 チョコレートの職人コーディー
カーギ国はチョコレートで有名なところである。かつて稀代の方術師のハークレイ法師がチョコレートの製法をこの国の職人に伝えたことから、チョコレート作りが盛んになった。
この国の王、デーマ王もチョコレートが大好物であり、今日も各工房から取り寄せたチョコレートを試食していた。スマト大臣がお尋ねした。
「いかがでございましょうか?」
「うむ。申し分ない。我が国のチョコレートは随一じゃ。しかし・・・」
デーマ王は少し不満があった。それにスマト大臣が気付いた。
「なんでございましょうか?」
「これらのチョコレートは申し分ない。しかし新しさに欠けるのだ。これらはハークレイ法師様から伝えられたもの。各工房が工夫を凝らしたとはいえ、やはりそこからは抜けられぬ。」
「確かにそうではございますが・・・これ以上のものはと言うと。」
スマト大臣は困ったように首をひねった。ここにあるのはこの国で名人と呼ばれた者たちが腕によりをかけて作った物だ。どうすれば王様の気にいるものができるかと。
デーマ王も考えて、やがてひらめいた。
「各工房に命じて新しいチョコレートを作らせよ。皆が驚くようなのを。」
「競わせるのでございますな?」
スマト大臣が身を乗り出した。デーマ王は大きくうなずいた。
「そうじゃ。それなら今まで以上に優れたものができよう。うむ・・・。またハークレイ法師様がこの地を訪れなさるかもしれぬ。その時に我が国が作ったチョコレートで驚かせたてまつるのだ。」
「うわさでは近く、ハークレイ法師様がこの国を通られるとか。すぐに準備いたしましょう。」
「それがよい。それがよい。」
デーマ王は頭に浮かんだその光景を楽しむかのようにそう言った。
街道の道端に母と子の2人が座り込んでいた。その2人の顔には明らかに疲れの色が浮かんでいた。
「どうなされたのかな?」
そこに一人の旅の老人がやさしく声をかけた。その老人は手入れされていない白髪と白いひげを生やしていた。
「いえ、どうも・・・。2つ向こうのトニー町に行くのに、この子が疲れてしまって歩けないというので。」
母親はため息をついた。早く行かねば日暮れまでにそこにつけない。だがその子供はかなり疲れて元気がなかった。一日中、歩いてきたようだ。
「そうでしたか。 確かに子供の足では辛いであろう。トニー町までかなりある。」
「どうしたらいいかと思って・・・」
歩こうとしない子供を前に母親は困っていた。その時、後ろから、
「どうかされたのですか?」
と声をかける者がいた。それは旅の若い女性だった。彼女は背中に大きな荷物を背負っていた。老人が訳を話した。
「・・・ということで子供さんが疲れてしまって歩けないようです。」
「それはいけませんね。」
その若い女性は背中の荷物を下ろして中から小さな箱を取り出した。
「さあ、これを。」
女性は微笑みながら箱を開けて差し出した。そこには褐色の小さな塊がいくつか入っていた。
「私が作ったチョコレートよ。食べてみて。」
「ありがとう。」
その女性の勧めたチョコレートを子供は一つ取って口に入れた。
「あ、おいしい! すごくおいしい!」
子供は笑顔になり、目を輝かせて言った。疲れなど吹き飛んだようだった。
「そうでしょう! これで元気が出るわね。あなたにも。さあ、どうぞ。」
女性は母親と老人にもチョコレートを勧めた。
「まあ、本当においしいわ。」
母親も笑顔になった。老人もチョコレートを口に入れた。すると芳醇な香りと濃厚な味わいが口に広がった。
「うむ。これはすばらしい。これはあなたが作りなさったのか?」
老人も顔をほころばして尋ねた。チョコレートを褒められて、その女性は嬉しそうに答えた。
「はい。私はチョコレート作りの職人なんです。コーディーといいます。今まで別の国でチョコレートの技法を学びました。まだ駆け出しですが、喜んで食べていただいて自信がつきました。」
よく見ればその女性は遠くから旅をしてきたように見えた。
「私はライリーと申します。ところであなたも旅の途中のようじゃな。どこへ行かれるのかな?」
「この先のクオン町に用がありまして。では先を急ぎますので失礼します。」
コーディーは頭を下げてそのまま道を歩いて行った。
一方、チョコレートを食べた子供はすっかり元気を取り戻したようだった。子供はさっと立ち上がった。
「母さん。元気が出たよ。もう歩けそうだ。」
「それはよかった。」
母親は喜んだ。これでトニー町まで行けると・・・。その様子を見ながら老人はつぶやいた。
「あのコーディーといわれた若い女性、なかなかの腕前だった。そうじゃ。この国はチョコレートで有名であった。それは楽しみじゃな・・・」