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9話 策謀【ロン視点】

 床には、失神したトド隊長が転がっている。


 さて、これからが勝負だな。

 うまくことが運んでくれるといいのだけど。


 僕はリンに剣を突きつけられている副隊長の女性騎士を見る。


「リン、彼女を放してあげてくれ」


 リンはうなずいて、首もとの剣を引く。


 女性騎士はまだ状況を飲み込めないらしく、驚きで半開きに開いた口を閉じることもできていない。


「ティラ、久しぶり」と僕は彼女に言う。


 彼女はしばらく僕の顔を見つめたあと、ようやく声をだす。


「どういうつもりだ。ロン」


「どういうつもりと言われても、ちょっと説明は難しいのだけど。

 成り行きで、こうなってしまったという感じだからね」


 僕は頭をかく。


「ティラ、できれば僕の味方になってくれないか?」


 彼女は息を飲む。

 また言葉を詰まらせる。


 僕とティラは幼馴染だった。

 ハルス家の家臣の中でも、一番の古参であり、腹心である、ロイエン家の長女が彼女だ。


 僕たちは、物心つく前から、一緒に剣術や学問を学び、そして遊んでいた。

 ティラは、僕の数少ない友人だった。


 ただし、彼女は僕とは違い優秀だったので、最近はすっかり会わなくなっていたが。


「ロン、おまえがハルス家を追放されたのは知っている。

 大隊長の態度に腹をたてるのもわかる。


 しかしハルス家を裏切ろうというのか。

 ゴデル国に寝返ろうなどと考えているのではあるまいな。


 もしそうだとするのなら、私は命をかけて抵抗するぞ。

 たとえ後ろの仮面の女に殺されることになろうともな」


 ティラが僕をにらむ。


「僕はハルス家を裏切るつもりはないよ。

 ゴデル国に寝返ることもない」


 僕はティラのほうへ一歩踏みだす。


「僕がやろうとしていることは、その反対だよ。

 ハルス家を助けて、ゴデル国の軍を殲滅しようと思っている」


 僕はさらにもう一歩前に進む。


「このままだとハルス家はこの戦争に負ける。

 実際に前線で戦っているティラには、そのことはわかっているはずだ。


 いくら司令官が無能だったとはいえ、ここまで完璧な包囲網を作られてしまい、圧倒的なスピードで第4大隊は敗北をきそうとしている。

 それも全滅という最悪の敗北を。


 ゴデル軍との実力差があるのは明確だ」


 僕は手のひらに、また小さな炎を浮かべる。


「今、第4大隊は全滅の危機にある。

 四方を完全に取り囲まれている。

 いくら優秀な第4大隊とはいえ、打開は不可能だろう。

 ここにいるほとんどの者が死ぬことになる」


 僕は手を握る。

 炎を握りしめる。


「でもね、魔法使いの僕なら、」


 手を開くと、炎は消えている。

 もちろん手に火傷もおっていない。


「第4大隊を勝利させることができるんだよ」


「ロン、自分がなにを言っているのかわかっているのか」


 ティラが首を振りながら言う。

 まるでお姫様と結婚するのと語る、40代の無職のおじさんを見るかのうような目で、僕を見つめる。


「現状、第4大隊には500人の兵士しか生存していない。

 対して、敵は2,000の兵だ。

 それが、完全に私たちを囲んでいる。


 勝敗はもうついているんだよ。

 我々、第4大隊の敗北は決定している。

 今は、全滅をいかに免れるかを考える段なんだ。


 ここから逆転などありえない」


「僕はさっきトド隊長に戦闘で勝った。

 それはティラも間近で見ていたから、わかっているよね。


 下級魔法使いの僕が、上級剣士の隊長に勝ったんだ。

 それも接近戦で。


 トド隊長はあんなんでも、大隊長を務めている人物だ。

 剣術の実力はたしかだ。

 ハルス家の中でも、ベスト10には入るはずだ。


 そんな相手を、僕が倒したんだ。


 魔法使いは接近戦に弱い。

 反対に剣士は接近戦が得意だ。


 にも関わらず、僕は接近戦で、トド隊長を圧勝した。

 ほとんど苦労をしないで倒した。


 これまでの常識では考えられないことだよ。


 どうしてそんなことが起こったのかわかるかい?」


 ティラは首を振る。


「答えは、知識だ。

 僕は剣士の戦い方を知っていて、トド隊長は魔法使いの戦い方を知らなかった。

 僕には相手がどんな攻撃をしてくるのかわかったし、相手にどんな攻撃が有効かも知っていた。


 反対にトド隊長は、僕がどんな攻撃をしてくるのかまったく予想できていなかった。


 だから僕の攻撃は面白いように当たった。

 彼に防ぐことはできなかった。

 何も魔法対策をしていなかったからね。


 もしもトド隊長が僕の魔法について知っていたら、少なからずのダメージがあっただろう。


 少なくともあそこまで一方的な展開にはならなかった。


 剣を振るには体全体のバランスが大切だ。

 だから僕は、バランスを崩すタイミングで攻撃を仕掛けていた。


 相手が動こうとする瞬間を狙って、頭部に炎をぶつけた。


 トド隊長はタイミングとバランスをずらされてしまい、結局一撃も攻撃できなかった。


 最後に一撃は振るったが、それも僕が許可しての一撃だ。

 剣を振ってくるタイミングは僕が決めている。


 僕はやみくもに魔法を連発していたわけではなかったんだよ」


 ティラはうなずく。

 ティラ自身、僕とトド隊長の戦闘を見て、そのことには薄々気がついていたようだ。


「ここに来るまでに、一度ゴデル国の兵士と戦いになった。

 彼らは鎧を着ていた。

 帯刀もしていた。


 ゴデル国は知ってのとおり魔法の国だ。

 剣術はかなり劣っている。


 つまりゴデル国の兵士はほとんどが魔法使いのはずだ。

 僕らが出くわした兵も、きっと魔法使いだっただろう。


 しかしそれにしてはおかしな装備をしていた。

 魔法使いは当然だが、鎧なんて着ない。

 もちろん剣も持たない。


 しかし、彼らは鎧を着て、剣を持っていた。

 あれはゴデル国の剣術対策だ。


 魔法使いは基本的には、やはり接近戦に弱い。

 詠唱している間は隙が生まれやすいし、身体能力はどうしても低く、動きも遅い。

 防御力もない。


 敵の攻撃の届かない、遠距離から攻撃するのが、ベストな戦い方だ。


 しかし、戦争となればどうしたって接近戦は起こりえてしまう。

 敵兵はおとなしく攻撃をくらいつづけてはくれない。


 魔法を撃った瞬間に、魔法使いの位置がばれ、そのポイントに押しかけてくる。


 接近される前にすべて倒すことができればいいが、剣士は防御力が高い。

 戦争では数も多い。


 接近されるのを防ぐのはかなり難しい。


 そして接近されてしまうと、魔法使いはもろい。

 ひとりでも剣士が魔法使いの集団に切り込むと、陣形は乱れ、次々に魔法使いは斬り倒されていく。


 剣士にとっては、魔法使いを斬るのは、大根を切るのと同じくらい簡単なことだ。


 距離を保っていた時は優位に立ていた魔法使いも、わずかでも接近戦を許せば、一気に逆転されてしまう。


 剣士と魔法使いの戦闘はそういう流れになるのが定番だった。


 ゴデル国との戦闘も、これまではその定番どおり進んでいた。

 そしてつねに剣士の軍団は、魔法使いの軍団への接近に成功をしていた。


 しかし今回の戦争は違う。

 たしかに接近戦にはできたのだろう。

 でも、魔法使いは、大根のようには切り倒されなかった。


 なにしろ鎧を着ているからね。

 鎧の上から、敵をなぎ倒せる者はそう滅多にいない。


 それに剣を持っているので、お粗末ながらも抵抗ができる。


 これまでと違い、魔法使いの陣形を崩すのに時間がかかる。


 前で仲間の魔法使いが、剣士の進行をくいとめてくれていれば、その後ろにいる魔法使いは、後方からの遠距離攻撃ができる。

 鎧を着た魔法使いが剣士の進行を止め、その後ろから別の魔法使いが剣士を攻撃する。


 接近した状態で魔法が次々と飛んできては、剣士もすぐにダウンしてしまう。


 これまでは接近さえすれば、勝利だったのに、接近しても攻めあぐねてしまうようになる。


 おそらくそうして、第4大隊は瓦解していったのだろう」


 ティラは苦々しく目をふせる。


「今回のゴデル国は、剣術との闘い方を学んでいる。


 そうとわかれば、こちらも魔法使いとの戦い方をとり入れればいい。

 これまでは、あのトド隊長が指揮をとっていたから、無能にもなんの対策をしてこなかった。

 まあ、もともと魔法使いとの戦い方を知る者は、この国には少なくもあったのだが。


 でも今は僕がいる。

 僕は魔法使いだ。

 魔法の利点も知っているけど、欠点もわかっている。


 僕が指揮をとれば、戦況をひっくり返すことは可能だよ。

 第4大隊は特に優秀だからね」


「しかしロンにはもう、指揮をとれるような権限はないだろう。

 おまえはハルス家を追放されているのだから。


 それに隊長にはむかってもいる。

 軍法会議で罰せられるのは間違いないだろう。

 軍の上下関係は絶対だ。

 上官を叩きのめすなどあってはいけない」


 僕は首を振る。


「そう、だから僕はトド隊長の部下ではなかったことにしようと思う」


 ティラが不審そうに顔を向ける。

 リンや護衛のふたりにも、顔にはてなマークが浮かぶ。


「僕はたしかにハルス家を追放された。

 でもそれはつい数時間前だ。


 知っている者はかなり少ない。

 情報が広まるには時間がかかるからね。


 それにここは敵に囲まれていて、孤立している。

 情報なんてほとんど入ってはこない。


 おそらく僕が追放されたことを知っているのは、ここにいる4人だけだと僕は考えている。


 トド隊長も部下たちに僕が追放されたことをいちいち知らせたりはしなかっただろう。

 生死の境目にいる状況で、本陣のゴタゴタである長男の追放の話などする必要性がない。


 だからね、ここにいる4人さえ黙っていてくれるのなら、僕はハルス家の長男として、この第4大隊を指揮することが可能なんだよ。


 ティラ、お願いだ。僕に協力してくれ」


 ティラは僕を見つめて、しばらく黙っている。


 テントの外では、兵士たちの話し声がする。

 ちょうど昼食の時間らしく、このような危機的状況ながらも、わずかながらの笑い声が聞こえる。


 ティラは護衛のふたりに目を移す。

 赤毛の青年はうなずき、隣の黒髪の青年は微笑んだ。

 ティラがなにかを飲み込むかのように、うなずく。


「わかったわ。協力する」


 ティラが僕に手を差しだす。

 僕はその手を握る。


「もともと、私たちは万策尽きていたのよ。

 解決策がなにも浮かばなかった。

 戦うことも、逃げることも、不可能だった」


 ティラは床に転がる、太った隊長を見る。


「それにこのトド隊長のセクハラにも嫌気がさしていたしね」と笑って言う。


 僕も笑顔になる。


「まあ、なにはともあれ、今夜の敵の大襲撃を乗り越えなければね」

 ティラは「えっ」と、驚く。


「どうして、今夜襲撃があるとわかるの。

 ナルス軍はこの2日間、なぜか動きがないの。

 いつでも攻め落とそうと思えば落とせるのに、攻めてこなかった。


 どうして、それが今夜は動くとわかるの?」


 僕は口元をより大きく持ち上げて、にっこりと笑う。


「なにしろ僕は魔法使いだからね」と僕は言う。

明日も15時15分ごろ投稿予定です。

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