8話 ロンの魔法【ロン視点】
僕は人差し指の先に2センチ程度の小さな炎を浮かべる。
空気の揺らめきに、今にも消えてしまいそうだが、なんとか形状を保っている。
まるで洞窟の中のろうそくのように。
僕の作り出した炎を見て、トド隊長は笑いを吹きだす。
「なんだ、その可愛らしい炎は」
ハッハハハハと、腹を抱えながら大笑いをしている。
「タバコの火でもつけてくれるがんすか。
さすがは、魔法使いがんす。
実に素晴らしいでがんすよ」
トド隊長は机に置いてあった葉巻を、一本手にとる。
「僕は下級魔法使いだからね。
この程度の魔法しか使うことができない」
僕は炎の灯った左手を、体の前にだす。
そして右手を炎に近づける。
「でも炎は炎だ。
ちゃんと熱いし、物を燃やすこともできる。
それにこの炎にはちゃんと重さがある。
だから、こんなこともできる」
僕はその小さい炎を、ビー玉を飛ばすみたいに、右手の中指で弾く。
炎は、はじけとぶ洋服のボタンのような速さで、トド隊長に激突する。
それはトド隊長のおでこにぶつかり、衝撃でトド隊長の頭部が後ろにのけぞる。
額には赤い跡が残る。
ちゃんと火傷をおったようだ。
手に持った葉巻が落ちる。
「ちょこざいな」トド隊長が額を手でこする。
「そんな攻撃、たいして効きはせんでがんす」
「たしかに威力は弱いよ。
とても弱い。
だから僕はこう使う」
左手の指5本に、炎が同時にあがる。
5つの小さい炎が浮かぶ。
右手の親指以外の4本の指で、それを弾く。
5つの炎が、先ほどと同じように高速でトドの隊長の顔面に当たる。
首がもげるのではないかというくらい、頭部が後ろに折れ曲がる。
それでもトド隊長は倒れなかった。
首を戻して、僕をにらみながら、叫んでくる。
「ウキー」と猿のような奇声を発する。
トド隊長は剣を構える。
僕はさらに左手に炎を5つ作る。
そして弾く。
トド隊長は炎にまったく反応することができない。
また全弾、顔に命中する。
僕は手を休めない。
5つの炎を作り、また弾く。
さらに5つの炎を作り、また弾く。
さらに、さらに5つの炎を作り、また弾く。
デッドボールがストライクとカントされる野球で、キャッチャーがバッターにボールを投げつけているかのように、炎がトド隊長の顔にぶつかっていく。
トド隊長の顔は腫れあがり、真っ赤になっていく。
「汚いでがんす。卑怯でがんす」トド隊長が叫ぶ。
「こんなのハメ技がんす。
ルール違反でがんす」
トド隊長がしゃべっているうちにも、炎は次々と命中している。
トド隊長の顔はもはや原型をとどめていない。
僕ははここで一度、手を止める。
「命をかけた戦闘に汚いも綺麗もないと思うのだけどね。
ましてやハメ技は評価こそされ、けなされる言われはないはずだけど。
それともトド隊長の剣は、『待った』ありのお遊び剣術なんですかね〜」
「うるさい。
わしが剣を一振りでもできれば、貴様などすぐに倒してみせる」
「そうですか。
では、剣を振って構いませんよ」と僕が言う。
トド隊長は僕の言葉に叫ぶ。
「ふざけやがって」剣を両手に持ち、大きく振りかぶり、ロンの頭上に振り落とす。
僕は右にワンステップする。
トド隊長の剣は空を切る。
勢いのまま、地面に剣が突き刺さる。
トド隊長の剣を僕は簡単にかわす。
腫れあがった瞼を、大きく開いてトド隊長が驚愕する。
5つの炎を手のひらに浮かべる。
「待っで、待っで、やめでがんず、まっで」
僕はトド隊長の言葉を無視して、炎を放つ。
5つの炎は綺麗にトド隊長の顔面にぶつかる。
すぐさま、僕は新たな炎を作り放つ。
直撃する。
また炎を作り、放つ。
直撃する。
超近距離からの攻撃だ。
炎から逃れるすべは、トド隊長にはない。
「ごめんなざい、ごめんなざいがんず、ごがんなざんがんず、」
トド隊長はもはや人とは認識できない顔で懇願する。
僕は、今更謝罪をしだすトド隊長の不用意に開かれている口の中に、炎を打つ。
それは見事に、トド隊長の口内に吸い込まれ、喉を直撃する。
トド隊長は声にならない叫びをあげる。
そしてそのまま、後ろに倒れる。
床に仰向けになり、大の字で寝転ぶ。
体はピクピクと痙攣を繰り返していた。
完全に気を失っている。
大隊長を倒した僕を見て、副隊長が言葉を詰まらせている。
剣士が、それも上級剣士が、魔法使いに接近戦で負けたのである。
それも隊長は手も足も出ていなかった。
その事実に彼女の常識ではついていけなかったのだろう。
護衛ふたりも同じように、驚きで固まっている。
副隊長に剣を突きつけているリンは、反対に嬉しそうに微笑んでいた。
僕はポケットから飴玉を取りだす。
包装をはずして、口に入れる。
この飴はノンシュガーのはずなのに、戦闘のあとはいつも甘味を感じる。
明日は15時15分ごろ投稿予定です。