最終話 頂上決戦
闘技場の中央に、ロンとリンが立っている。
観客席は満員である。
そこには第4大隊の姿があり、ハルス家の家臣の姿があり、ミーハーな市民の姿があった。
これからはじまる一大イベントに、胸をおどらせざわめいている。
ロンとリンの試合がこれからおこなわれるのだ。
審判を務めることになったティラが、ロンに歩みよる。
「ずいぶんと面白いことになったな。
さすがにこの状況は、お前でも想定外だっただろう」ティラが言う。
「ああ。
リンの行動だけは、どうしても予測不可能だ」
ロンがため息をもらしながら言う。
国王をねじ伏せることができたロンであったが、まだ問題が残っていた。
ハルス家の問題である。
当主である剣聖ハルスがいなくなり、後継者を必要としていた。
普通に考えれば、ロンがその地位についてしまえばいいのだが、いくつかの障害があった。
まずは、ロンのジョブが魔法使いであることだ。
ハルス家は剣の名家である。
魔法使いがその当主になることに、反発する者が当然あらわれた。
さらに、ロンが一度追放されていることが、ハルス家内でも広まってしまっていたのだ。
これは当然といえば、当然であるが。
最終的には追放はなくなり、また家に戻っていることも、周知されてはいたが、やはりそこに難癖をつける者はいた。
お家問題というのは意外と難しい。
一度もめ出すと、泥沼にはまっていってしまう。
しかし、ロンにはこの問題も簡単に解決させる方法があった。
リンの存在である。
もともとロンは不思議に思っていた。
どうして自分のジョブは魔法使いなのだろうと。
ジョブというは遺伝である。
剣士と剣士の子供は、だいたいにおいて剣士である。
先祖に魔法使いの血などが混じっていると、ごく稀に隔世遺伝がおこり、魔法使いが生まれることはある。
ところが、ロンの両親には魔法使いの血は混じっていない。
剣の名家である、母親の血筋もちゃんと調べてある。
家系に魔法使いは存在しない。
剣士のみの血筋から魔法使いが生まれることが、これまで皆無だったわけではない。
史実には数件そのような事例はある。
ただ、それらの資料も疑わしく、なんらかの不貞があったようにも思われる。
剣士からは剣士しか生まれないと考えるのが、妥当であった。
ロンは、自分がどうして魔法使いとして生まれてきたのか、ずっと疑問に思っていたのだ。
しかしリンの話を聞き、謎は解けた。
リンは父親の愛人の子供だった。
隠し子だ。
リンとロンとは腹違いの兄妹となる。
リンの母親は優秀な剣士だったようだ。
上級剣士で、そこそこ名が知れていた。
本来、父親は最初、リンの母親と結婚する予定であった。
お互いに相思相愛であったし、剣の腕もたしかだった。
だが、この結婚は周囲から反対される。
理由はリンの母親の血筋だ。
リンの母親の祖父が魔法使いだったのである。
ハルス家の血に、魔法使いの血を入れるわけにはいかなかった。
父は結局、政治的政略結婚をすることになる。
剣も握ったことのないお嬢様と、結婚をした。
正妻の彼女は、本人は剣の腕はまったくだったが、家系は優秀な剣士であった。
彼女の実家は資産的に力もあった。
当主であるハルスは、この結婚を拒否することはできなかった。
だが、リンの母親との関係はつづいていたらしい。
そして、子供が生まれる。
偶然にも正妻と愛人が、ほぼ同じ日に子供を産んだ。
そして、ここで父ハルスが事に及ぶ。
正妻が産んだ子供は女の子であった。
愛人は男の子を産んでいる。
ハルス家の当主はこれまでに、男性しか継いだことがない。
女性が当主になってはいけないというルールはないが、やはり武の世界では、男性優位であった。
それに正妻は体が弱く、出産後ひどく衰弱していた。
危篤状態となっていた。
次の子供はあまり期待できない。
ハルスは愛人の子供を、自分の跡取にしたいと思った。
血筋の問題はあるが、あの強者の剣士である愛人との子供のほうが、体の弱い剣も握ったことのない女との子供より、ずっと強いはずだと考えた。
これはハルスの復讐だったのかもしれない。
自分の幸せな結婚を邪魔した、ハルス家への復讐。
こうして、正妻の子と愛人の子が入れ替えられた。
愛人の方は、子供が入れ替えられたことを承知していたようだ。
自分の子供が将来ハルス家の当主になることを、母親も望んでいたのだ。
正妻にはもちろん知らされていない。
正妻は生死をさまよっていたので、入れ替えも難しくはなかった。
しかし、どうだろう。
どこかで彼女は気がついていたのかもしれない。
子供を抱く、彼女の表情には、いつもどこかしらに小さな影があった。
そしてハルス家は、その後、皮肉な運命をたどることとなる。
正妻はなんとか体調を持ち直し、なんと翌年にも子供を産む。
それも男の子だ。
さらに、せっかく入れ替えた長男の男の子は、なんと魔法使いであった。
最悪はつづき、入れ替えたもう一方の女の子は、剣聖のジョブを授かってしまう。
父親のおこなったことは、まったくの無意味、むしろ混乱を招いただけであった。
ハルス家の家系は、このような複雑な状態となっていたのだ。
つまり、ロンが愛人の子で庶子であり、リンが正妻の子どもであったのだ。
リンは女性である。
だが剣聖であった。
剣聖の存在は剣士の中で絶対である。
リンが正妻の子であると分かれば、ハルス家の家臣たちは、リンが当主になることに反対する者はいなかった。
こうして、ハルス家の当主はリンへとなった。
あのリンが当主となり権力を持った。
リンを知る者なら、誰もが嫌な予感を抱く。
そしてその嫌な予感はすぐに現実のものとなる。
就任した次の日、リンが家臣に出した命令は、道場のお菓子化である。
「お菓子の家は少女の憧れです。
道場で汗を流したあとに食べるマショマロは格別です。
木刀で誰かを叩きのめしたあとに、窓枠のパッキンとして使われているマショマロをはがして口の中に入れる。
なんと素敵な光景でしょう。
叩きのめされた敗者は、床を悔しそうにかじって食べるのです。
床はチョコレートです。
素晴らしい。
できれば、木刀も飴細工で作ってほしですね。
手がベトベトになり、それを舐めながら素振りをするのです。
実にプリティーです」
リンはそう言って、お菓子でできた道場の建築を開始させた。
驚いたことに、ハルス家の家臣たちはちゃんとお菓子の家の建築をはじめた。
剣聖の当主の初の命令である。
逆らうわけにはいかなかったのかもしれない。
それと甘党は強くなる、という都市伝説の影響もあった。
リンは当然甘党であったし、ティラも女性であったので、比較的甘いものをよく口にしていた。
そしてロンである。
ロンは年中飴をなめている。
これらの状況から、甘いものをたくさん食べると強くなるという噂が、まことしやかに流れたのである。
意味不明な家臣たちの頑張りにより、お菓子の道場は驚異的なスピードで完成した。
数日で完成をさせてしまった。
リンは完成したお菓子の道場を見て大喜びした。
しかし、近づきその中へと入ると事態は急変した。
道場は虫だらけだったのである。
野外にそんな砂糖の塊を置いているのだから当然の結果ではあった。
リンは絶叫を上げ、逃げ出した。
そして、その後雨が降った。
お菓子の道場の惨状は想像に難しくないだろう。
翌日、リンは家臣たちを猛烈な勢いで罵倒した。
なんとしても防虫、防水のお菓子の道場を作るように命令した。
もはやハルス家は剣の修行どころではなかった。
連日、パティシエとの試行錯誤の繰り返しである。
この段になって、ようやく家臣たちは、リンが当主のままではまずいと気がつく。
では、他の誰が当主になるべきか。
候補はひとりしかいなかった。
ロンである。
ロンは愛人の子とはいえ、前当主の血をひいている。
魔法使いではあるが、剣の腕は今では誰もが認めている。
それにもともとロンは家臣の間では、性格的に人気があった。
リンの代わりに、ロンを当主にしようという動きが起こり、これは実にスムーズに進んだ。
そしてこの流れはロンの予想していたとおりだったのである。
ロンにはリンに当主が務まらないと、わかっていた。
そしてその後、自分が当主に推されるだろうと、予想していた。
そのための準備や手引きをしていた。
事はスムーズに進むはずだった。
しかし、ロンが当主になることに、ひとりだけ異を唱えるものがいた。
リンである。
お菓子の道場がまだ完成していないのだ。
当主の座に執着していないが、それだけは完成させておきたかった。
ロンが当主になること自体には、何の問題もない。
むしろその方が良いと、リン自身思っている。
しかし、お菓子の道場が、、。
そこでリンは力技で、当主の座にしがみつくことにした。
「ロン様、私もロン様が当主に充分ふさわしい人物だと考えています。
しかし、ハルス家は剣の名家です。
剣こそが正義なのです。
つまり、当主である以上、剣で最強でないといけないのです。
ロン様が私を剣で倒したら、私もロン様を当主と認めましょう。
魔法の使用は認めます。
ただ、魔道具の使用は禁止です。
魔道具はパドスなどの反則技が多すぎますし、剣の勝負から大きく遠ざかってしまいます。
魔法の使用も許可しましたが、とどめの一撃はちゃんと剣でおこなってください。
これらの条件のもと、ロン様が私に勝った時に、私は当主の座を退くこととします」
リンはこう宣言したのである。
こうしてロンとリンの決闘が執り行われることとなった。
アステル国でもっとも大きなスタジアムが貸し切られ、一大スポーツイベントさながらに、その試合は開催された。
ほぼ間違いなく歴代最強の剣聖リンと、異例の魔法使い剣士ロンとの戦いである。
人々の好奇心を刺激しないはずがなかった。
この戦いに勝った方が、人類最強と言っても過言ではなかった。
「実はずっとまえから、ロン様とは真剣に戦ってみたいと思っていたんです。
ちょうど良い機会ができてよかったです」
リンが嬉しそうに言う。
「強いものと戦いたい。
剣士の性ですね」
「はー」とロンは大きくため息をつく。
「リンは人生で一度も敗北がないのだろう」ロンが言う。
「はい」とリンはこたえる。
「わざわざ、無敗記録を不意にすることはないのに」
ロンが嫌味な笑顔で言う。
リンはその言葉に不快な表情を浮かべる。
「ずいぶんな物言いですね。
このルールで私に勝てると思っているのですか」
ロンが肩をすくめる。
審判のティラが左手を挙げる。
会場が待ってましたと、大歓声があがる。
ロンとリンが剣を構える。
「はじめ」とティラの腕が振りおろされた。
次の瞬間には、ロンの剣が、リンの首元の突きつけられていた。
「えっ」と、いう表情が会場全体に広がっている。
リンも同じ表情だ。
リンは剣を構えた状態のまま、一切動けていない。
気がついた時には、ロンの剣が首筋にあてられていた。
まるで、時間がとんだかのように。
数秒の沈黙。
誰ひとり動けなかった。
空高くを飛ぶ鷹のみが動いていた。
ある程度の時間が経過し、ティラの金縛りがようやく解ける。
「勝者、ロン」とティラの声が響く。
沈黙していたスタジアムが、それを機に一斉に大歓声に轟く。
ロンが剣をひく。
リンが本当に悔しそうに、ロンをにらむ。
「何をしたんですか」とリンがきく。
「時間を止めた」とロンは言う。
その言葉にリンは、驚きで息がつまる。
近くで聞いていたティラも、口を開けて固まる。
「実は、賢者バスラと戦った時に、時魔法を盗んでおいたんだ。
相手の魔法を盗むちょっとした技があってね。
使える相手は生涯にひとりだけだから、使用は慎重にしないといけないのだけでど、賢者であれば申し分ない」
ロンはまるで読点でもつけるかのように、指をクルリとまわす。
「僕は時間を止めることができるんだ」
リンはロンの姿を、まじまじと見つめる。
そして「化け物」とリンは呟いた。
ロンはにっこりと笑う。
ロンはポケットに手を入れて、そこから一粒の飴を取りだす。
包装をはずして、飴を口の中に放りこんだ。
完
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
なんとか無事に完結を迎えることができました。
これも皆様が読んでくださったからこそです。
毎日のアクセス数は、本当に執筆の励みになります。
「いきなり戦場追放」は、前作の「勇者に殺された賢者が」とは違い、書き終えていない状態で投稿を始めました。
そのため、執筆が滞ったりすると、ちゃんと毎日更新できるか不安になったり、それどころか、完結させることがそもそもできなくなるのではないかという恐怖もありました。
しかし、こうして最終話を掲載することができて、本当に嬉しく思います。
作品自体も、前作でできなかった会話シーンの多用や、主人公の無双をしっかりと書けて、満足しています。
後半数話のロンのチートの連続は、なかなかのお気に入りです(粗末な文章力ではありましたが)。
前作から毎日投稿しておりましたが、それも本日で終わりとなります。
しばらく、投稿は休止しようと思います。
約5ヶ月間、毎日投稿を続けて、それが今日で終わりだと思うと少し寂しく思います。
しかし、私生活や仕事が年末に向け忙しくなってきそうですので、執筆活動がなかなか難しい状況となってしまいました。
残念です。
ただ、年に1作品ぐらいは書いていけたらとも考えています。
来年また新作を書くことがありましたら、その時はよろしくお願いいたします。
毎日、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
ひとつの小説を書き上げるのにも、かなりの苦労があるのに、今年は二つも執筆できました。
これまで長編を一作も完結させたことのない自分にとっては、驚異的なことです。
これまた、皆様が読んでくださったおかけです!
ありがとうございました。
よろしかったら、感想をお寄せください。
お待ちしております。
評価ポイントも、よろしくお願いします!
また、次回作でお会いできればと思っております。
ザキ春




