72話 クーデター
ロンはポケットから、魔道具パドスを取りだす。
高音のキーンという音が、室内に響く。
王の間にいる全員の顔に緊張が走る。
「いくら無能なあなたでも、これの報告は受けているでしょう」ロンがいう。
パドスを王に見えるように、顔の高さまでかかげる。
「この魔道具は、ゴデル軍20万の兵士を消滅させました。
でも別にゴデル軍である必要はないんですよ。
アステル国だって簡単に滅ぼせます。
国全土を消し去ることもでます。
それぐらいは理解されていますよね」
国王が息を詰まらせる。
先ほどから、不愉快な高音を鳴り響かせている、パドスを見る。
「僕は魔法使いに権利を与えてくださいとお願いしているわけではありません。
命令をしているんです。
あなたに拒否権はない」
「ふざけた口を聞くな」王の隣に立っていた、ひどく痩せたスキンヘッドの男が怒鳴る。
「たしかにその魔道具は危険だ。
だがここでは放てないはずだ。
そんな大火力の武器を使っては、お前の味方まで一緒に吹き飛んでしまう。
自爆でもするならともかく、お前はそれを使うことはできない。
それなら、今ここでお前を仕留めてしまえばいいだけの話だ。
周りを見てみろ。
数百人がお前たち3人を取り囲んでいるのだぞ。
状況を理解できていないのはお前の方だ」
周りにいる将軍や警備兵が、剣先を一斉にロンに向ける。
剣の国アステルの重鎮たいだけあり、誰もが剣の腕には自信があった。
「あなたたちは本当に、何も理解してなかったのですね。
僕たちが一生懸命に敵と戦っていたというのに、報告書すら読んでいなかったようだ。
いや、もしかすると馬鹿だから、文字が読めなかったのかもしれませんね」
「なんだとー」とスキンヘッドは叫ぶ。
ロンはパドスを上に放りなげる。
おはじきのように、実に自然な動作で投げた。
パドスは天井すれすれまで上がっていく。
王の間にいる全員が、そのパドスを目で追ってしまう。
自分の財布が放り投げられたかのように、見つめてしまっていた。
「リン」とロンは言う。
次の瞬間、リンが王の間を駆け巡る。
それほど長い時間ではない。
2秒もせずに、また、もとのロンの隣に戻ってくる。
ロンは落ちてくるパドスをキャッチする。
まるでそれが合図であったかのように、アステル国の重鎮たちの右腕が床に落ちた。
ぼとりと落ちるそれを、斬られた本人たちはなんであるか最初理解していなかった。
自分の手元から何かがこぼれ落ちて、床に転がっている。
床に転がっているものが、切断された腕であるとわかり、それからようやく、自分の腕が斬られたことに気がついた。
腕を斬られたことに気がついたことで、何かのスイッチが入ったのか、切断面から急に血が噴き出した。
百人以上の血で、床が濡れていく。
リンはアステル国の上層部の人間のみを斬った。
警備兵は斬っていなかった。
警備兵は命令されているから、そこにいるわけであり、ロンはあまり彼らに害を与えたくなかった。
警備兵はまだ剣を構え、ロンたちを警戒している。
しかし、その顔はや恐怖で染まっており、警備兵として機能している様子はなかった。
「お前たち、自分が何をしているのかわかっているげんすか」国王が叫ぶ。
「わかっていますよ。
聞き分けのない無能たちに、教育をしているんです。
誰が上で、誰が下かを明確にしているんです」
ロンが言う。
「いきがるな。
お前など自分では何にもできないではないでげんすか。
道具を使わなければ魔法もうてず、剣聖の息子であるのに剣もろくに握れない弱者でげんす」
国王のこの言葉に、思わずリンが笑ってしまった。
近くにいるティラも、あまりの滑稽さに、国王を哀れに思った。
ロンは肩をすくめる。
「わかりました。
では、相手してあげますよ。
レム、そういうことだから、国王は殺さないで、そのままでいいよ」ロンが言う。
「わかった」と、声がする。
国王は、背後から急に聞こえてきた声に、驚きで飛びあがる。
いつの間にか、国王の後ろにレムが立っていた。
手に持った短剣が、首筋にあてられていた。
レムは手に持つ短剣を引いて、後ろに下がった。
国王の顔色が真っ青になる。
自分がいつ死んでもおかしくない立場だと、あらためて痛感する。
ロンが剣を構えて一歩前に出る。
「さあ、国王、一対一で勝負です。
僕に勝ったら、また、あなたが王ですよ」
国王にはもはや、思考するという行為はできなかった。
ただ、もう斬りかかるしかなかった。
まるで癇癪を起こした子供の喧嘩のように、剣を大きく振りかぶって、何語だかわからない言葉を叫びながら、ロンに向かって走っていく。
ロンは剣を中断に構え、少しだけ手前に引く。
一歩を踏み出すと同時に、剣を払う。
国王の剣が折れる。
折れた刀身が、床に転がり、甲高い音を立てる。
「僕の勝ちです」ロンが言う。
「魔法使いへの人権、よろしくお願いしますね」
ロンは笑って言った。
国王はその場に跪き、しゃがみこんでしばらく動かなくなった。
「わかりましたか」とロンが再度きく。
ロンは剣先を王の顔に突きつける。
王は「ヒッ」と声をあげる。
「ああ、わかった、わかったでげんす」王は慌ててこたえた。
「返事は『はい』でしょうが」と、なぜかリンが国王を叱る。
国王は「はい、わかりました」と言なおす。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。
明日、完結です。




