70話 飴
草一本すら、はえていない。
大量にいたであろう虫の姿も消えた。
魔道具パドスの発動後の大地には、地面しか存在していなかった。
まるで砂漠のように、土のみが広がっている。
ゴデル軍の兵士たちが身につけていた鎧も、皇帝ゴデル3世がかぶっていた王冠も、すべて消滅した。
世紀末のような風景に、使用したロンはこの魔道具に恐怖を覚える。
魔道具のパドスを、万引きでもしているかのように、ポケットへこそこそとしまう。
「ありがとう、ロン。
正直、今回は死を覚悟していたよ」
ティラが微笑みながら、声をかけてくる。
ティラの笑顔に、ロンの暗い表情も消える。
いつもの穏やかなような、人を馬鹿にしているかのような、どちらともとれる笑みを口元に浮かべる。
「ずいぶん大変だったようだね」とロンは言う。
ティラは、通信妨害にあっていたこと、予想の倍の数の敵が出現した時の驚きなどを語った。
「また、多くの負傷者がでてしまった。
第4大隊はまたさらにボロボロだよ。
ただ、死者は少なそうだ。
もしかすると0かもしれない。
それに負傷者たちも、ほら見てみろ、あのように飛び跳ねて元気にしている」ティラは言う。
ロンが、勝利に盛り上がっている兵士たちの方を見る。
頭から血を流しているのに、頭を振って歓喜の雄叫びをあげている者がいる。
足がおかしな方向に向いているのに、ジャンプをして着地の瞬間、地面でのたうちまわっている者もいる。
片腕を失い、止血の処理をしているというのに、もう酒をあおっている者がいる。
全身傷だらけの兵士たちばかりであったが、遠足の小学生男子より元気に動きまわっている。
ロンは、そんな第4大隊の兵士たちを見て、笑顔を深める。
しかし、安静にしていれば助かったかもしれないのに、このはしゃぎのせいで、力つきる隊員があわられるのではないかと、若干不安にも思ったが。
「だが、不思議だ」とティラが言う。
ロンはティラの方へ向きなおり、「何が?」ときく。
「その大量破壊兵器であるパドスは、膨大な魔力を必要とするのだろう。
賢者バスラの魔力量をもってしても足りないと聞く。
それなのに、どうして下級魔法使いであるロンに使えたのだ。
魔力量というのは、ジョブにより決められる。
鍛錬によって増えるようなものではない。
これだけは逆らえない運命のようなものだったはずだ。
ロンが初級魔法しか使えないように、魔力量も低いままのはずだが」
ロンはポケットから、飴を取りだす。
手のひらにのせて、ティラに見せる。
「答えはこれだよ」とロンは言う。
「ロンがいつもなめている飴か」
ロンがコクリとうなづく。
「バスラが言っていた言葉を覚えているかい。
彼はこう言っていた。
魔力を増やす薬があると」ロンが言う。
ティラがロンの言葉に反論する。
「しかし、その薬でも0.1%程度しか上がらないとも言っていた。
さらにその薬は大変貴重で、ほとんど手に入らないとも。
物があったとしても、手に入れるのには大金がかかると」
「そうだね。
たとえば、僕の魔力が100だとして、賢者はその100倍は魔力があるだろう。
つまり、10,000だ。
僕が0.1%の魔力が上がったからと言って、てんで話にならない。
僕の魔力は100.1になるだけだ。
ただ、もしも100個の薬を使ったとしたらどうなると思う。
100.1に増えた魔力に0.1%分増えることになるから、複利計算となる。
100個の薬を使うと、僕の魔力は約110になるんだよ。
魔力が一割増える。
もちろん、賢者の魔力には全然追いついていない。
けど、0.1%の増加でも、使う個数が増えれば、魔力増加量は跳ね上がっていく」
ロンが手のひらにのせている飴を転がす。
包装紙に包まれた飴が、不器用に回る。
「この飴は、その魔力を増やす効果のある薬だ」
「えっ」とティラが驚く。
「この飴が、その貴重な薬だというのか。
お前がいつも、バカバカとなめていたこれが」
ティラが、飴をまじまじと見つめる。
今までお菓子だと思っていた飴に、これまでのぞんざいな関心を詫びるかのように、熱のこもった視線で凝視する。
「ハルス領で発見された古代遺跡でまず最初に見つけたのが、この飴なんだよ。
ものすごい大量にあってね。
これが魔力増量の薬だとわかった時は、本当に驚いたし、嬉しかったよ。
そうとわかった僕は、時間があれば飴をなめるようにした。
遺跡を発見してから約1年間、僕は毎日この飴をなめつづけた。
1日に平均20個程度、僕は飴をなめている」
「たしかに、いつもいつも飴をなめていたな。
てっきり、その飴が大好物なのかと思っていた」
「まさか、こんな無味なもの、美味しいわけないだろう」とロンが言う。
それを聞いていたリンが、ロンをにらむ。
リンが飴をなめさせた時とは、ずいぶん言っていることが違う。
あの時は大人の味がわからないお子様だと、リンを馬鹿にしていた。
ロンはそんなリンのことは無視して、話をすすめる。
「1日20個、それを365日間つづけたとするとどうなるか。
僕の魔力は約1,475倍になる。
つまり、147,500になる。
賢者の約15倍の魔力量になるわけだ」
ティラが呆れて、首を振る。
毎度のことながら、ロン異常さを思う。
「どおりでおかしいと思っていたのですよね〜。
初級魔法とはいえ、身体強化を500名の兵士に同時にかけるなんて、下級魔法使いの魔力では普通に考えて足りるとは思えませんもの」リンが言う。
「まあね。
下級魔法使いの魔力では10名が限界だね」
ロンは手のひらの飴をとり、包装紙をはずす。
そして、口の中に放りこんだ。
「さて、王都に凱旋といこうか。
何しろ僕たちは、ゴデル国との戦争を終わらせた大英雄なのだから」
ロンが笑顔で言う。
ティラとリンが、嬉しそうにうなずく。
誤字報告、ありがとうございます!
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。
完結まで残り3話です。




