67話 剣聖 vs 下級魔法使い2
「剣聖への敬意とかないのですか。
瞬殺とか、マジないわ〜」
リンがそう言いながら、ロンのもとへと歩みよる。
ゴデル軍の兵士たちは、しばらく状況が理解できなかった。
ロンとムヒドの決闘がはじまったと思ったら、ムヒドは胸をつき抜かれていた。
そのまま地面に倒れ、動かない。
ムヒドの血が地面に広がる。
自分たちの隊長が絶命をしてる。
たちは、ムヒドの遺体を見ていた。
見ていたが、それがムヒドの敗北だと認識するのに、時間がかかった。
その状況は、遠方にいる2,500の兵士も同じであった。
彼らもまた、呆然と立ちつくすのみだった。
「最近のロン様は無双がすぎるのではないでしょうか。
これではまるで剣聖ムヒドが弱かったみたいになってしまっています」
ロンはポケットに手を入れ、そこから飴を取りだす。
包装紙をはがして、口の中に入れる。
「こちらはちょっと急いでいるからね。
ムヒドの実力をお披露目していただくのは、控えさせてもらうしかなかったんだよ」
決着はあっという間についたが、実際はロンが戦ってきた誰よりも、ムヒドは強かった。
しかし、強くはあったが、ロンには簡単に対処できる強さでしかなかったのだ。
剣聖ムヒドにはいくつかの切り札があった。
まず、魔剣ラディングである。
この魔剣の効果は、ジョブの昇格であった。
この魔剣は持つ者の身体能力を大幅に上昇させるが、それだけでなく、ジョブをワンランク上にするのだ。
下級剣士なら中級剣士になり、上級剣士なら剣聖になる。
ムヒドは剣聖である。
剣聖は剣士の最上職あり、それ以上はない。
そう思われているが、しかし、違った。
剣聖の上には、剣神というジョブが存在した。
ムヒドはこれまで現れたことのない、真の剣士の最上職へとなったのである。
ジョブのランクアップというのは単純に力が増すというだけではない。
できることが違ってくる。
例えば、魔法使いであればより高度な魔法が使えるようになる。
下級魔法使いであるロンは、中級魔法や上級魔法を使えない。
初級魔法しか使えないため、ロンの魔法は攻撃力がかなり弱い。
これは努力でどうこうできるものではないく、下級魔法使いのジョブである以上、解決のしようのない宿命であった。
剣士で言えば、斬れるものが違ってくる。
上位の剣士であればあるほど、斬れないものはなくなっていく。
上級魔法使いになると、刀身の長さよりも、長いものを斬ることができる。
剣聖になると、空間を斬れる。
そして剣神は、思考を斬ることができた。
相手の考えていることを斬ることができたのだ。
例えば、お腹が空きすぎて、早くお昼のお弁当を食べたいと考えている学生がいるとする。
彼にムヒドが剣を振るうと、その空腹感を斬り捨てることができるのだ。
学生はお腹が空いていたことを忘れ、そのまま授業に集中しだす。
ムヒドの剣は、相手の思考を操作できた。
つまり、ムヒドが一振りでもしていれば、ロンの戦意をなくすことができたのだ。
ロンがムヒドを攻撃するという思いを、消し去ることができた。
そうなれば、ムヒドが一方的に攻撃するのみである。
また、ムヒドは自身に身体強化魔法をかけていたが、別の魔法使いにより身体強化魔法の重ねがけもしていた。
それもひとりではない。
遠方に控える、2,500名の魔法使い全員が、ムヒドに身体強化魔法を使っていたのである。
本来、身体強化魔法の重ねがけはできない。
身体強化の魔法がかかっている相手に、さらに身体強化の魔法をかけても効果がないのだ。
しかし、現在は故人である賢者バスラが、この身体強化の重ねがけを成功させていた。
ひとりの人間が同じ身体強化魔法をかけても無効であることは変わりないが、違う人間であれば、身体強化魔法の効果が積み上げられていく技術を編みだしたのだ。
2,500の魔法使いたちは、この技術を賢者から伝授されていた。
それはかなり高度な魔法であったが、上級魔法使いである彼らは全員がそれをものにすることができた。
ムヒドは2,500の身体強化魔法を受け、超人的な力を手に入れていた。
おそらく剣を振れば、地形すらも変形させてしまえただろう。
ムヒドの体にも、かなり無理が生じたが、手を抜くことはなかった。
ムヒドはそれだけ、ロンを警戒していた。
ムヒドは剣神となり、2,500の身体強化魔法を受け、誰も想像できないほどの化け物へとなっていた。
ロンが瞬殺した相手は、規格外の強者であったのだ。
ロンがまるで雑魚敵のように、切り捨てたことは、ありえないことであったのだ。
ムヒドはなぜ自分がこうもあっさりと敗北したのか、理解できずにこの世を去ったことだろう。
あまりに不可解な結末だった。
ロンがどうして、圧勝できたのか。
その理由はふたつある。
まず賢者バスラを倒してからの、ロンの行動である。
ロンは、この2日間超多忙をきわめた。
ロンが何をしていたのかというと、ゴデル軍本陣に残された賢者バスラの研究資料を読み漁っていたのだ。
ゴデル国の魔法技術はアステル国よりも圧倒的に進んでいる。
ましてや賢者の資料である、そこに書かれている内容は、ロンを新境地へと導くに充分な内容だった。
ロンはこれまで独学でしか魔法を学んでいない。
才能と努力によりロンはそれでも、高度な魔法知識を持っていた。
しかし、独学には限界がある。
数百年の歴史の積み重ねより生まれたゴデル国の魔法知識には、どうしても劣る。
ロンの魔法使いとして大きなハンデだったこの部分が、賢者の資料を得たことで、解消されることとなった。
もちろん2日という時間では限界があった。
ロンにはその他にも準備をしないといけないこともあった。
それでもこの賢者の資料を読めたことは、ロンの魔法技術を大きく躍進させた。
ロンが独学で覚えていたことは、一部不適切だった部分もあった。
それらが改善された。
解決方法がわからず、先延ばしにしていた事柄があった。
そのいつくかが解消された。
ロンは魔法使いとして、たった二日で大きな成長を遂げたのだ。
そのため、ロンの使う魔法の威力も増大した。
身体強化魔法はこれまでの3倍の力が出せるようになっていた。
魔力制御もあがり、発動スピードはますます早くなった。
ロンの魔法剣は、数日前よりまた数段強くなっていたのだ。
ムヒドと対面した時、初めてロンはこの進化した身体強化魔法を使ったのだ。
千のムヒドの部下と戦っていた時は、改良前の弱い身体強化魔法しか使っていなかったのだ。
そして、もうひとつの理由は単純だ。
ムヒドの多重にかけられた強化魔法であるが、これは実に簡単な対処方法があった。
2,500の身体強化魔法の重ねがけというのは、言ってしまえば多属性魔法の同時使用と、ほとんど同じことであった。
複数の魔法を同時にかけているのである。
それはつまり賢者バスラが時魔法と同時に炎魔法を使ったのと一緒だった。
バスラが複数の魔法を使った時、ロンはそれを簡単にキャンセルさせることができた。
ゴデル国の使う複数の魔法の術式は稚拙であり、ロンにとってはそこへの介入は容易だった。
ムヒドには、2,500もの魔法が同時使用されている。
ロンがそれをキャンセルするのに、労はほとんどなかった。
掃除機を止めたいと思った時に、コンセントを外して停止させるくらい簡単なことだった。
ムヒドの2,500の身体強化はこうして、あっけなく意味をなさなくなった。
さらに、ムヒドはもともと自身でかけていた身体強化まで、無効とされてしまった。
身体強化魔法の重ねがけは、むしろ弱体化を招いてしまったのだ。
隠していた力を発揮して、急に強くなったロン。
それに、すべての身体強化の解除。
奇襲的な攻撃に、意表を突かれてもいた。
これらが重なり、ムヒドはロンの攻撃を、目で追うことすらできなくなった。
ムヒドはなすすべなく、ロンに斬られることとなった。
ロンが剣についた血を払い、鞘に戻す。
するとロンが内ポケットに入れていたベルが鳴り響く。
ロンがベルのスイッチを押して、音を止める。
「ちょうどいいタイミングかな」
ロンが透明な玉を取りだす。
リンも同じように、玉を持つ。
それは瞬間移動の魔道具だ。
ロンが、地面に倒れ伏している、ムヒドの背中を見る。
隊長を殺されたゴデル軍の兵士たちを見回す。
そして、唐突に魔道具を発動させて、姿を消した。
リンもそのあとにつづいた。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




