64話 千本の魔剣1
ゴデル軍の千人の兵士が、ロンとリンを目がけて突進してくる。
鎧を着た重装備の剣士が、猛スピードで迫ってくる。
大量の土埃が巻き上がる。
ゴデル軍の兵士たちの動きが尋常でないことは、この時点でわかった。
鎧を着ている者の動きではない。
魔剣は兵士たちの能力を飛躍的に高めている。
それはロンの使う強化魔法の比ではなかった。
ひとりひとりが最強を名乗っても、信じてしまえるほどの力を感じた。
ロンとリンが剣を構える。
ふたりは背中あわせに立った。
背中を触れるのではないかというくらい近づけている。
これは、事前に決めていたことだった。
2対3,500で戦うのだ。
ふたりが敵に囲まれてしまうのは必至だった。
そこでお互いに前面の敵にのみに集中できるように、背後を相手に任せることにしたのだ。
これにはメリット、デメリットがある。
メリットは後方を気にしなくていいこと。
デメリットは攻撃をかわせないことだ。
もしも攻撃をかわしてしまうと、その攻撃がうしろにいる者に当たってしまう。
浅い斬撃ならいいが、基本的には攻撃は受け止めないといけない。
ロンとリンは、すべての攻撃を打ち払うつもりでのぞんでいた。
そして、迫る軍勢よりも先に、ロンたちを襲うものがあった。
魔法である。
風の刃がロンたちにとんできた。
2,500人の魔法使いが放った、2,500の刃が一斉に襲ってきた。
風の攻撃なので、それはひどく見えづらかった。
スピードも速い。
かなりの遠距離からの攻撃だったので威力はそれほどでもない。
しかし、当たれば素手で殴られた程度のダメージは受ける。
体勢も崩されるし、ダメージは蓄積される。
ロンとリンは、その風の刃をひとつひとつ切り裂いていく。
ふたりは2,500の刃を取りこぼしなく、斬り伏せた。
ふたりのその動きに、ムヒド軍の兵士は眉をひそめる。
これから剣をまじえる相手が、強者であることを改めて痛感する。
しかし、こちらには千の味方がいるのだ。
2,500の魔法使いの支援もある。
個々の力では敵わなくとも、軍の力で圧倒できる。
ゴデル軍の兵士たちは、気合いをあらたに、ロンとリンに斬りかかる。
兵士たちが雄叫びを発する。
それは轟音となり、空気を揺らす。
振り下ろされる剣を、ロンは剣で受ける。
剣を持つ手がしびれる。
一撃が重い。
すぐに別の兵士の突きがくる。
それもロンは、手首をひねって、剣で払う。
しかし、もう次の瞬間には、別の剣が振り下ろされ、迫ってくる。
それも左右二本同時に。
ロンは剣を片手で持ち、腰に刺さっている脇差しを抜く。
両手で持った二本の剣で、ふたつの斬撃をそれぞれ受ける。
ロンはなんとか、襲いくる剣を防ぐことができていた。
しかし、本番はこれからだ。
2,500の風の刃が、再度、ロンとリンに降りそそいできた。
魔法攻撃の第2波だ。
ロンは2本の剣に風をまとわせる。
ロンが攻撃を防ぐために剣を動かすと、そこから風の刃が数本放たれた。
その風の刃が、敵の風と衝突する。
下級魔法使いであるロンの魔法である、その威力は弱く、敵の風にかき消されてしまう。
しかし、ロンが剣を動かすと、またすぐに新たな風の刃が生まれる。
2回目の衝突で、威力の弱っていた敵の風魔法は相殺される。
敵の攻撃は休まることはない。
むしろその激しさを増していく。
数の暴力。
ロンの剣速では追いつかなくなってくる。
ロンは詠唱をつぶやく。
魔法の詠唱だ。
ロンの剣を握る指の先に、炎が灯る。
ロンはそれを剣を振り下ろそうとする、敵の目に向け弾く。
敵は急いでそれを避ける。
振り下ろされるはずだった剣が、これで遅れる。
指に作った小さい炎だ。
その威力は本当にごくわずかだ。
しかし、ロンはこうして、敵の攻撃を遅延させていった。
自分が対処できように、タイミングをずらしていった。
無限とも思える攻撃に、ロンが押しつぶされるのは時間の問題かと思われた。
しかし、時間が経つにつれ、反対にロンは安定をしていった。
攻撃を確実に防いでいた。
いつしか、攻撃を仕掛けている方が、攻撃を当てることが不可能に思えてきた。
どうして剣は防がれるのか理解できない。
これほどの数の斬撃を防げるはずがないのだ。
目で追うだけでも不可能なはずなのだ。
こいつは異常だ。
ゴデル軍の兵士たちに、恐怖が生まれるようになっていた。
ロンはますます余裕を持って、攻撃を防ぐとこができるようになった。
なんとかなる。
ロンは防戦一方だったが、なんとか敵の攻撃に対応できていた。
ロンが対処できるということは。
ロンは後ろをちらりと見る。
リンが剣を振るっている。
ひとりのゴデル軍の兵士が、脇腹から血を流し倒れる。
そう、ロンで対処できる攻撃であるのなら、リンなら余裕を持って防げる。
つまり、反撃もできる。
リンの周りには、すでに数十の敵が倒れこんでいた。
ゴデル軍の兵士が、次第に数を減らしていく。
剣聖ムヒドは、奥歯を強く噛みしめる。
歯の擦れる音が、隣にいる者にまで聞こえた。
「化け物が」とムヒドはつぶやいた。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




