63話 ムヒドの兵
ロンとリンは、なんの工夫もなく、普通に歩いてハルス家の本陣だった場所へ向かった。
学生が学校へ登校するように、ふたりで気楽に話しながら近づく。
ムヒドの軍はすぐにロンの存在に気がつく。
雷帝シュルムと賢者バスラを倒した相手である。
ゴデル軍の全兵士がロンの顔を覚えていた。
ムヒド軍はすぐに臨戦態勢に入る。
ロンたちが攻めてくる可能性をもともと考えていたのだろう。
行動は素早く適確であり、ロンたちはたちまち包囲された。
しかし、いくら襲撃を予想していたとはいえ、まさか2人しかいないとは思っていなかった。
あまりの少人数に、逆にムヒドは警戒を強めた。
ムヒドが千の兵を率いて、ロンの前に進みでてくる。
千の兵は、全員が剣を持っていた。
おそらく、そのすべてが魔剣なのだろう。
そしてこの兵士たちは全員が、ジョブは剣士である。
ゴデル軍には珍しい、剣士の集団だ。
ここには3,500の兵がいるはずだ。
残りの2,500名の姿は見えなかった。
いや、見えてはいたが、かなり遠くにいる。
5キロ以上離れた場所で、円形にロンたちを囲って立っている。
2,500名は魔法使いであった。
ムヒド直属の部隊以外に、ゴデル軍には剣士はほとんどいない。
ゴデル軍は剣士の人口が少ない。
魔法使いたちが何故そんなに離れた位置にいるのか。
理由は明確だった。
ロンの持つ、魔法を封じる魔道具だ。
ロンの腰には、錆びた金色の鈴がぶら下がっている。
この鈴の音を聞けば、魔法使いは魔法が使えなくなる。
ゴデル軍はこの情報をちゃんと持っており、その対策をしてきたのだ。
つまり魔法使いたちは、鈴の音が聞こえない場所まで、離れていたのだ。
5キロ以上離れていても、優秀な魔法使いなら、魔法を放ち、相手に命中させることができる。
おそらく2,500名の魔法使いは、全員がそれを行えるのだろう。
ロンは一度しか使っていない、魔法封じ対策をしっかりと行ってきているゴデル軍に、感心をする。
もしもの時のために、この戦争の開戦前から考えられていた作戦だったのかもしれない。
そして、この鈴の効果が、魔道具には発動しないこともちゃんと知っているのだ。
千の兵士が持っている、魔剣には効果がない。
魔剣の効果は衰えない。
賢者バスラが、魔法封じをリングの魔道具で無効化できたのも、このためだ。
賢者自身は魔法を封じられていたが、魔道具は使うことができた。
だから賢者の魔道具は発動し、賢者は魔法が使えるようになった。
この鈴の魔道具は、魔道具を停止させることはできない。
しかし、ロンも今回は魔法封じが役に立たないだろうことは予想していた。
今回の戦いは、そういった小技は必要ない。
最初から力押しでいく。
正面から堂々と姿を現したのも、策を弄するつもりのないあらわれであった。
「ハルス家のロンだな。下級魔法使いであると聞いている」ムヒドが言う。
ロンはムヒドの姿を初めて見た。
長身ではあったが、ムヒドは細身であった。
剣聖である父や、ロイエンとくらべると随分か細く見える。
イメージしていた容姿と違い、ロンはすこし驚く。
しかし、最強の剣士であるリンが細身なのである。
リンの場合はむしろ華奢にすら見える。
見た目での判断は、なんの役にもたたない。
「あなたは剣聖ムヒドですね」とロンは言う。
「ああ」と、ムヒドがうなずく。
「なぜ、ふたりしかいない」ムヒドが当然の疑問をたずねる。
「ムヒドさん、あなたは剣聖です。
とても素晴らしい剣士です。
僕の父、もうひとりの剣聖ハルスを倒したことで、剣士として最強であることが証明されました。
剣の腕を磨くものとして、最高の名誉ではないでしょうか。
武に身を置くものは、みんな孤高の高みを目指しますから。
魔法使いなども、もちろん高みを目指しています。
しかし、剣士の目指し方とはすこし違う。
剣士は己の力のみで、トップに立ちたいと考えているものがほとんどです。
個々の力を高めることに重点を置きます。
魔法使いは個々ではなく団体で考えます。
そのため誰かをサポートする技術にも力を入れていますし、複数の敵を同時に攻撃できることが重要だったりします。
剣士が個々の力比べを好むのと、ずいぶんと違います。
ムヒドさん。あなたは剣士です。
それも最上職の剣聖だ。
個々の勝負にこだわりがあるはずです。
1対1に美徳を持っておられるはずだ」
ロンが一度、隣にいるリンの方を見る。
リンはあくびをしていた。
リンは長い話が苦手だ。
長時間の挨拶など聞いていることは不可能な体質であった。
リンにとって、ロンの話は長すぎたようだ。
ロンの長話は今にはじまったことではないが、今はロンとリンのふたりしかいない。
リンのあくびは大変よく目立った。
「1対1の決闘は、剣士の矜持のあらわれだ。
ここにいるリンと1対1の勝負をしてみませんか。
その決闘で戦争の勝敗を決めるのです。
兵に余計な犠牲も出ない。
あなたにとっても、それほど悪い話ではないはずだ」
ロンがもう一度、リンの方を見る。
今度はあくびをしていなかった。
なんとか、両目を開けて、まっすぐに立っていた。
「このリンは実を言うと、ジョブは剣聖です。
父以外にも、ハルス家にはもうひとり剣聖がいたのですよ。
そして、リンは父よりも強いです。
ムヒドさん、あなたは父を倒して最強になったと考えているかもしれない。
しかし、残念ながらそうではありません。
まだ、このリンがいます。
あなたが最強かどうかは、まだ、わかっていないんですよ。
ここで白黒をはっきりとつけてしまいましょう」
ロンが、ムヒドの嫌味にならない程度に軽く笑みを浮かべる。
ムヒドはリンを凝視していた。
突然現れた、もうひとりの剣聖に驚きはしているようであった。
しかし、すぐにムヒドはいつもの感情の読みとりにくい顔へと戻る。
「たしかに、その娘と手合わせしてみたいとは思う。
だが、これは戦争だ。
戦争は勝つことのみが正義だ。
3,500対2で戦えるというのに、どうして1対1で戦うというのだ。
そこまで私は馬鹿ではない。
それにな、私は剣士として最強ではない。
たしかに剣聖ハルスには勝った。
しかし、それはこの魔剣あってこその話。
魔剣ラディングの力がなければ、私はハルスには到底及ばなかっただろう。
もともと剣士としての高みはあきらめているのだよ」
「それは残念だ」とロンが言う。
「せっかく僕は見学しているだけでよいと思ったのに。
最近あまり睡眠をとっていないから、寝不足で、あまり体を動かしたくなかったのだけどな」ロンが残念そうに嘆く。
ロン自身、この提案が受け入れられるとは考えていなかった。
それでも万に一つの可能性はあったので一応言ってみたのだ。
「それにな、剣聖ハルスが最後に言っていたのは、リンと言う名前ではなかったぞ。
ハルスは最後に、ロン、お前の名前を言っていた。
ロンには誰も勝てない。
それが剣聖ハルスの最後の言葉だったよ。
剣聖であるその少女でなく、下級魔法使いである君が私を負かすと言っていた。
ロンくん、君はまったくもって不可解な存在だね。
ここでしっかりと始末しておくとするよ」
剣聖ムヒドが剣を抜いた。
誤字報告、ありがとうございます!
明日も、午前7時15分ごろに投稿予定です。
最終話まで、残り10話となります。
73話で最終回です。




