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60話 出陣

 ロイエンは話を終えると、すぐに医療室に運ばれた。

 命に別状はなさそうであったが、長期の安静が必要そうだった。


「一度、撤退をするのが正しい判断なんだろう」ロンが言う。


「でも、このまま剣聖ムヒドを放置するのは危険だと僕は考えている。

 魔剣の力は脅威だ。

 勢いづかせるのは得策ではない。


 ムヒドには今、3,500の兵しか従えていない。

 ムヒドクラスの将校にはこれはかなりの少人数だ。

 3,500という少数で、戦場に孤立している。


 ある意味これはチャンスでもある。

 ここでムヒドを倒してしまえば、今後のゴデル国との戦争をかなり有利に進めることができる。

 いや、ゴデル国は降伏すらするかもしれない。

 賢者と剣聖のふたりを同時に失っては、軍事体制の崩壊はほぼ必死だ」


「では、この後はムヒドと戦闘か。

 ハルス家の本陣奪回に向かうのだな」ティラが言う。


 ロンはうなずく。

 ポケットから飴をとり出して、包装をはずして、なめる。


「ただし、第4大隊は賢者との戦いで、半数以上が負傷してしまっている。


 200名強の兵士がいたからといって、魔剣を持ったムヒド軍の前には戦力にならないだろう。


 第4大隊がどれほど優秀だとしても、おそらく魔剣には敵わない。

 あのロイエンが敗北するほどの力だからね。


 力のない者はむしろ足手まといになるだけだ」


「そうだな」ティラも複雑な表情を浮かべながらも、うなずく。


「しかし、それでは数名で3,500の敵を相手にすることになるぞ」


「ああ。

 賢者は2万の兵を50で倒している。

 400倍の敵だ。


 僕はその賢者を倒している。

 それ以上の数でも倒せるということだ」


「私とリン、それにジルとレム。

 ロンを入れて5名という感じかな。


 3,500対5。700倍だ」


「いや、700倍ではない。


 僕なら2,000倍でもなんとかなる」ロンが言う。


「どういうことだ」ティラが不審そうに首をかしげる。


「僕とリンのふたりで充分ということだよ。

 3,500対2だ。1,750倍だね」


「バカな、それはあまりに無謀というものだ」ティラが叫ぶ。


 ロンが珍しく真剣な顔でティラを見つめる。


「ティラ、それは反対だ。

 ティラが僕たちについてくることの方が無謀なんだよ。

 きつい言い方になってしまうけど、それが事実だ。


 相手はティラの父親の腕を切り落とせるほどの実力がある。

 それが千名いる。


 ティラはたしかに父親であるロイエンよりも強い。

 でも、強いと言っても10回戦って9回勝つ程度のものだ。


 それでは千名を相手にはできない。

 すぐに斬られてしまうのがおちだ。


 僕やリンなら、10回戦えば10回勝つ。

 100回でも1,000回でも同じだ。

 すべてを勝利することができる。


 ティラの実力では、やはり他の兵士たちと同じように足手まといになってしまうのだよ」


 ティラは言い返そうと口を開く。

 しかし、そこから言葉が出てこない。


 目の前のふたりよりも、自分の実力が大きく劣っていることは明白だった。


 ティラが拳を握る。

 地面をにらみながら、何とか自分も戦える方法はないかと模索する。


「それにティラには、もともと、ここに残ってもらわないと困るんだよ。


 隊長と副隊長が、兵士を残してふたりともいなくなるわけにはいかない。

 第4大隊がここに残る以上それを指揮する者が必要なんだ。


 ティラにはこの第4大隊の統括を頼みたい。

 それが副隊長の役目でもある」


「ならせめてジルとレムを連れていってくれ。

 あのふたりは、遠距離攻撃も得意としている。

 それなら、魔剣の千の軍団も、倒せはしなくてもサポートぐらいはできるだろう。

 あのふたりなら、危機的状況もうまくかわせそうだ。


 ロンとティラについていっても、足手まといにはならないのではないか」


「ジルとレムなら、もしかするとそうかもしれない。

 それでもやはり実力には不安がある。


 それにジルとレムもここに残った方がいい。


 僕は何もティラにお留守番をしていろと言っているわけではないんだよ。


 このゴデル軍の本陣に残るということは、むしろ剣聖ムヒドのもとへ向かうより危険なことかもしれない。

 僕の予想では、そうなる確率が高い。


 だから、ティラとジル、レムには、その脅威を少しでも足止めして欲しいと思っている。

 このゴデル軍の本陣で、時間稼ぎをして欲しいんだ」


「まさか、ゴデル国から援軍が来ると言うことか」ティラが言う。


 ロンは深くうなずく。


「ゴデル国はなんとしてもこの第4大隊を殲滅しておきたいと考えているはずだ。


 古代遺跡を領地に持ち、雷帝シュルムだけでなく、賢者バスラまでも倒したハルス家の第4大隊は、敵にとっては大きな脅威だ。

 休む暇など与えずに攻撃を仕掛けてくるだろう。


 おそらく、その増援に合わせて剣聖ムヒドもこちらに進軍してくると思う。


 ゴデル国からの増援は、大規模なものになるだろう。


 賢者ようする2万で決着をつけられたなかった相手だ、おそらく5万は下らない。

 最悪の場合は10万の兵が攻めてくるだろう」


「10万だと」ティラが叫ぶ。


 ロンがティラに微笑む。


「ティラにはその増援がもしも、僕の予想より早く到着してしまった場合、少しでも足止めしていてもらいたい。


 500の兵で、10万の兵を足止めするわけだ。

 剣聖ムヒドよりもスリリングだろう」


 ティラはロンの言葉が、なんだかうまく現実として想像できなかった。

 なにしろ、そう語っているロン自身は、こんなにも恐ろしい事態なのに微笑んでいるのだから。


 しかし、それでもティラは、やはり笑顔をつくってうなずいた。


「わかった」とティラが言う。


「僕とリンは、できるだけその援軍が来る前に、剣聖ムヒドとの決着をつける。

 剣聖ムヒドの兵をとりあえず倒してしまうよ」


「ああ、よろしく頼んだ」ティラが軽く頭を下げる。


 ロンが頭を下げるティラの様子に、クスリと笑う。


「それにこれは仇打ちでもあるんだよ。

 父であるハルスが殺された。

 親の仇だ。

 家族の問題でもあるんだ。


 ティラは怪我をしたお父様のロイエン様の近くいてあげてよ」


「それを言ったら、リンも関係ないだろうが。

 リンも他人だ」ティラが恨めしそうに言う。


「いや、リンにとっても親の仇だ。

 リンと僕は兄妹なんだよ」


 ティラがこれまでで一番驚いた表情を浮かべる。

誤字報告、ありがとうございます!


明日も、午前7時15分ごろ投稿予定です。

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