6話 襲撃【ロン視点】
第4大隊は現在、敵に囲まれている。
その第4大隊に合流しようとしているのだ、敵軍に遭遇するのは当然のことだった。
第4大隊のいる円の中心に行くには、敵兵が作っている円弧のどこかを突っ切らないといけない。
わかっていたことだが、こうして目の前の敵を見ると、その困難さをあらためて実感できる。
なにしろこちらはふたりしかいないのに、敵兵は30以上いるのだ。
敵影を黙って見つめている僕に、リンは首をかしげる。
「どうしたのですか?
私とロン様のふたりでたら、相手にできない数ではないと思うのですが。
正面からダダーと行って、チャチャーとドンパチして、ブブーと進んでしまいしょうよ」
リンが鞘から剣を抜きながら言う。
「いや、物事はそんなに単純ではないんだ。
たしかに30人ならなんとかなるだろう。
ただ、問題は増援だ。
敵は第4大隊を取り囲んでいるのだから、当然このあたりには他にも敵兵がわんさかいる。
僕たちが戦いを起こしたら、すぐにそのことに気づいて、周りの敵兵が集まってくるだろう。
そうなったら、取り囲まれて、数のごり押しであっという間にお陀仏だ」
「なるほど、ただ倒せばいいというわけではないのですね。
周りに気付かれないように倒さないといけないと」
リンはうんうんとうなずく。
「ただ、やはり問題はなにもありません」
リンは隠れていた木陰から、悠然と歩みでて行った。
剣を携え、30人の兵のまえに、堂々と歩き進む。
僕は呆然としてしまう。息がとまってしまった。
止めなければと思った時には、もう遅く、リンの姿は敵兵にしっかりと目視されている。
敵も驚いていた。
剣を持った美少女が、こちらに無防備に歩いてくるのだ。
ロングの金髪が、風になびいている。
顔には、少女にふさわしい微笑みが浮かんでいる。
剣と美少女の組み合わせがおかしいし、さらに、ひとりで30人の敵に向かってくるのがおかしい。
敵もこの状況をうまく理解できていなかった。
リンはそのままスタスタと、敵兵の中に進んでいく。
30人の兵士は、うまく状況を理解できていないながらも、彼女を取り囲む。
リンの姿が、男の兵に囲まれ見えなくなる。
「なんだお前は」と敵兵のひとりが言う。
その敵兵はリンの肩を掴む。
「リンと申します。
ハルス家で従者をしております」
彼女はお辞儀をする。
「おわかりだと思いますが、あなたがたの敵です」
リンがそう言うと、リンの肩を掴んでいた男の首がとぶ。
首の切断面から、血が吹きでる。
リンを取り囲んでいた兵士のひとりが、叫び声をあげようとする。
しかしその兵士は叫ぶことはできない。
次の瞬間には、今度はその兵士の首がとんでいたからだ。
その後、30人の首が次々と切り落とされていく。
タンポポの花を摘みとるみたいに、リンは兵士を倒していく。
最後のひとりが崩れおちると、リンは僕のほうに振りかえる。
「終わりましたー」と彼女は言う。
僕は木陰からでていき、リンのそばまで移動する。
地面に積み重なる死体を、踏まないように歩く。
「やはりゴデル国の兵は弱いですね」
リンは死体を見下ろしながら言う。
僕はリンを見つめる。
僕の視線に気がついたリンが首をかしげる。
「どうしたんですか?
私の美貌に惚れてしまいましたか。
告白しようか、しまいか、悩んでいるのですか。
私は一般的な女の子と同じように、キラキラとした高価なものが好きです。
五千万ゴールド以上の品物を献上していただき、毎月五百万ゴールドと半年に一度、三千万ゴールドをいただければ、月に3回程度はデートをしてあげてもかまいませんよ」
「守銭奴のリン。
おまえ、何者だ」
「ただの大富豪の愛人を夢見る少女ですよ」
リンが強いのは知っていた。
しかし今見せられたリンの動きは尋常じゃなかった。
僕の魔法で強化された動体視力でも、リンの動作はまったく追えなかった。
リンがどう動いたのかわからない。
通常の強いというレベルを超えている。
学校で一番だとか、一族で一番だとか、そういう域の存在ではない。
彼女には、世界的な、伝説的な強さが感じられた。
彼女が、ただの従者であるはずがなかった。
「リン、おまえは何者だ」と僕はもう一度きいた。
リンはにっこりと笑う。
いたずらを仕掛けて、罠にかかるまで見守っている子供のように笑っている。
「秘密です」
僕はしばらくの間、彼女の目を見て黙っている。
彼女の笑顔は変わらない。
ため息をつく。
ポケットに手を入れる。
飴を取りだす。
最後のひとつの飴玉だ。
また補充しないと。
「リンは僕の味方なんだよね」
「はい。私はロン様の味方です。
私のことは本物の家族のように思ってください」
僕は父親と弟の顔を思い出して苦笑した。
僕は飴を口にいれる。
とりあえずは、これで前進できる。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。