59話 もうひとつのゴデル軍
ロンたちのもとへ姿を見せたロイエンは、片腕を失っていた。
医療班がすぐに治療をおこなおうとするが、ロイエンはそれを拒否した。
ロンへの現状報告を優先したためである。
ロンも戦況の把握が最優先課題であると考えている。
そこで手術を受けながら、話を聞くことにした。
ティラとリンが同席をした。
ティラは父の片腕を失った姿に顔を一度ゆがめたが、すぐにもとに戻す。
親子の会話はひかえ、父の話を黙って聞いていた。
「私は1万の兵を率いて、林の中に潜んでいた」ロイエンが少し早口になりながら言う。
「ゴデル軍に奇襲を仕掛けるために、隠れていたのだ。
ゴデル軍は7千。数的にもこちらが有利だった。
ゴデル軍は奇襲への警戒は弱かった。
自分たちが奇襲を仕掛けようとしているのだ、まさか反対に奇襲を仕掛けられるとは考えていない。
簡単に我々の潜む地点に近づいてきた。
魔法使いは接近戦に弱い。
反対に剣士は強い。
そして我々は敵の背後から襲いかかる。
奇襲は見事に成功した。
敵の魔法使いを次々に斬っていった。
勝利は確定されたかのように思った。
しかし、奴が現れた。
剣聖ムヒドだ」
「剣聖ムヒドだって」ロンの声が思わず大きくなる。
ティラとリンの表情も一気に厳しくなる。
ゴデル国には3強と呼ばれる強者がいる。
ひとりは先日戦った賢者バスラ。
もうひとりは、ゴデル国の王であるゴデル3世である。
そして最後のひとりが剣聖ムヒドだった。
彼は魔法大国であるゴデル国に生まれた剣の天才だ。
アステル国にロンのような魔法使いがいるように、ゴデル国にも剣士はいる。
しかしジョブというのは遺伝が大きく影響をする。
優秀な剣士の親からは優秀な剣士が生まれ、優秀な魔法使いの親からは優秀な魔法使いが生まれてくる。
アステル国には優秀な魔法使いはいない。
上級魔法使いが数人いるが、それもゴデル国から見れば一般兵に毛が生えたレベルだった。
反対にゴデル国の剣士のレベルは低い。
しかし、そんななか奇跡的に剣聖が生まれた。
両親は両方とも剣士であったが、中級剣士と下級剣士であった。
そのようなふたりの間に剣聖が生まれたことは、異例中の異例だった。
神は時々このようないたずらをする。
剣聖にロンのような下級魔法使い授け、魔法の国ゴデル国に剣聖を生みおとす。
そしてゴデル国の剣聖は剣聖の名に恥じない実力を持っていた。
ジョブによる恩恵は絶大だ。
下級魔法使いであるロンだけが例外であり、本来であれば下位のジョブの者が上位の者より優れていることはありえないことだ。
つまり、ゴデル国の剣聖は、アステル国の上級剣士の誰よりも強かったのである。
剣の国であるアステル国にも、剣聖はひとりしかいない。
ロンの父親、ハルスである。
アステル国には結局ハルスひとりしか、剣聖ムヒドに勝てる者はいなかったのだ。(ただ、ロンとリンの存在はあるが)
そして剣聖ムヒドの存在は、ゴデル国に少なくない影響を与えた。
魔法主義の国ではあるが、ムヒドは国の要人となった。
実質、皇帝に次ぐ権力を持っていた。
ムヒドは剣士であるので、当然自分の部下は魔法使いではなく、剣士を集めた。
魔法しか使っていなかった軍に、剣の部隊ができたのである。
ムヒド自身が部下の稽古をつけ、強いとまで言えなくとも、ある程度の力を持った剣士の集団ができた。
魔法使いとの連携にも長けていたので、ムヒドの部隊は多くの戦果をあげていた。
「まさか、剣聖ムヒドまで、この戦争に参加していたとは。
雷帝シュルムを倒して油断していた。
シュルム以上の敵は現れないだろうと。
しかし、ゴデル国の3強のうちふたりがこの戦場にいたとは。
賢者と剣聖を同時に投入してくるとは、ゴデル国も今回の戦いを相当に重要なものと考えているようだ」ロンが言う。
「しかし、いくらムヒドがいたからといって、お父様があっさりと敗れてしまったことが理解できません。
奇襲は成功したのでしょう。
剣聖の力は確かに凄まじいです。
でも、ハルス家の1万の剣士に敵うとも思えないのですが。
ましてや、ハルス家の本陣を殲滅し、あの剣聖ハルス様を討ちとれるとは思えませんが」
ティラが思わず口を開く。
ティラの言葉に、ロイエンはうなずく。
「そのとおりだ。
ムヒドは剣聖といっても、所詮は魔法の国の剣聖だ。
ハルス様の実力には遠くおよばない。
事実、3年前にふたりは剣を交えたことがあるが、ハルス様の圧勝だった。
ムヒドが逃走をはかったので、とどめこそ差し損ねたが、ハルス様の敵ではなかった。
今でもそうだ。剣の実力はハルス様が上だ。
しかし、ムヒドは武器を手に入れていた。
魔剣だ」
魔剣とは剣の魔道具であった。
種類によってその効果は異なるが、たいていは手にするものの力を2倍から3倍にする。
ものによっては10倍にまで跳ね上げるものまである。
「ムヒドが持っていたのは、魔剣ラディングだった」
「ラディング! あのラディングですか!
神の化身ユグリルトが災厄の龍の首を断ち落とした時に使った。
あの神話に出てくる剣ですか!」
リンが急に興奮をして叫ぶ。
ロイエンは深くうなずく。
「そうだ。
神話のとおりの力だった。
魔剣ラディングを持ったムヒドの力は尋常ではなかった。
もはや人間のレベルを超えている。
神話の中の英雄そのものだ。
ハルス様もあの力の前では、まったく歯が立たなかったのだろう。
攻め込まれた本陣は、数分で瓦解していた」
ロンが下を向き黙っている。
ティラはそんなロンの様子を一瞬見てから、視線を父親に戻す。
「お父様の腕も、ムヒドにやられたのですか」
「いや」ロイエンは苦々しそうに首を振る。
「これは一般兵にやられた。
ムヒドの部隊の一兵士にやられたものだ」
ティラが口を開けて固まる。
ハルス家の剣士が、ゴデル国の剣士におくれをとるなど考えられなかった。
ましてやロイエンはハルス家のナンバー2と言われている男である。
相当な不運でも続かない限り、ロイエンがダメージを受けることはないはずだ。
「ムヒドの部隊1,000人は、全員、魔剣を持っていた」
ロイエンはひどく小さな声で言った。
明日も午前7時ごろ投稿予定です。




