56話 賢者 vs 下級魔法使い6
ロンが5つの小さい炎を手に浮かべる。
自分の魔法が消されたことに驚き、固まっているバスラに向けて放つ。
バスラは炎にまったく反応できずに、直撃する。
5つの炎はすべて、バスラの胴に打ち込まれる。
バスラは体をくの字にして、その場に膝まづく。
「どうして」バスラは苦しそうな呼吸のなか、途切れ途切れに言葉を発する。
「どうして、私の魔法をお前がキャンセルできるのだ。
魔法の術式に、他者か干渉するなど不可能なはずだ。
しかし、お前が行っていることは、私の作った術式の改変だ。
お前が術式に余計な操作を行っているので、炎は発動されずに消えてしまっている。
一体、どうしてそんなことが可能なのだ」
バスラが口もとの血が飛ぶ。バスラの声が大きくなる。
「普通にあなたが魔法を使っていたら、キャンセルなんてできない。
けど、あなたは普通には使っていなかった。
時魔法を使って火属性の炎を作っていた。
つまり2属性の同時使用だ。
シュルムも移動魔法と雷魔法を同時に使っていた。
そして僕は彼やあなたの使う2属性の並行使用を見て、ずいぶんずさんだと感じていたんだよ。
技術が幼稚だ。
ゴデル国では得意な属性をとことんまで鍛えるのが正しいとされている。
範囲が大きく威力の高いものが正義とされている。
2つの魔法を同時に使えば、どうしても威力は落ちる。
広範囲に展開するには魔力もより必要となってくる。
ゴデル国では、2属性使用はあまり推奨されていない。
むしろ毛嫌いされている。
そのため、2属性の同時利用の技術はあまり研磨されていない。
文献もほとんどないし、その研究に力を入れている組織もない。
賢者であるあなたは、3属性を使いこなすことができるので、ある程度は鍛錬を積んでいるようだ。
しかし、それも中途半端なものになってしまっている。
威力主義のゴデル国の風習にどうしても流されてしまったのだろう。
2属性の協調よりもそれぞれの威力にのみ注力した術式となっていた。
時魔法と火魔法がまったく連携できていない。
術式は強引に重なりあい、実に不安定だった。
賢者であるあなたがそのことに気がついていないのも驚きだ。
それだけゴデル国では威力主義が横行しているということだろう。
初級魔法を軽んじているところからも、そのことはよくわかる。
実際はもっとも効率的で発動条件の少ない初級魔法は、かなり優秀だというのに。
あなたも気がついていると思うけど、僕は常時複数の魔法を発動させている。
今回は身体強化の魔法と、炎と風の魔法を同時発動していた。
2属性どころが、さらに複数の魔法を同時に使っている。
僕はこの他属性の複数利用に関しては、そこそこ自信がある。
あなたは僕に魔道具を扱う才能があると言った。
でも、僕のもっとも優れた能力は、この他属性魔法の同時使用なんだよ。
僕は10以上の属性を扱うことがことができる。
そんな僕から見ると、あなたの2属性の同時使用はあまりに不安定だ。
そして、一度その術式を見れば、その弱点は簡単にわかった。
外部からの魔力流入に対して、何も対策がとられていない。
2属性を使うために、お互いに魔力の行き来が必要になる。
そのための通路を術式に作っておかなければならない。
しかし、その通路にセキュリティがほどこされていない。
よそからの魔力の流入を許してしまっている。
僕はそこから、害ある術式を組み込んだ魔力を流しこんだ。
侵入してきたその魔力によって、あなたの魔法の完成を妨害していた。
魔法は未完に終わり、消えさってしまう。
あなたの魔法がキャンセルされたのは、こういう仕組みだ」
ロンは氷の粒を手のひらに浮かべる。
両手いっぱいに、氷の粒が浮かぶ。
それをバスラの両手に放つ。
バスラの手に霜が浮かぶ。
手が凍ることはなかったが、指はかじかみかなり自由が奪われた。
魔法を使うさいに手は重要な要素となる。
手の動作により生成される魔法は多い。
これでバスラはさらに無力化された。
「僕は下級魔法使いだ。
能力では賢者には足元にも及ばない。
けどね、だからといって僕があなたより劣っているとは限らない。
事実、魔法技術では僕の方が圧倒的に上だ。
僕から見ると、賢者であるあなたの魔法は、まだまだ未熟なんだよ」
バスラが頭を垂れる。
地面につく、自らの膝をながめる。
「私の負けか」バスラがうなる。
バスラの体が一瞬赤く輝く。
輝きはすぐにおさまる、
しかし、バスラの胸の中心には赤い小さな光が灯っていた。
「自爆魔法か」ロンが言う。
「ああ、あと数分後に私の体は爆発する。
私自身の体の中に魔法を作った。
これでお前も干渉できないだろう。
この魔法を消し去ることはできない」
「そうだな。
ただ、その自爆がどれほどの威力があるにしろ、僕たちを殺すことはできないよ。
あなたと僕たちは離れている。
結構な距離だ。
爆破の威力は弱まるだろうし、僕たちには隠れることのできる塀がすぐ後ろにある。
魔道具で障壁も張れる。
無駄なあがきだよ。
命を無駄にすることはない。
おとなしく捕虜になってくれれば、命の保証はする。
降伏をしてはもらえないかな?」
バスラが首を持ち上げる。
顔をロンに向ける。
「ロン、お前は極真具パドスをあたかもそれがどのような装置であるか知っているかのように振るまった。
それを見て、私はまんまとパドスが大量破壊兵器であることをしゃべってしまった。
私はそれの反対をした。
できるのに、できないふりをした。
いや、知ったことで、できるようになったと言うべきか」
バスラの手には、透明な玉が握られていた。
ロンはその玉をよく知っていた。
今もそれと同じものを自分が持っていた。
賢者の持つ魔道具は、バスラ自身が先ほど壊したはずだった。
地面に叩きつけて、粉々になったはずだった。
「賢者は3属性に適応性が、しかし、それは3属性しか使えないというわけではない」
バスラの体や消える。
次の瞬間にはロンの目の前にバスラが現れる。
バスラの体が真っ赤に膨れあがる。
「遅いよ」
バスラの体が爆発することはなかった。
バスラの胸にはロンの剣が突き刺さっている。
赤い小さな光は、その剣で貫かれている。
バスラが前に倒れこみ、ロンにもたれかかる。
口から大量の血が吐きだされる。
ロンの手は、抜刀された剣からつたう、バスラの血で濡れていく。
「瞬間移動からの魔法攻撃は、シュルムの時に見ているよ」
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




