52話 賢者 vs 下級魔法使い2
「やはりこれが、ゴデル軍が危惧してものだったか」
ロンが手首を軽く振る。
鈴が揺れる。
しかし音は鳴らなかった。
「この魔道具でしたら僕にも使える。
魔力量が少なくても、これなら発動できる。
有効範囲は小さくなってしまうけどね。
あなた方50人程度にだったら、発動させることができる。
この魔道具も扱いは難しい。
かなり複雑だ。
しかし魔力量とは違い、これは技術でどうにかなる」
「それは、魔道具の中でも特殊だ。
扱えるようになるには数年は要するはずだ」
賢者バスラが言う。
少し声が高い。
ロンは笑顔を浮かべながら、鈴を顔の高さまでかかげる。
手を振る。
鈴がチリンと鳴り響く。
小さい鈴であったのに、その音色は離れたゴデル軍にもはっきりと聞こえた。
ゴデル軍の全兵士の顔色が真っ青になる。
震えている者もいる。
第4大隊の兵は、突然恐怖を覚えているゴデル軍の様子が理解できなかった。
変化は何も見られなかった。
傍目からは身体に異変が起こっているようには見えなかった。
ゴデル軍のひとりの兵士が、手に持っていた鉄の筒を落とす。
カラム軍を殲滅した、あの鉄砲である。
それを地面に落とした。
その姿を見て、ロンはゆっくりとうなずく。
「どうやらちゃんとうまく発動したようだ。
なにしろ実践で使うのは、初めてだからね。
ちょっとは不安があったんだよ」
ロンが鈴をさらにもう一度鳴らす。
高い音が、響く。
「これで魔法は使えない」
ロンが口角を吊りあげる。
「あなたたちが恐れていたのは、魔道具のこの能力だ。
この魔道具は一定空間を魔法の使用を不可能にする。
魔法使いが魔法を使えなくなる。
これがどれほど重大な問題であるかは、誰でもわかる。
もはや、今のあなたたちは斬られるだけの存在だ」
ゴデル軍の魔法使いが、それでも数名が腰に差している剣を抜く。
慣れない手つきで剣を構える。
それはせめてもの抵抗であったが、そこには何の意味もない。
日々、机の上で勉強ばかりしている者が、子供の頃から鍛錬を積んでいる剣士の相手になるはずがないのだ。
ロンとバスラの話を聞いていた、第4大隊は状況を理解し、自分たちの優位を知る。
突然現れた賢者への動揺もなくなり、平常心に戻る。
ゴデル軍とは反対に、武器を構え、戦闘態勢に入る。
バスラは左手を提げている鞄に入れ、本を取りだす。
本を開く。
しかし、それだけだ。
そのあとには何も起きない。
バスラの眉間にしわがよる。
「降伏されますか?」ロンが言った。
「さすがの賢者も魔法が使えなければ、どうしようもないでしょ。
200年ぶりの賢者だ。
アステル国に囚われたとしても、殺されずに生かされる可能性が高いと思うよ」
バスラは持っていた本を閉じる。
「遺跡が見つかってから、まだ間もない。
この短時間に、その魔道具を使いこなすとは。
やはり、魔道具を扱わせたら天才だな」
バスラは今度は右手を鞄の中に入れる。
そして腕輪のようなものを取りだす。
リングは透明で、内部が透けて見えた。
そこには液体が入っているようだった。
緑色の液体が、バスラの手の動きに合わせて揺れている。
「たしかに私たちはその魔道具を恐れている。
でもな、対策がまったくないわけでもないのだよ」
バスラがリングを握りつぶす。
リングはふたつに折れて、なかの液体がこぼれる。
緑の液体は、空気に触れるとすぐに蒸発した。
緑の蒸気となりバスラの体を包む。
バスラが再び本を開く。
「いろいろと制約はあるけどね。打開策はあるんだよ」
本のページが黒く染まる。
そして世界も黒で埋めつくされる。
すべてのものが見えなくなった。
「ロン。残念だったな。
降伏はお前がすべきだな」
バスラの周りに火の玉が浮かぶ。
もちろんその火の玉はロンたちには見えていない。
バスラの魔法は闇魔法だ。
それは光をなくす魔法だ。
完全な闇を作り出すことができた。
この世界ではバスラだけが見ることが可能だった。
視覚を失えば、ほとんどの敵を無力化できる。
特に剣士は視覚を頼りに戦っていることが多い。
暗闇に包まれた世界で、バスラは優位に立ちまわることができた。
バスラの魔法攻撃は非常に防ぎづらいものとなった。
熱や音は消えないが、見えないものを避けるというのは、ほとんど不可能であった。
何かが迫ってくるのを感じても、どう避ければ良いのかわからないのだ。
大きさもわからなければ、速度もわからない。
炎が迫ってくるのがわかっても、そのサイズがわからないのでどこまで移動して避ければいいのかわかない。
炎の速度がわからないので、避けるタイミングもわからない。
何と言っても、遠距離攻撃をしているバスラの位置を特定できないというのが大きい。
バスラは完全に安全な状態で一方的に攻撃ができた。
闇魔法を発動してしまえば、バスラは無敵であったのだ。
そのため、バスラはひとりで1万の軍勢を殲滅できた。
闇魔法の空間のなかで、バスラの無双がおこなわれる。
おこなわれるはずだった、、。
「残念だったな」
バスラのすぐ目の前にロンが立っている。
驚愕にバスラは固まる。
すでにロンの剣は振り下ろされている。
バスラの肩に斬撃が走る。
血飛沫が宙に舞う。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




