48話 賢者バスラと50名1
ジルとレムが無事に第4大隊に戻ってくる。
ふたりの姿を見て、ロンの顔に笑顔が浮かぶ。
なんだかんだでロンはふたりの身を案じていた。
何しろ敵陣の真っ只中にいたのだ。
危険は計りしれない。
ジルとレムが無傷で、こうして帰ってきてくれて、ロンは純粋に嬉しく感じていたのだ。
しかし、ふたりの姿を見て数瞬後、ロンの顔色が曇る。
ジルの全身を、にらみむように注視する。
座っていたロンは立ち上がり、ジルに近づく。
ジルは何が起きているのかわからなかったが、じっと動かなかった。
どうやらまずい事態になっているらしいことは、予想できた。
ロンがジルの背後にまわり、背中を見る。
視線を頭部にまであげる。
顔をさらに近づける。
耳の裏を注視しる。
ロンがジルの耳の裏に手を伸ばす。
親指と人差し指で、そこにある何かをつまむ。
ロンはつかんだ何かを、そのまま引っこぬく。
ロンの手には針が握られていた。
どうやらその針はジルの頭に刺さっていたようだ。
ジルはまさかそんなものが自分の頭から出てくるとは思っておらず、目を見開く。
痛みなどは一切なく、針が刺さっている感覚はまったくなかった。
「それは何だ?」ジルがロンに聞く。
ロンの持つ針を薄気味悪そうに見つめる。
「魔道具だ。
これは追跡装置だ。
この針がある場所をすぐに特定できるようになっている。
おそらくジルが捕虜として捕まった時に、仕掛けられたのだろう」
ロンは手に持つ針を見て、まるで毛虫でも触っているかのように、不快な表情を浮かべる。
針を机の上に置く。
「うかつだった。
相手はゴデル国だ。
様々な魔道具があることは知っていたはずなのに」
ロンはしばらくの間、針を見つめる。
窓から差し込む陽光に、針が怪しい光沢をたたえている。
「すべての兵士に戦闘の準備に入るように伝えろ。
敵にこちらの存在と位置がばれた。
何かを仕掛けてくる可能性が高い。
下手をすると撤退もありえる」
「しかし、ゴデル軍は今、ハルス軍とカラム軍と交戦中のはずです。
こちらに手をまわす余裕などあるでしょうか?」とティラが言う。
「おそらく賢者バスラは、ハルス軍の1万の兵のみでなく、カラム軍の1万も攻め込んでくるという情報も事前に入手しているだろう。
盗聴できる魔道具もあるからな」
ジルとレムが、苦い顔をする。
不覚にも、トド隊長を始末した際にカラム軍の進行の話をしてしまっていた。
敵の陣営にいるのに、無用心に軍事情報を話してしまっていた。
「カラム軍の攻撃が奇襲ではなく、賢者バスラに事前に準備する時間があるとなると、戦況はどうなるかわからない。
ここにある針のように、賢者バスラが使う魔道具は僕の想像以上に優秀だ。
賢者の実力を僕はまだ過小評価していたみたいだ。
2万の兵にも勝ってしまう可能性がでてきた。
もしもゴデル軍が勝ってしまった時に、この第4大隊をこのまま放置などしないだろう。
今のうちから警戒をしておいたほうがいい」
ロンは机の上に置かれた針をとる。
親指を押し当てて、ふたつに折る。
「嫌な予感がする」
その後、ティラによって急ピッチで戦闘準備が始められた。
兵士たちは鎧を着て、剣を持つ。
これから警戒態勢の配置につこうかという時に、見張りが警報の鐘をならす。
甲高い金属音が、響きわたる。
早すぎる、とロンは思った。
いくらなんでも、50名で2万を相手にして、このスピードでこちらに襲撃できるはずがない。
ロンはこの警報はまた別の突発的問題が起きたのだと考えた。
しかしすぐに、ロンのもとに報告にきた見張りが言う。
「ゴデル軍の敵影。その数50」
ロンの顔が青くなる。
「賢者バスラの姿も確認できております」
見張りの兵士は恭しく頭を下げ、すぐにまた持ち場へと戻っていった。
数瞬、停止していたロンだが、すぐにロンもテントをでる。
防衛線がはられる地点へと走る。
さすがは優秀な第4大隊である。
敵襲に備え、すでにある程度の陣形はできていた。
しかし突然の襲撃に、兵たちの気は落ち着いてはいなかった。
どうしても動揺が見られる。
ロンも前方の敵影を確認する。
たしかに、500メートルほど距離をあけてゴデル軍がいる。
見張りの話によると、ゴデル軍は突然にその姿をあらわしたという。
おそらく魔法を使っての移動であろう。
軍勢の先頭には、いっそう豪華なローブを着た若い男の姿があった。
おそらくあれが賢者であろうと思った。
ロンも自ら兵の先頭へ進みでる。
バスラがロンの姿を認める。
「お前がロンか?」とバスラが言う。
先の戦いの時と同じように、バスラの声は小さいが、全兵士にその声は届く。
「ああ」とロンがこたえる。
どうやらロンの声も全兵士に聞こえるようになっているようだった。
第4大隊の兵士たちは、突然聞こえてくる会話に、あたりを見まわす。
「ロン、お前にいくつか聞きたいことがある。
少し話でもしないか」
バスラが新学年のクラスメートに話しかけるかのように言う。
「ちょうど良かった。
僕もあなたと話かったんですよ」
ロンが微笑む。
それにこたえるかのように、バスラも笑顔を浮かべた。
ロンは飴がなめたいと思った。
しかし、慌てて出てきたため、ポケットの中には飴は入っていなかった。
明日も午前7時15分ごろ投稿予定です。




