42話 終戦へ
父親ハルスはふしていた目をまたあげる。
ロンを見る。
ロンはポケットから飴を取りだしているところだった。
包装紙をはがし、飴を口の中に入れる。
「どうして私の背後をとれた。
わしにはお前の姿が消えたように見えたが」
これまでの激昂は消え、小さな声でハルスが言う。
ロンはにこやかにうなずく。
「事実消えたのです。
魔道具ですよ。
ちょっとズルをしました。
ただこれは剣術の試合ではない。
決闘です。
魔道具を使っても文句はないはずです」
ロンは5センチ程度の大きさの、水晶玉のようなものをふたつポケットより取りだす。
それは瞬間移動の魔道具だった。
第4大隊から本陣に一瞬で移動してきた、あの魔道具だ。
ロンはハルスとの戦闘中、この玉をひとつ地面に落としておいた。
そしてハルスを、この玉を背後にする位置に誘導する。
ハルスがその位置で剣を振り下ろすように位置どる。
ロンはハルスが攻撃を仕掛けてきた際に、瞬間移動を発動させる。
そうして、ハルスの後ろに移動したのだ。
ただ、ロンは魔法使いである。
身体能力は低い。
身体強化を使っているので、すこしは動くことはできるが、相手は剣聖である。
その差は圧倒的である。
本来であれば、ロンはハルスの動きの早さについていくことは不可能だった。
つまり、魔道具を使うにしても、その発動させるタイミングすらとることができないはずだった。
ハルスが動いた瞬間に、魔法使いであるロンは斬られているはずだった。
攻撃をしているときは、二刀流の手数の多さで、スピードのなさを補うことができていた。
しかし、防御は違う。
まず、ハルスの剣に反応することすらできない。
そこでロンは、ティラのときと同じように、剣のくせを見ることにする。
しかし、さすがは剣聖である。
くせなどなかった。
その攻撃動作は一切読めない。
だが、ロンは父親の欠点を知っていた。
それは怒りに身を任せてしまうところだ。
父親は怒ると動きが単調になる。
攻撃は直線的で、フェイトはなくなり、つねに全力で剣を振る。
それであれば、ロンでも剣聖の剣筋を予測することはできた。
ロンは父親と会話するとき、あえて相手をけなすようなことを言った。
父親を雑魚であるかのように話した。
煽っていた。
父親は剣聖なのである。
雑魚であるはずがない。
ロンが勝つのは至難だ。
しかし、ハルスはまんまとロンの挑発にのり、怒りをあらわにした。
頭に血がのぼる。
そしてハルスの攻撃は単調になり、ロンはハルスの攻撃も避けることができるようになった。
結果はロンの圧勝となる。
剣聖を下級魔法使いが、剣で圧倒した。
「お前を追放したのは間違いだった」
ハルスは、ロンに頭を下げているように、うつむき加減に言う。
「望みはなんだ」
ロンは笑いながら首を振る。
「そんなたいそうなものはありません。
ただ、これからこの本陣はゴデル軍の襲撃にあいます。
その対処をしっかりとお願いできればと思います。
可能であれば、ゴデル兵をとり逃さず、全滅させるか、降伏させてくだだい」
ハルスはうなずく。
「わかった。
このあと、お前はどうする」
「第4大隊に戻ります」
「そうか。
一応、追放の件は取り消しておく。
あとはお前の自由にしろ」
「ありがとうございます」
ロンは頭を深くさげた。
父親と息子はしばらく相手を見つめた。
ふたりとも黙っていた。
話すことがなくて黙っているのか、話すことが多すぎて声が出ないのか、ふたりにもわからなかった。
ロンが手に持つのものとは別の瞬間移動の玉を取りだす。
もう一度、父親に軽く頭を下げて、そのまま姿を消した。
ハルスは、しばらくの間、息子のいた空間を眺めていた。
ロンの策により、ゴデル軍の本陣に、1万のハルス軍と1万のカラム軍が攻めこむ。
さらにそこに500の兵を率いたロンの第4大隊が加わろうとしている。
ゴデル軍は1万の軍しか攻めてこないと思っているが、実際には2万500の敵が攻めてくる。
迎えるゴデル軍には50の兵しかいない。
そして、奇襲をかけるつもりで出陣したゴデル軍の7千の兵は、ハルス家に完全にその行動を把握されている。
反対に敵に待ちぶせをされている。
雷帝シュルムはロンが倒している。
シュルム以上の魔法使いは、ゴデル国皇帝ゴデル3世と魔法の国の剣聖ムヒド、そして賢者バスラの3人しかいない。
つまりシュルム以上の強敵が7千の兵を率いていることはない。
ハルス家の本陣には、1万8千の兵がおり、ロイエンや剣聖ハルスがいる。
さらに奇襲の準備をしてある。
準備は万端であり、ハルス家が負けるとは考えられない。
ものごとがロンの策どおりに進んでいる。
まるで追放されたあの瞬間からすでに、すべてを見通していたかのように。
第4大隊に戻ったロンは、ティラとリンにゴデル軍の本陣に向かうことを伝える。
その後すぐに出発の準備が進められる。
ゴデル軍は風前の灯火だった。
一時は絶滅の危機にあった第4大隊。
それが気がつけば、戦全体の勝利の立役者になろうとしている。
ロンはポケットに手を入れる。
そこから飴をひとつ取りだす。
包装をはがして、口のなかに放りこむ。
飴の味をゆっくりと楽しむ。
しかし、現実は単純には進んでいかない。
ロンの思惑とは違い、この戦争はまだ前半戦を終えたのみであった。
ようやく折り返し地点に来たのみだ。
戦闘はまだまだつづく。
この話で前半パート、終了です。
明日から後半パートに入ります。
ブックマークもおかげさまで、そろそろ100にとどきそうです。
ありがとうございます。
引きつづき、いきなり戦場追放を楽しんでいただけたら嬉しいです。
明日からもよろしくお願いします!




