41話 剣聖ハルス2
剣聖ハルスは、ロンの斬撃に素早く反応する。
ロンの剣を、自らの剣で受ける。
ロンの剣の軌道をよみ、その剣を押し返す。
完璧に受けきっていた。
しかし、ハルスは驚きを禁じえなかった。
ロンの剣を受けることはできたが、全神経を集中してようやくおこなえたことだった。
全力をつくして、ようやく防ぐことができた。
一歩でも間違えば、ハルスはダメージをおっていた。
ハルスは、アステル国の最強の剣士と言われている。
それも圧倒的な強者であった。
近年では戦闘にて、ハルスの前に1分と立っていられた者はいない。
3割も力を出せば、相手は地にふしていた。
そのハルスが、全力で剣を握っているのだ。
それでも、ギリギリの攻防である。
ハルスは自分の息子であるロンを見る。
ロンは両手に剣を持っている。
右手と左手、それぞれに剣を持っている。
つまり、ロンのもう片方の手には、まだ追撃が可能な剣が握られているのだ。
ロンは左手に持った小刀を突く。
ハルスの胴に向け、素早く突き上げられる。
ハルスはそれをバックステップしてかわす。
小刀の刀身はそれで避けることはできた。
しかし、小刀には風の魔法が宿っている。
突きの勢いのままに、風の刃がハルスに飛ぶ。
それはハルスの胴に直撃する。
威力はさほどでもない。
しかし、一瞬ハルスの息がつまる。
その隙に、ロンは再度、炎の剣を振り落とす。
ハルスはそれもさらにバックステップをしてかわす。
だが、これも同じことだ。
刀身は当たらなかったが、炎はハルスを燃やす。
左肩に火があがる。
ハルスは手ではたいて、急いでそれを消す。
炎は消えたが、肩に火傷をおう。
重度な火傷ではない。
しかし、確実にダメージはあった。
肩には力が入りづらくなっている。
ハルスが傷をおったのは、数年ぶりのことだ。
久しく感じていなかった、体の痛みに焦りを感じる。
こちらは胴を突かれ、肩に火傷をおった。
しかし、ロンはまったくの無傷だ。
ハルスはロンの攻撃に対処しきれていない。
劣勢は明らかにハルスであった。
その様子を見ていた兵士たちは、頭の回転が追いつかなくなる。
あのハルス様が押されているのだ。
兵士たちは自分たちは、ハルス様の助けに入るべきなのだろうか、と考えた。
しかし、あのハルス様と戦える相手を、自分たちがどうこうできるとは思えなかった。
それに、ハルス様にも失礼かもしれない。
現在はおされてこそいるが、負けが決まったわけではない。
余計な手出しが無用な可能性も高い。
結局、兵士たちは、予想外の展開をただただ混乱のもと、見つめるしかできなかった。
10人の魔法使いも同じであった。
まさかロンがあのハルス様に対抗できる力を持っているとは思ってもいなかった。
それも剣で戦ってである。
ロンのことを評価してはいたが、まさかこれほどの強さを持つとは思ってもみなかった。
ロンが、炎の剣と風の剣をクロスさせるように構える。
風に炎が舞う。
ロンの姿を見ながら、ハルスはこの時、この息子を追放したことが完全に間違いだったと悟る。
ハルス家を継ぐのは弟のラガンではない。
このロンであるべきだった。
今更、後悔しても遅い。
しかし、この勝負に自分が勝てば、ロンを手元にまた呼びもどすことができるかもしれない。
この方法は使いたくなかった。
だが、ハルスには他に方法がなかった。
ほかに2本の剣を防ぐ手立てがなかった。
「そこの魔法使い、私に身体強化の魔法をかけろ」
ハルスが戦闘を見守っていた魔法使いのひとりに言う。
年老いた魔法使いだ。
急に声をかけられ老人は、驚きのあまり心臓が止まりそうになった。
ロンに敵対するような行為を命令された。
老人はハルス家に組するものである。
その当主であるハルスの命令は絶対である。
老人は驚きと戸惑いのため、動くことができず、口を開いたり閉じたりするばかりだった。
「早くしろ。これは命令だ。
お前、家族を牢に入れられたいのか」
老人の肩が、跳ね上がる。
老人はロンを見る。
ロンは笑った。
「問題ありません。ティスグさん。
父上に身体強化の魔法を使ったからといって、結果に変わりありません。
父上程度の実力では、どうあがいても僕には勝てないのですから」
ロンの言葉に、ハルスは怒りで顔を真っ赤にする。
「早く、身体強化の魔法をかけろ」老人に怒鳴る。
老人はハルスに近づき、左手をハルスにかざす。詠唱を唱える。
ハルスの身体を数秒間、光が覆う。
身体強化の魔法が終わると、ハルスは老人を蹴飛ばした。
老人は後ろに転がる。
他のふたりの魔法使いが、慌てて介護する。
「ロンよ、お前は調子にのりすぎだ。
魔法使いの分際で、剣術の真似ごとなどしおって」
「あなたは、その真似ごとにすら負けそうなのですよ」
左手の剣のまとう風が強まる。
その風に炎が大きく舞い上がる。
この瞬間に動いたのハルスだった。
身体強化したとはいえ、ロンに先手を取らせたくなかった。
2本の剣から繰りだされる攻撃は、やはり厄介だった。
今度は、自分から仕掛ける。
しかし、ハルスが剣を振りおろした先には、もうロンはいなかった。
剣が空を切る。
ロンの姿が消えた。
それは素早く動いたとか、姿を隠したとかではない。
消えたのだ。
さっきまでいた場所からいなくなっている。
「これでおしまいです」
ハルスの背後からロンの声が聞こえた。
うなじに剣先が触れる。
金属の冷気が、首筋を伝い、脳を震えあがらせる。
ハルスの後ろに立つロンが、剣をハルスの首に突きつけていた。
ハルスの顔が蒼白となる。
「あああ」と、嗚咽がもれだす。
「父上、あなたの負けです」
ロンが剣を引いて、鞘におさめる。
「あああ」ハルスはまだ唸りつづける。
地面を見つめ、その唸り声はしだいに大きくなっていく。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな」
ハルスは、急に上半身を持ち上げて、空に向かって叫びだす。
「わしは剣聖だぞ。
剣の最上職だ。
そのわしが負けるなどありえないんだよ。
それも魔法使いである、お前ごときに、負けるなどありえない。
わしは、名家ハルス家の当主だ。
そしてアステル国最強の剣士だ。
そのわしが、下級魔法使いに負けるなど、あってはならないんだよ。
けっして認められん。
こんなこと許されてよいはずがないんだ」
ハルスは、ロンに向かい振り返る。
真っ赤に充血した目で、ロンをにらむ。
「魔法使いなんぞに、わしが負けるものか」
ハルスは、剣を振り上げ、また、ロンに襲いかかっていった。
ロンがハルスの首元に剣を突きつけた瞬間に、この勝負はついているはずだった。
ロンはあの瞬間、ハルスを殺すことも可能だったのだ。
そのロンが剣をおさめたにもかかわらず、また襲いかかるハルスの行為は、あまりに剣の礼儀に反していた。
これには周りで見ていた、兵士たちも驚いた。
しかし、ハルスはもう礼儀だの、部下の視線だのを考える理性は残っていなかった。
ただただ、屈辱の感情に支配されて、ロンに斬りかかっていた。
ハルスが振り上げた剣を、ロンに叩きつける。
さすがは剣聖。
どのような状態でも、その剣筋は速く、威力があった。
その剣が見えた者はいない。
しかし、その剣もまた空をきる。
空振りとなる。
また、ロンの姿は消えていた。
勢い余って、ハルスは前に突っ伏す。
何者かに後ろから足を払われ、頭から地面に転倒する。
手に持っていた剣がこぼれる。
剣が地面に転がる。
地面に四つん這いになったハルスは、後ろを振り返る。
そこにはロンが立っていた。
ハルスはロンを見上げる。
「剣聖ともあろう人が、ずいぶんと卑怯な真似をするのですね。
勝負はついていたのに、剣をおさめた相手に襲いかかってくるとは、父上も地に落ちたものです」
「なぜだ、なぜだ、なぜなんだ」ハルスは叫ぶ。
「魔法使いに剣で負ける。
歴代剣聖でも、これほどの不名誉なことをしでかした人はいないでしょうね。
父上は歴史上の汚点です」
「くそー」ハルスが地面を拳で叩く。
「どうして父上が、僕に負けたかおわかりになりますか」
ロンが言う。
ハルスは黙ってロンをにらんでいる。
顔は真っ赤に膨れあがり、眉間の皺が決壊しそうだ。
「あなたが剣聖だからです。
剣聖は最強だと教わり、それを信じているからです。
僕は魔法使いだ。
あなたはだから、僕が無能だと決めつけた。
しかし僕は努力をしていた。
子供の頃からずっと、強くなることだけを考えて、そのためにすべての時間を費やした。
毎日、毎日、剣を振った。
自分のジョブが魔法使いとわかってからも、僕は剣を振りつづけていました。
魔法や魔道具の研究のために、僕は多くの時間を使っていたが、それでも剣の修行はおろそかにしていない。
すくなくとも弟のラガンよりもずっと努力していた。
そのことをあなたは知っていたはずだ。
仮にも父親だからね。
なんだかんだで、僕の様子をうかがっていたのは知っています。
しかし、にもかかわらず、あたなたはその努力を無視した。
ただ、ジョブが魔法使いだったからという理由でです。
修行をまったくしていない弟を評価し、僕を追放した。
あなたはジョブでしか物事を判断できない。
肩書きのみしか見ていない。
あなたのジョブは剣聖です。
剣の最上クラスのジョブです。
ジョブでしか判断できないあなたは、それでもう自分が最強だと思いこんだ。
剣聖の肩書きにあぐらをかいて暮らしている。
たしかにあなたも練習はしています。
しかし、ただ剣を振っているだけだ。
代々伝わる剣技をなぞっているだけ。
強くなろうとはせず、ただそのまま漠然と時間を過ごしているだけ。
僕が二刀流を使った時にあなたは、僕を馬鹿にしましたね。
初代剣聖にしかそれはできないことだと。
でもね、この二刀流は剣聖である父上なら、努力さえすれば習得可能です。
実際に使えようになった僕には、そのことがよくわかる。
コツさえつかめば、不可能ではない。
しかしあなたは初めから、二刀流はできないと決めつけた。
初代剣聖という肩書きが、あなたはおそれおおくて、その技を習得しようとすらしなかった。
あなたはすべて肩書きしか見ていない。
僕が魔法使いだから、無能。
自分は剣聖だから優秀。
でもね、この世の中はジョブがすべてではない。
ジョブだけで物事すべてが決まるわけではない。
あなたはジョブでしか人を判断できず、本来あるべき剣の研磨を忘れた。
剣聖である自分は最強だ。
勝手にそう思い込んだ。
魔法使いだって、剣を握ることはできる。
魔法使いも剣の頂を目指し、自らを磨ける。
僕はあなたのように伝統という名の生ぬるい練習ではなく、真の剣の強さを求めて鍛錬を積んだ。
そして剣の理想を忘れた剣聖であれば、下級魔法使いの僕でも、剣術で勝ててしまうんですよ。
あなたが散々見下してきた魔法使いがね。
あなたの敗北は必然だったと言っていい」
ロンがハルスのにらむ目を、にらみ返す。
「ジョブへの偏見、それがあなたの敗因です.
あなたは剣聖であることを誇りに思っているようですが、それは大きな間違いです。
ハルス家の剣は、その伝統の弊害により、剣士がもっとも心すべき、剣の頂への道を忘れてしまった。
損得勘定のみを考え、ジョブのみを強さと勘違いする。
ハルス家の剣聖は、けっして名誉ではない。
剣の道を忘れた剣聖ほど、滑稽な存在はない。
現在のハルス家の剣聖であることは、ただの恥さらしだ」
ハルスはロンをにらんでいた視線を、地面に落とす。
剣を手放した両手が目に入る。
自分はロンの前に、地面に四つん這いになっている。
ロンが自分の後頭部を見下ろしている。
ハルスはこの時、ようやく自分が負けたのだと、理解した。
明日の42話までが、前半パートとなります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
当初の予定では、前半パート後にしばらくのお休みを予定していましたが、このまま毎日投稿できそうです。
完結まで、毎日投稿をつづけます。
70話ぐらいで完結予定です。
最後までおつきあいいただけると嬉しいです。
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完結まで約1カ月、引きつづきお楽しんでいただけるよう、がんばります。




